エンジニアの知見がいっぱい詰まった、キングレコードのアーカイブ
麻倉 それでは実際の音を聞かせて下さい。まずはザ・ピーナッツの『恋のバカンス』からお願いします。
安藤 ザ・ピーナッツの録音は昭和38年の2月5日です。場所は文京公会堂。当時は収録するスタジオが埋まっている場合などに、ホールを使うことも多かったようです。マスターテープを聴くと、人工的なリバーブ処理が施されているようですが、ホールの響きが多少残っているようにも感じます。
ちょっと話が反れますが、こういったホールで収録する際にトイレを締め切ってスピーカーや機材を持ち込んでそこでエフェクトを入れたこともあると先輩に聞いたことがあります。この録音がそう、というわけではないのですが。
また当時は、電源事情もあまりよくなかったので、マスターテープの裏面に録音したときの電源周波数が書かれています。この音源で言うと47Hz。この数字に合わせれば、後から正確に再生できる。こういった細かな情報も担当したエンジニアが残しているのです。
麻倉 非常にしっかりとしたアーカイブですね。とても興味深い話ですね。もう1曲お願いします。
安藤 それでは6月に配信が始まる、倍賞千恵子さんの「下町の太陽」をかけましょう。少しテンポが速いと感じるかもしれませんが、もともとはモノラルで収録された音源で、それを聞きなれているからだと思います。今かけているのはステレオで収録した3度目ぐらいの録音になりますね。
麻倉 アナログマスターとDSDを聴き比べると、DSDのほうが全体にブライトな感じになっているのが分かりますね。これはイコライジングによるものでしょうか?
安藤 いやでも意識してしまう部分ではあります。多少現代風にしたいというか、みんながそういった音を期待しているのだろうと。
麻倉 ただしこうしたシャープさを感じる一方で、アナログ的な音でもあり、きつくなりすぎない点がいいですね。
1960~70年代のアーカイブだけでなく、11.2MHzの新録にも意欲
麻倉 最後に今後の配信予定について教えてください。
小林 ハイレゾコレクションは、毎月の1回のリリースを予定しています。時代で言うと1960~70年代の録音が豊かですから、そこを中心にベスト版を編成していこうと考えています。将来的には、個別アルバムのリリースやコンピレーションなどもありうると思います。
麻倉 切り口によるオリジナリティーも出せるわけですね。
小林 ハイレゾの浸透によって、業界やリスナーの間でも、こうした過去の音源が見直されている面があります。私自身も過去のアナログマスターは非常にすばらしいものだと思っていますし、こうしてアナログマスターを聴き、改めてDSDを聴くことで、数多くのサプライズがあります。収録方法からして、今ではほとんどできない一発録りですし。
麻倉 ザ・ピーナッツ、倍賞千恵子さんと聴きましたが、いずれもたいへん豊かなニュアンスがあって、表現力の豊かさを感じさせますよね。そして今回はアーカイブをDSD化するお話でしたが、DSDによる新録音にも大いに期待したいところです。
小林 DSD録音という意味ではジャズ系のアーティストの企画が控えています。ドラマーの大坂昌彦さんはDSDの録音にも造詣が深く、11.2MHzの意欲作になります!
麻倉 本日はありがとうございました!