進化を続けるテクノロジーの行く末を説いた天才
人間の意識は操っていい? 伊藤計劃「ハーモニー」に見る未来
2015年12月01日 09時00分更新
テクノロジーが扱う究極的な到達点は人間の“意識”である
作家活動を開始する数年前からすでにがんが発病していたという伊藤氏の伝記的事実から、やがて消失してしまうかもしれない自らの“意識”に対する鋭敏な洞察を推測するのはあまりにも容易い。
それよりもむしろ、デジタル技術の進化の行き着く先にはかならず“意識”の問題が立ち現れ、不動と思われていた「わたし」に揺さぶりがかけられるときがやってくるという彼の予言的な先見性に着目したほうがよいのではないだろうか?
アメリカの哲学者であるダニエル・C・デネットは著書「解明される意識」の中で「人間の意識は、神秘のまさに最後の生き残りである」と述べているが、生前の伊藤氏と交流のあった翻訳家の大森 望氏は「虐殺器官」の解説で同作執筆時に伊藤氏が「解明される意識」を参考にしていたと書いている。
「人工知能に意識を宿らせることは可能か?」という議論はよく耳にするが、本来、その問題と表裏をなすはずの「人間の意識を人為的に操作することは可能か?」という議論はほぼ等閑に付されている。
もちろんそこには倫理的なタブーが内包されいるからなのだが、伊藤計劃はまさにその禁忌の向こう側を題材化した。
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アメリカの哲学者であり認知科学者でもあるダニエル・C・デネットの「解明される意識」。上下2段組みで約600ページにもおよぶ大著。意識の流れが収斂していく中央制御装置=「カルテジアン劇場」など存在せず、脳内の無数の情報回路が百鬼夜行的に並列処理されているに過ぎないという「多元的草稿モデル」を提唱 |
「ハーモニー<harmony/>」はいずれ私たちが直面するであろう「テクノロジーを人体の外部に拡張していく」という方向と「テクノロジーを人体の内部に拡張していく」という方向との危うい拮抗を、小説という形式を借りながら容赦のない生々しさで描き出している。
技術と手を携えた人類が選択する究極の「ハーモニー=調和」とは何なのか……? テクノロジーの未来に関心のある読者はぜひ、原作なり映画なりに触れてみて欲しい。
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。
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