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高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第21回

バカッター探しも過度な自粛もインターネットの未来を閉ざす

2016年05月06日 09時00分更新

文● 高橋幸治、編集●ASCII.jp

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インターネットは自然環境であり、保全と保護が必要

 フランクフルト学派の第二世代と称されるドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスは「公共性の構造転換―市民社会の一カテゴリーについての探究」の中で、サロンや社交界といった貴族的なコミュニティーが新聞や雑誌といったマスメディアの登場とともにいかに市民的な公共圏へと移行していったかを詳細に検討した。

 現代のインターネットにおける公的空間性の中で個人が公的な存在としての性格を放棄してしまうことは、すなわち、公的領域が持ち得る批評性や討議性を自らの手でみすみす閉ざしてしまうことにほかならないのではないか?

 インターネットにおける表現の自由……。日頃私たちはパーソナルコンピューターやスマートフォンをなにひとつ不自由のない状態で“このうえなく便利なツール”として使いこなしているように感じているけれども、そうしたデバイスがログイン/ログアウトの意識なく常時インターネットに接続されている現在だからこそ、知らず知らずのうちに本来的に備わっていたインターネットの可能性が狭められ歪められてしまうことに敏感にならなければならないだろう。

 インターネットはもはや私たちにとって自然環境である。

 従って環境保全/環境保護は各人の使命となる。私的空間性と公的空間性の狭間で私たちはなにができるのか……? 最後にローレンス・レッシグの「CODE VERSION2.0」(翔泳社刊)からの言葉を引用して今回の考察を締めくくろう。

 “われわれはプライバシーの喪失や、フィルタリングによる検閲や知的コモンズ(共有地)の消失といった、コードが引き起こす災害を、人災ではなくて天災として扱うだろう。生まれつつある一望監視(パノプティコン)方式のアーキテクチャによって、プライバシーと言論の自由の重要な側面が消されていっても、傍観するだけだろう。自分でできる選択があるのに、やれることは何もないようなふりをしている。わたしたちはあえて目をつぶることを選んでいる。わたしたちはこの自然を作りだし、そして自分の作った自然に束縛されている。”

Image from Amazon.co.jp
2001年に出版された「CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー」のバージョンアップ版として2007年に刊行されたアメリカの法学者ローレンス・レッシグの「CODE VERSION2.0」(共に翔泳社刊)。インターネットにおける表現規制を「法律」「規範」「市場」「アーキテクチャー」の4つの観点から検証し、法律=規制という旧来の概念を覆したクリエイティブ・コモンズの理念が凝縮されたような著作。レッシグは現在行なわれてるアメリカ大統領選挙へも出馬した(2015年11月に撤退を表明)

著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)

 編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。

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