温度・湿度・光、その微妙な管理が演奏に影響を与える
佐武 ホールの運営について、気を使っていらっしゃることはありますか?
石丸 先ほども言いましたように、ホールも楽器ですから、楽器としての手入れが必要なんですね。具体的には温度と湿度の管理です。
佐武 光も独特でした。脚を踏み入れてまず最初に「ここは本当に日本なのかな?」と思いました。
石丸 暖色系の明かりを使っているから、そう感じるのだと思います。実は舞台上の位置で、照明の強さも微妙に変えています。例えば、打楽器が並ぶ舞台の後方。ここの明かりを強くしてしまうと、ティンパニーのチューニングが演奏中に変化してしまうんです。コンサートに来て注意深く見てもらうと、一部と二部の休憩中に、温度変化でくるった楽器のチューニングを演奏者が一生懸命直している姿に気付くと思います。そのぐらい楽器は環境の変化に敏感なんです。
佐武 そうなんですか!! すっご~くマニアックですね。
石丸 そういうのを感じるのも、楽しいと思いますよ。
オルガンのないホールは家具のない家と一緒だ
佐武 オルガンが回転してステージ上に現れると聞きました。あのオルガンは世界でもここだけのために作ったものなんですか?
石丸 はい。ここだけです。これはカラヤンの有名な言葉なので、ここで敢えて引き合いに出すのは恥ずかしい面もあるのですが、彼は「パイプオルガンのないコンサートホールは、家具のない家と一緒だ」と言ったんです。つまりパイプオルガンがないということは、コンサートホールだと言っておきながら、そこで演奏できない曲があるってことなんです。だからきちんとしたパイプオルガンを持つことはマストだと考えています。
佐武 なるほど、名言です!!
石丸 そしてパイプオルガンで、よりたくさんの曲を演奏できるようにするため、東京芸術劇場ではルネサンス・バロック・モダンという3種類のオルガンを用意しています。パイプオルガンとしては裏表で2面ですが、ルネサンスとバロックはストップ(使用するパイプ列を切り替える機構)の切り替えで、1面で2種類のピッチが選べます。
さらにその裏側にモダンという別のパイプオルガンがありますね。
佐武 (パンフレットの写真を見ながら)ぐるっと回ってこれが、これに代わるんですね! すご~い、ぜんぜん違うじゃないですか!!!!
前田 ガルニエ社によるフランス製のパイプオルガンになるんですが、パイプの本数は全部で約9000本あるんです。
佐武 9000本!! ちょっと想像できない数ですね。
石丸 ピッチは17世紀のオランダルネサンスタイプが467Hz。18世紀の中部ドイツバロックが416Hz。モダン面は現代の平均律に近い調律法で442Hzとなります。
前田 いまは442Hz近辺をAとして使いますが、楽譜上では同じAの音でも、時代や地域が違うと音程がぜんぜん違うんです。
佐武 知らなかったです。つまり、このホールではどの時代の音楽も奏でることができるってことですね~。最強じゃないですか!!!!
前田 東京芸術劇場の改修には1年5ヵ月をかけましたが、ホールができないと、楽器のチューニングに取りかかれないこともあり、パイプオルガンの調律には時間を費やしました。9000本あるパイプを1本1本すべてチューニングしないといけないので、ほぼ2年かかりました。
佐武 そうですね。それは大変!!!!
前田 パイプオルガンを手入れして維持していくためには、技術と時間、そしてコストもかかるのですが、その代わりにここでしか出せない音色というものが出てくるという魅力があるんです。ぜひ一度聴きにきてください。月1回は必ず演奏されていて、昼の場合と夜の場合を交互にやっていますから。
佐武 パイプオルガンの演奏はテレビで見たことがあります。でも実際の音はまったく違うんだろうな~。
石丸 はい。やはり録音した音では実際の音にはかなわないですね。東京芸術劇場には96kHz/24bitのサラウンド収録ができる設備があって、ハイレゾはもちろん4K・8Kといった放送規格にも対応できます。しかし、残念ながら、21世紀になった現代でもホールの響きを完全に再現できる録音は存在していません。
私たちはよく「音を聴く」と言いますが、実際に聴いているのは空間の響きなんです。ここで交わしている会話も同じで、声というよりは周囲に反射した響きを聞いているんです。だからホールという楽器の中で、空間の響きを聴き、生の音に包まれて聴いてほしいと思います。
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