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高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第21回

バカッター探しも過度な自粛もインターネットの未来を閉ざす

2016年05月06日 09時00分更新

文● 高橋幸治、編集●ASCII.jp

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インターネットにおける公的空間性の重要度の高さを忘れている

 インターネットは原則的に特定の人物や組織が所有、管理、検閲しているものではないから、法律違反を犯さない限り、公序良俗に反しない限り、どんな内容の発言をしようが、どんなデータを送受信しようが、基本的に個人の自由である。

 ローレンス・レッシグも「コモンズ―ネット上の所有権強化は技術革新を殺す」の中で、World Wide Webの開発者であるティム・バーナーズ=リーの“ウェブを「コントロールから外す」こと(「コントロールを効かなくすること」)が非常に重要だった”という述懐を引用している。

 そういう意味ではインターネットに私的空間性を認めることはさほど無理のない感覚だ。実際に電子メールやLINE、ソーシャルメディアのメッセージ機能などでは対面的なコミュニケーションが成立するため、私たちの中には極めて私的空間性に富んだ光景が立ち現れる。

 しかし、ブログや掲示板、ソーシャルメディアにおけるタイムラインやニュースフィードは、友人知人といったごく近しい人々だけでなく、見ず知らずの第三者にも公開されているわけで、私たちは日々そうした情報空間に自らデータを送信し、同時にそこから膨大な情報を受信している。当然のことながらそこはもはやプライベートな領域とは言えず、公的空間性の中での振る舞いが要求される。従ってこの公的な場所で私的な行為を不用意に披歴してしまうとき、いわゆる「バカッター」的騒動が持ち上がる。

 では、私たちは私的空間性が保証されている(本当に保証されているかどうかは別だが……)エリアでは開放的な気分で自由闊達に、公的空間性が支配しているエリアでは節度ある言動で品行方正に――という、いかにも賢そうな大人の対応を身に付ければそれでいいのだろうか? 前者については思いがけない情報漏洩のリスクなどが存在するものの、それはあくまでも技術的な問題か犯罪的な行為のいずれかである。

 むしろ危険なのは後者の公的空間性におけるインターネットの可能性を、過度な遠慮や警戒、萎縮、自粛によってその自ら封印してしまうことである。

 

 2012年に映画にもなったドイツの哲学者であるハンナ・アーレントは「人間の条件」(ちくま学芸文庫刊)の中で、古代ギリシアの公的空間性について次のように述べている。

Image from Amazon.co.jp
ドイツの哲学者ハンナ・アーレントの主著「人間の条件」(ちくま学芸文庫刊)。アーレントは「存在と時間」などで有名なマルチン・ハイデガーの教え子であり、1960年にアルゼンチンで逮捕された元ナチスのアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、悪はアイヒマン個人の中に潜む根源的なものではなく、唯々諾々と命令を実行せざるを得なかった彼の思考停止状態の中にこそあるというレポート「エルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」が世界中で物議をかもした

 “もともと「欠如している」privativeという観念を含む「私的」“private”という用語が、意味を持つのは、公的領域のこの多数性に関してである。完全に私的な生活を送るということは、なによりもまず、真に人間的な生活に不可欠な物が「奪われている」deprivedということを意味する。すなわち、他人によって見られ聞かれることから生じるリアリティを奪われていること、物の共通世界の介在によって他人と結びつき分離されていることから生じる他人との「客観的」関係を奪われていること、さらに、生命そのものよりも永続的なものを達成する可能性を奪われていること、などを意味する。私生活に欠けているのは他人である。”

 私たちは近代化以降の急激な都市化や核家族化にともなう住環境の劇的な変化の中で「私的=プライベート」であることを「公的=パブリック」な煩わしさのないより上位の価値観、幸福感として措定してしまった。

 単純にそうした時代が悪いというわけでもないし、いまさら近所付き合いを大切にしようとか、安易に地域のコミュニティーを復活させようと提言したいわけでもないが、社会という枠組みの中において私たちは私的な存在である以外にも公的な存在であるという点を今一度意識の表層に浮上させてもよいのではないか? リアルな世界だけでなくネットの世界においても、私たちは公的空間性の中で現状を変革していくアクションを起こせる存在であることを忘却しかけている。

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