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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第112回

ボカロカルチャーに一石投じるヒッキーPに聞く

2013年01月19日 12時00分更新

文● 四本淑三

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本名はジャケットと合わせてカッコよかったから

―― このジャケットの写真は最高ですよね。高校生のときにご自身で撮られたと聞いていますけど?

ヒッキー はい、18歳のときに撮りました。この写真を、CDショップのボカロコーナーの棚に並べたかったんです。

―― あれは温泉ですか?

ヒッキー 岩盤浴というのを分かる人には分かる光景なのかもしれないです。

―― あ、じゃあ通路みたいなところで寝ている人は、エキストラじゃないんだ。

秋田県にある玉川温泉

ヒッキー はい。あらゆる道に人が寝ています。秋田県の玉川温泉というところで、異端な温泉として有名です。効能はよくわからないんですが、放射線が強いラジウム温泉らしくて※1

※1 Wikipediaによれば効能は「高血圧症、動脈硬化症、婦人病、神経痛、皮膚病、喘息など」。源泉は塩酸が主成分でpH1.05の強酸性という

―― かなりハードな温泉のようですが、ご実家から近所なんですか?

ヒッキー いえ、車で2時間くらいかかるところです。中ジャケとか裏ジャケ、歌詞カードもこの玉川温泉の写真なんですけど。僕が撮った全力の約10枚です。この光景を初めて見たときは衝撃でした。これがボカロの棚に並ぶというのが最高だと思います。

―― 僕もGINGAのリンクを踏んで、このジャケットいかす! 大高丈宙って誰? と思ったらヒッキーだったという。

ヒッキー それでステッカーにボーカロイドって大きく書いて、ボカロCDだってことを強調させるんです。何かのロックバンドのCDとか、JOJO広重さんのCDじゃなくて、ニコニコ動画でボーカロイドで活動しているヒッキーPだとよく分かるように。

―― そういえば今回は本名ですよね。

ヒッキー これに関しては僕はヒッキーPでもいいと思ったし、むしろ流通のために名義を変えるとか、カッコ付けている感じがしたんです。でも曽根原さんは「○○P」じゃない名前にしたかったらしい。それで両方が納得できる案を探った結果、本名ということになったんです。このジャケットと併せて刻印された名前を見るとすごく合っていますし。

お金をもらうより石を投げたい

―― 1年間アルバムを作っている間は、ほかに何かやっていましたか?もう大学は卒業されてますよね?

ヒッキー しています。それまで就活していたんですけど、曽根原さんから話が来まして。バイトは普通に続けていたんですが、アルバムを作ってる間は就活をしてなくて。アルバムができるまで、そんなに時間かからないだろうと思っていたんですけど、結局1年近くかかった。楽しいことはなんにもないし、就活もしてないし、もう人生棒に振ってる感じですよね。

―― まだ24とか25ですよね。それくらいなら全然棒じゃないですね。振るにしてもまだ根元を握ってないです。

ヒッキー ちょっと勇気づけられましたけど。でも僕はドジだから、生活もうまくいかないし、曲を作るにしても苦しくて、毎日自分を殴るような生活でした。一刻も早くその苦しみから開放されたいという一念で。

―― 聞いているだけでこっちが苦しい感じになってきますが、だったらやらない方がよかったとは思いませんでしたか?

ヒッキー いやいやいや、これを作らなかったら、もう死んでも流通なんか乗せられないかもしれないじゃないですか。

―― 最初は乗り気じゃなかったのに、今はそんなに意義を見出しているのはなぜですか?

ヒッキー 乗り気じゃないというより、GINGAや曽根原さんに懐疑的であっただけですってば。

―― わははは!

ヒッキー でも本当に、曽根原さんが初めてGINGAのコンピCDに誘ってくれたときは、嬉しかったんです。その少し前に、とあるイベントで某有名ボカロPと初めてお話する機会があったんですけれど、挨拶もそこそこに「ほら、やっぱりボカロPが一番上で、絵師や動画師はその下にいるわけじゃないですか」とか話し始められて。仮にもボカロPがそんなことを言うものだから「なんなの? ボカロ創作はヒエラルキーに基づくもんなの?」と嫌な気分になってたんです。そんな折、仮にも企業なのに「やりたいんだからやらせろ! 『最高』に損も得もあるか!」と、言ってくれるあの人がいてくれたおかげで、本当に救われたんですよ。

―― 確かにあの人なら言いそうですね、それは。

ヒッキー 初期のボカロの盛り上がりと、今ボカロと言われて表面的に見えているものは、まったく正反対と言っていいくらいのもので、今ボカロをちょっと調べてみただけの人には、僕たちが体験したボカロの熱さは全然伝わらないし、むしろ僕があまり面白くないなと思える対象にすら見えている気がする。そういう人にアプローチする手段として、僕のアルバムを流通させるのはいいんじゃないかなと思ったんです。ドカンと売れるはずがないのは最初から分かっているのですが、そもそもお金をもらうための受け皿を置きたいわけじゃなくて、石を投げたいんです。僕がどうのじゃなくて、ボカロのシーンで好き勝手やっている人に、どうやったら目を向けてもらえるかという手段なんです。

―― そういうシーンの停滞は、マイナーなものがメジャー化する上で、ネットカルチャーでも仕方なく起こるんです。たとえば自作の機械や、電子工作系の作品を持ち寄って発表する、アメリカの「Make:」という雑誌のイベントが日本でもあるんですけど、最初は狂った作品が多かった。カセットコンロのボンベを使って、ただバカみたいにでかい音が出るだけのものとか。でも回を重ねるうちに、そういうものが鳴りを潜めてきた。場ができあがっちゃうと最適化を考えてしまう。それはボカロと同じ気がするんです。

ヒッキー まったくと言っていいほどそうですね。そういう状況だから、僕がアルバムを出す意味もあるんじゃないかと思うんです。こうすればウケがいいからそれをなぞるとか、そういう考え方ではなく、まず音楽をやりたくてやり、発表したくて発表したみたいな。そういうボカロに元々あったのに今は失われている、その流れが欲しいんです。

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