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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第112回

ボカロカルチャーに一石投じるヒッキーPに聞く

2013年01月19日 12時00分更新

文● 四本淑三

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1年間、苦しいという感情だけが友達だった

―― オファーはいつ頃ですか?

ヒッキー 2011年の終わり頃ですね。

―― じゃあアルバムを作るのに1年かかった?

ヒッキー そうですね。僕は全然流通にも乗ったことがなくて、経験や実績があったわけでもない。いきなり流通でCDを出すという状況で、ベストを尽くすといっても何がベストかは全然見えない。しかもプレッシャーはすごくあって、1曲1曲作るのに精神力が必要だったんです。作ってるんだけど全然終わらない。この1年間は苦痛の塊みたいな感じでした。バイトから家に帰って、ごはんを食べる以外の時間は全部、曲をどうすればいいかを考えて生活しながら、でも全然前が見えない状態で。それで1ヵ月、2ヵ月やっていくうちに、レーベルの人も「期限を決めてやるよりは、妥協の一切ない作品を作れたら」と。

―― 締め切りを設定せずにやれるというのは、普通ないことだと思いますよ。

ヒッキー その結果、1年間、僕は自宅にこもって、苦しいという感情だけとお友達になって、ずっと作業をしていたんです。今まで没テイクが出ることはなかったんですよ。それが人生で初めて膨大な没テイクを出して、それでやっと完成したのがこのアルバムです。

―― 捨てた曲も多かった?

ヒッキー いえ、曲は捨てなかったんですが、使わなかったテイクが膨大にあって。それに、今回の活動がいつもと決定的に違うことは音源がクリップしていないことで、そのために色々なやり直しを繰り返しました。

―― それでも過去の作品と比べて、方向性はズレてないですね。クリップしてないことも、言われて初めて「そういえばクリップしてなかったな」と意識したくらいで。

ヒッキー ズレてないですね。流通ということは、まず人生を過ごしている限り普通はないことだろうと。だから、コレが自分だ!と言えるようなものを新しく作ったんです。その上で、クリップさせずに、自分の思い通りのふり切れた質感を出せたことは、本当によかったです。ただ、前回曽根原さんが言っていた「ヒッキーはもう水を得た魚のように」とはまったくの嘘で。

―― あれっ、そうなんですか。

ヒッキー 曽根原さんがわざわざ秋田まで来てくれて、ミックスの基本的な方法などを教えてくれたんですが、彼のレクチャーによって、僕は音をどう完成させればいいかという蓄積が振り出しに戻されたんです。それからミックスの仕方や作業の感覚を、最初からつかみ直す苦悶の日々に突入して……。でも試行錯誤して何とか「こうすりゃこのニュアンス最高になる」の感覚をつかみ直してきて、『この音で悔いなし。これでぶつけられるぞ!』というものを完成できました。

―― そして1年も……。それで結果的に丸くなっちゃう作品もあるんですが、リリース側の要求を満たしながら、今まで通りの印象を与えるのはすごいことだと思いますよ。

ヒッキー とはいえ、今までこういうことは全然やったことがなかった、という曲もあるんですけど。

―― 例えばどの曲ですか?

ヒッキー 「センセーショナルの翌年」という曲があるんですけど。

―― あ、あの曲は僕は一番好きかもしれません。

ヒッキー 震災とか、そういったテーマの曲はボカロ界隈にもいっぱいあると思うんですけど、実際は体験もしていなくて、そこまで震災に近い位置にもいない。そういう人がほとんどだと思うんですよね。そういう感情を歌にしたようなものが、あってもいいんじゃないかと思って。ただ、それまでとは違ったやり方だとは思うんですけど、これがもう特別、今までとは明らかに違うという部分はないと思います。

―― 意識の上ではもっとポピュラーなアプローチにしよう、なんてことは考えなかった?

ヒッキー そういう意識はないです。もともとこの上なくポップだと思っているので。特別意識して、商業的にしようみたいなことは、意味ないじゃないですか。

―― じゃあ苦労したのは、ヒッキーPとしての表現の純度を上げるため、ということですね?

ヒッキー そうです。いかに悔いを残さないかという、それだけですよ。だから曲を鋭いままにしてどう聴かせるかということに興味があります。音楽性自体は、むしろ今よりも鋭くなっていければいいなと思う。

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