復刻するシンセしないシンセ
KORGがARP製品の復刻に協力するとか、過去の呪縛から解き放されてやっと過去の参照を開始したRolandであるとか、アナログ機材の復刻機運は最高潮に高まっている現在ですが、なぜそうしたもののニーズが生じるのかと言えば、それらの音がサウンドアイコンと化したからでしょう。
「このアンサンブルはパーシー・フェイスっぽくしたいからストリングスがいるよねー」というように「テクノっぽくしたいんでTR-808のスネア入れとこうかなー」ということなのであります。つまりイッパシのクラシックになったわけですね、楽器も音楽のスタイルも。
ゆえに「mini moogの太くてキレのあるあのノコギリ波が」とか「MS-20の前期型フィルターが」など、シンセで合成できる音の再現性にもこだわりが出てくるわけで、アプリもその方向で評価されます。音が似ていてナンボというか、似ていなければ話になりません。
でもiVCS3は、最初からそうした方向性にはあまり関係のないアプリで、ホンモノのVCS3もそこが魅力だったと思います。たとえばピンクフロイドの「狂気」に使われたとかいった伝説はあっても、楽音として定まった「使える音」で評価されているわけではない。
では当時なぜ人気だったのかと言えば、簡単におかしな音が出る。それに尽きます。で、それがシンセの本質ではなかったかと思うわけです。
楽器として確たる「シンセの音」が存在する現在では、そのホンモノを目指す方向性はアリだと思いますし、技術的にも文化的な資産としても残さないとまずいわけですが、そもそも存在していない音を作るのがシンセの役割だったことを考えると、そればっかりでもまずい。
iVCS3は放っておくと変な音しか出ません。毎日がチャンスオペレーションです。イーノ先生は少し前に「アナログなんて最悪だ。何もかも不安定だし」という意味のことをおっしゃっていましたが、iVCS3は昔と違ってピッチだけは安定していますので、先生もおひとついかがでしょうか。私はiVCS3を使ってそう思った次第です。
著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)
1963年生れ。フリーライター、武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。インターネットやデジタル・テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレ。