地方が起こすイノベーションのきっかけは移住者がつくる
国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。鳥取県庁の井田広之氏による地方都市でのオープンイノベーションについての最新動向をお届けします。
イノベーションの生まれやすい環境とは
世の中に新しい価値を提供するイノベーションを生み出すための手法のひとつとして、近年“デザイン思考”が注目されている。アップルの初代マウスのデザインも手がけたという世界的なデザインコンサルティングファームIDEOがコンセプトを提唱し世に広めたものだ。
筆者は2015年に参加した経済産業省による人材育成プログラム“始動 Next Innovator”の中で、IDEOのワークショップを体験する機会を得た。観察、意味づけ、発想、プロトタイピングといったデザインプロセスのうち“観察”について理解を深めるもので、120名の参加者がそれぞれ与えられたテーマをもとに観察してきたことを全体で共有するワークをしたのだが、「イノベーションを生み出すインサイト(洞察)を得るために、“多様な視点”が大事」という講師の話が印象に残っている。
実際に彼らIDEOはプロダクトデザイナーだけでなく、文化人類学者、心理学者、建築家、編集者、エンジニアなどの多様な分野のプロフェッショナルを採用し、チームを組んで、クライアントのイノベーション創出のサポートをしている。
地域として人材の多様性を確保するには
ここで規模感が変わるが、地方に目を向けてみる。地方にも様々な職業の人々がいるが、都市部と比較すると同質的な風土を持っており、地域という単位で見たときに、イノベーションが生まれやすい環境とは言いがたい。
そのような中、筆者が近年注目している動きがある。それは都市部から地方への“移住”だ。
筆者の住む鳥取県は、全国でもトップクラスの移住者の多い地域である。毎日新聞などの調べでは、2014年度の全国の移住者数は11735人(東京都、大阪府除く)で、1位岡山県(1737人)、2位鳥取県(1246人)、3位長野県(953人)となっている。ちなみに、“2016年版 住みたい田舎ベストランキング”(宝島社『田舎暮らしの本』)では、鳥取県岩美町などが日本一となっている。
さらに上記の移住者数と総務省の2014年の人口統計を使って独自に計算してみると、人口に占める移住者数の割合は、鳥取県(0.22%)、島根県(0.13%)、岡山県(0.09%)と続き、鳥取県は移住者の割合が日本一大きい。
活躍する移住者たち
筆者は仕事がら、鳥取県内の起業や新事業展開の動きを地元メディアによる情報も含め継続的にウォッチしているが、地域に刺激や気づきを与えるような新しいビジネスやプロジェクトに取り組む移住者は多いと感じている。
たとえば東京から移住して来た、石谷依利子氏(砂丘YOGA代表)は、早朝や満月の夜などの鳥取砂丘でヨガ体験を提供している。砂丘という鳥取ならではの資源を活かしたオンリーワンのサービスだ。県外からの観光客も多いそうで、今年8月からは、大手航空会社による鳥取旅行サイトのトップイメージにも取り上げられている。
また、アートディレクターの古田琢也氏などUターン者2人と奈良県からのIターン者が中心となって起業したトリクミ。スズキの大型バイク『隼』ライダーの聖地にもなっている若桜鉄道の隼駅(鳥取県八頭町)周辺でゲストハウス“BASE8823”などを運営し、宿泊に加え、ライダーと地域住民が交流できる拠点を目指している。
その他にも鳥取県大山町では、“まぶや”というシェアハウスを中心に、UIJターンの宮大工、漁師、アーティストなど多彩な人々が集い、多くの移住者を呼び込むなどの動きも起きている。
なぜ地方に移住して活躍する人々は多いのだろうか。
まず新たな視点を持っていること。その地域に長く住んでいると当たり前になってしまうものの中にも、ビジネスなどに活用できる価値が高いものが眠っており、その価値を見出しているのだ。
また、移住先の人々が持っていないネットワークがあること。たとえば、首都圏からの移住の場合に、移住前に培った人的ネットワークを通じて新たなビジネスの情報発信をしたり、お客様を呼んだりしやすいのではないか。どんなビジネスを展開するかにもよるが、起業や新事業において大きな課題となる販路開拓に有利となっている。
移住者の活躍の効果
移住者の活躍は、本人たちのみならず、地域への恩恵も多いと筆者は考えている。
移住者による新たな視点からのチャレンジは、筆者も「なるほど、その手があったか!」と感心させられることが多いが、実際にニュースバリューも高く、地元メディアにも取り上げられることが多い。
このようなメディアからの情報であったり、移住者たちとの直接の交流を通じて、地域に長く住む人々も刺激を受けて新たなチャレンジが生まれたり、時には連携した取組みなども生まれたりする。
つまり、地域に移住者が増えることは人材や価値観の多様性が広がり、地域のイノベーションが生まれるきっかけになるのである。
さらなる多様性確保のアイデア
人材や価値観の多様性を広げ地方のイノベーションが起こりやすくなるアイデアとして、外国人による起業を増やすという方法がある。
アジアなどの優秀な人材が起業しやすい環境を地方が用意し、海外市場の開拓等による事業の成長を支援することによって地域の雇用を増やすとともに、地域に国際的な人材を育成していくというストーリーが描ける。
このアイデアは、数年前に思いついたときは、地域の抵抗感が大きすぎて実現可能性が低いだろうと考えていたが、最近はインバウンドの増加もあり地方も外国人に徐々に慣れつつあり、実行可能で効果的な施策になるように思う。なお福岡市、新潟市などがすでに国家戦略特区として動き始めている。
前述のとおり、筆者の住む鳥取県は人口に占める移住者の比率が高く、もしかしたら10年後には全国トップクラスのイノベーティブな地域になっている可能性もある。また、もちろん鳥取だけでなく他の地方でも、人材の多様性を確保しながら、おもしろいものがどんどん生まれる、楽しい未来を切り開いてほしい。都市部にお住まいの読者の皆様、地方に移住して、地域のイノベーションに参加しませんか。
■関連サイト
とっとりとプロジェクト
井田広之(いだひろゆき)
全国の生活者と鳥取県の企業が新商品を共創する「とっとりとプロジェクト」で、全国知事会「先進政策大賞」、日本デザイン振興会「グッドデザイン賞2015」を受賞。最近では、日本一に輝いた鳥取の美しい星空と宇宙をテーマに地域経済活性化を目指す「星空県」構想を提唱し、民間月面探査チームとのコラボもスタート。
経済産業省プログラム「始動Next Innovator」第1期生。中小企業診断士。神戸大学経営学部卒、山陰合同銀行を経て、鳥取県庁にて産業振興分野を10年担当。