幻と消えた第2世代
原因はソフトウェア
しかし、実際にはそんな構成は作られなかったし、そもそもシステムの納入数はせいぜい数十セット程度。第2世代に至ってはシステムが完成し、納入されたかどうかも怪しいという状況である。
そんな悲惨なことになった理由はソフトウェアにある。これまでのHPCは、FORTRAN言語が利用できるのが最低限必要で、最近はC言語その他も増えてきているが、FORTRAN言語が使えないという環境はさすがに考えにくい。
実際AP-120BやFPS-164/264はFORTRANから利用するためのライブラリーが提供されていた。ところがFPS Tシリーズは、ベースがOCCAMだった。
OCCAMは並列処理言語としてINMOSが提供(と書くと語弊があるが、もともとあったOCCAMを、まともにプログラミング言語として使えるレベルに仕立てたのがINMOSという意味)するもので、トランスピューターを使うと避けて通れないものだった。もっとも便利か? というといろいろ悩ましかった。
1990年代初頭に筆者もこのT414と格闘していたのだが、当時INMOSはOCCAM以外にも、Parallel Cという独自にC言語を並行処理用に拡張したC言語の開発環境を提供していた。
しかし、OCCAMのとっつきにくさに辟易し、結局Parallel Cでシステムを作ってしまった。性能はOCCAMの方が良好なのは知っていたが、ソフトウェア開発のコストがかかりすぎるというのが最大の理由である。外部のライブラリーなどが一切ないため、全部自分で作らないといけないからだ。
話を戻すと、FPS Tシリーズの上でベクトルプロセッサーを使うためには、OCCAMから関数呼び出しのような形でプログラミングをする必要があり、まずユーザーは自分の使いたい(FORTRANで記述された)プログラムと、そこで使われている膨大な(やはりFORTRANで記述された)ライブラリーを全部OCCAMに移行させる必要があった。
せめてINMOSがトランスピューター用のFORTRANコンパイラを提供してくれていれば、もう少しマシだったのかもしれないが、そういう予定は当時まったく聞いたことがなかったし、実際無かったようだ。
これに輪をかけて状況を悪化させたのは2KBしかないプログラミングメモリーで、これで複雑なことをやらせるのはかなり困難である。1988年といえば、すでにCRAYがCRAY Y-MPを発売していた時期である。
CRAY Y-MPは、1988年に実測値で2GFLOPSを超えており、実効性能では明らかにCRAY Y-MPが上で実績もある。まともなプログラム開発環境もあるCRAYと戦うには、FPS Tシリーズはあまりにいろいろなものが足りなかった。
FPSはTシリーズの開発費で傾きかかるが、幸いにAP-120BやFPS-164/264のお陰で会社はぎりぎり存続した。といっても実際にはまず1988年にCelerity Computingという会社がFPSを買収、社名をFPS Computingにした後に、1991年にはCRIに買収される。
Celerity Computingは、もともとワークステーションなどを手がけていたメーカーで、FPS Computingの主要なビジネスはこのワークステーションやスーパーミニコンピューターに移行する。
CRIによる買収後に、同社はCray Research Superservers, IncからCray Business Systems Divisionと名前を変えながらHPCではなくサーバーを提供し続け、SGIによるCRIの買収後に同部門はSunMicrosystemsに売却されてしまった。
もともとのFPSの持っていたアクセラレーターやFPS Tシリーズのビジネスは、こうした買収劇の中でどこかに消えてしまったようだ。
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