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『角川インターネット講座』(全15巻)応援企画 第13回

角川歴彦会長が語る『角川インターネット講座』

ジョブズ亡きあと、インターネットはどこへ向かうのか 角川歴彦会長

2015年12月30日 18時00分更新

文● 盛田諒 写真●曽根田元 編集●村山剛史/ASCII.jp

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自らをメディアと規定したアップルと
シラを切ったヤフー、グーグルの差

── 角川会長は、インターネットはいま過渡期にあると考えられています。

角川 長い間インターネット企業はメディアになったにもかかわらず、それを認めることを逃げてきたんだよ。

 対して、アップルは自分たちのことをメディアだと思っているよね。たとえば、ジョブズは自分の子供たちにアップルのデバイスで品のない本や映画を見せるのは嫌だと主張した。デバイスがメディアだという自覚はあっただろうということなんだ。

 スティーブ・ジョブズがiPodをかざして「これはクールだろ」と言っていたのを見て、瞬間的に彼は自分たちがメディアだと認識している新しいIT人間だと思ったんだよ。

 そのあとアマゾンもアップルのマネをして、Kindleやミュージックストアを作ってる。でも、やっぱり立ち後れてしまうわけだよ。いくらユーザーを抱えていても視点が低いから。視線の高さと志を持っていたジョブズにはかないっこないんだよ。ただKindleは、ベゾスがジョブズから学んで、もう次のところに行こうとしてるけどね。

 そのあとに出てきたITニュータイプのNetflixは軽々メディアになったわけだよ、たった4年後にガンダムでいうニュータイプの出現だ。Netflixの経営者は自分のことをメディアだと思ってるよ。

 逆に、ヤフーとグーグルにはメディアの意識はなかったよね。

 なかったというか、あったんだけどシラを切っていたんだな。メディアといったら、検索サービスをやること自体、著作権を認めることになって社会から責任を問われて(ウェブコンテンツのクローリングとスキャンに)カネを払わなきゃいけないから。

 ただ、それが逆に弱みになっている。

 「自分たちはメディアじゃないけど、利用させてもらってるんだ」という、ものの言い方をして、逃げ隠れてた人たちは次のレベルについていけなくなるよ。自らを変える力がないと、それが障害になってしまう。これからは自分たちのことをメディアだと思ってないぶんだけ、立ち遅れてしまうんじゃないかな。

── いままではIT企業が「グレーゾーン」という言葉を使い、責任を逃がれてきた部分もありました。

 メディアとして社会への影響力を認めることには覚悟が必要だし、責任が伴うんだよ。責任を問われることが、自らを高めていくわけ。「ネットだから許されるけど、放送だから許されない」というのだって、レベルが低い話なわけだよ。やっていることが同じメディアなのであれば、放送で許されないものはネットでも許されないわけだよ。

 その意味、放送法なんて、いちばんくだらないよね。

── (一同爆笑)

角川 放送法の話をするとみんなそうやって笑うだろ? そういうものなんだよ。

 いかに放送法が陳腐であるかというと、放送法が出たときは電波に希少性があったから、公共的な立場でわかちあおうというのが根源だった。でも、そのうち放送波が有限だというのはウソなんだということがわかってきた。東京の土地は有限だという理屈でバブルで値上がりしたけど、高層化すればいくらでも土地は増えたというのと同じだよ。

 最初こそ事業者の矜持が確立していたけど、結局は人が入ってこないようにするための壁にして、業界法になっちゃった。

 新聞には新聞法があるように、そういう法律を作ってきた。インターネットはアナーキーだから、すべての業界を破壊していくことになる。そのときいちばんに破壊されるのは業界法なんだよ。

 たとえばFinTech(金融テクノロジー)を推進しようとしても金融法が壁になっている。それを取り崩しますというので銀行業務がアウトサイダーから推進されていく。あれは銀行法を持っているのは銀行だということがあきらかになったよね。

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(次ページでは、「ジョブズが変えたインターネットの世界で」)

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