近代文学の巨星・坂口安吾。「堕落論」「戦争と一人の女」などの代表作では、戦後という時代にあっても、世間の道徳感に縛られることなく自由に生きている人間を讃え、今なお熱狂的なファンを集めている。
そんな安吾の推理小説、「明治開化 安吾捕物帖」をアニメならではの切り口で大胆に翻案したのが「UN-GO」だ。
深夜に放映されるや、たちまちファンの心をつかんだこのアニメ。テレビシリーズ放送中、スピンアウト作品「UN-GO episode:0 因果論」を上映したことも話題になっている。制作は監督・水島精二氏、脚本・會川昇氏、制作会社がボンズという「鋼の錬金術師」スタッフが顔を揃え、キャラクターデザインは高河ゆんさん&pakoさんという豪華な布陣だ。
それにしても“ハガレン”スタッフがなぜ坂口安吾を、戦後文学を選んだのか? 彼らはこのストーリーを通して、いまアニメを見ている若者たちに何を伝えたかったのだろう。脚本家の會川昇氏に話を聞いた。
あらすじ
わけあり探偵と謎の美少年のコンビが難事件に挑む本格探偵ストーリー。“終戦”を迎え、戦争の傷跡ももまだ残る未来の東京。君臨するのは、政財界に通じ、通信インフラを牛耳るメディア王・海勝麟六。海勝はその明晰な頭脳で、数々の事件を解決に導いてきた。
だが、海勝の名推理には裏がある。その裏にある“本当の真実”を見事にあぶり出すのが、「最後の名探偵」結城新十郎だ。それを知らない世間は、新十郎を「敗戦探偵」と呼ぶ――。 それでも新十郎は因果とともに本当の真実を求めずにはいられない。
■ 「UN-GO」 公式Webサイト
脚本家・會川昇
1965年生まれ。東京都出身。早稲田高等学校在学中にアニメ「亜空大作戦スラングル」(83年)で脚本家デビュー。「機動戦艦ナデシコ」(96年)など、アニメ・特撮の脚本を手がける。近年の代表作は「鋼の錬金術師」「轟轟戦隊ボウケンジャー」「機巧奇傳ヒヲウ戦記」など。
―― 「UN-GO」は、坂口安吾の推理小説などをアレンジして近未来の物語にした作品ですが、本作品を制作されるにあたってのいきさつを教えて下さい。
會川 水島精二監督が、フジテレビの山本幸治プロデューサーからの依頼で「ノイタミナ枠」※でアニメーションを作ることになったとき、僕もミーティングに参加したのが最初です。山本さんからはいくつか“お題”をいただきました。バディもの(主人公が2人1組で活躍する)で、一話完結的な推理物で、社会派的なテーマも少し乗っている、そういう感じだったと思います。
それで水島監督と一緒に話し合って企画書を書きました。坂口安吾の推理小説をベースにすることに決まってからは、ふたりの間で、「戦争」という題材は入れようと意見が一致して。安吾作品の持つ空気感を出すのなら、戦争を何かしらの形で入れることがどうしても必要になると思ったんです。舞台を日本の近未来にして、“少し前まで戦争があって、今は戦後である”という設定を決めてスタートしました。
※ ノイタミナ : フジテレビほか全国15局で放送中の深夜アニメ放送枠。視聴者層を広く「大人向け」にしていることが特徴
―― なぜ「戦争」を出すことにこだわったんですか?
會川 ひとつには、主たる原案である「明治開化安吾捕物帖」が、明治を舞台にしていながら、実際には執筆時の昭和25年という戦後について語られていた。安吾を映像化するときに戦後というモチーフは欠かせない気がしたんですね。 あとは、水島監督と僕の個人的な思いも乗っていると思いますね。僕らは「鋼の錬金術師」や、それ以前からも組んでいる長年のコンビなんですが、2人とも思いは割と一貫していて、アニメーションを描く際にも“現実”を出したいんですよ。
言葉にするなら「この世界で起きていることに、自分たちは無関係ではいられない」ということ。
特に9.11を経て、グローバル化した今の世界では、平和な日本にいて新聞の片隅にしか載らないような世界の遠くの地域で起こっている出来事でも、必ず僕たちに影響がある。逆に言えば、僕たちはたとえ政治家でなくたって、ひとりひとりが何かをすることによって必ず世界に何らかしらの影響を及ぼしているはずで、世界に対して無責任ではいられないはずだと。そんなふうに思っています。
―― 安吾の生きていたような戦後の時代ではなくても、たとえ現在のように日本で戦争が起きていなくても、世界を通じて自分たちは戦争とは関わっているということですね。
會川 今の日本だって、いつ戦争を始めるかはわからないし、そもそも「経済戦争」に敗れた戦後だという説もあるわけで、そういう意味で時代に共感されるモチーフではないかと考えました。それから、「戦争」は人間の愚かさの象徴にもなると思うんです。人間は愚かな存在で、戦争はこれからの世界でもなくならないとも思うんですよ。「堕落論」にも書かれているけど、本来人間は愚かなことをしてしまうものだと。僕もそう思うんです。
何か僕たちには見えない巨悪があって、そいつらが世界を動かしているみたいな陰謀説は今も昔も絶えないけれども(笑)、未来を見通せて采配できる人間なんてやっぱりどこにもいないんですよね。
マンガ的な表現で言えば、莫大な資金を持って陰で組織を操っている“鎌倉の老人”とか、そんな超人は現実にはいないわけで、戦争は常に一般庶民が望むことによって始まるし、原発だって我々がその運用を容認してきたわけです。だからそれはもう人間とはそういうものでしょう、と思うんです。
この連載の記事
-
第58回
アニメ
辞職覚悟の挑戦だった『ガールズバンドクライ』 ヒットへの道筋を平山Pに聞いた -
第57回
アニメ
なぜ『ガールズバンドクライ』は貧乏になった日本で怒り続ける女の子が主人公なのか?――平山理志Pに聞く -
第56回
アニメ
マンガ・アニメ業界のプロがガチトークするIMART2023の見どころ教えます -
第55回
アニメ
日本アニメだけで有料会員数1200万人突破した「クランチロール」が作る未来 -
第54回
アニメ
世界のアニメファンに配信とサービスを届けたい、クランチロールの戦略 -
第53回
アニメ
『水星の魔女』を世に送り出すうえで考えたこととは?――岡本拓也P -
第52回
アニメ
今描くべきガンダムとして「呪い」をテーマに据えた理由――『水星の魔女』岡本拓也P -
第51回
アニメ
NFTはマンガファンの「推し度」や「圧」を数値化する試みである!? -
第50回
アニメ
NFTで日本の漫画を売る理由は「マンガファンとデジタル好きは重なっているから」 -
第49回
アニメ
緒方恵美さんの覚悟「完売しても200万赤字。でも続けなきゃ滅ぶ」 -
第48回
アニメ
緒方恵美さん「逃げちゃダメだ」――コロナ禍によるライブエンタメ業界の危機を語る - この連載の一覧へ