日本企業を呪縛する長期的関係
このような日本の新陳代謝とグローバル化の遅れの背景には、日本企業の組織特性がある。日本の製造業が戦後、高度成長したときは、欧米の技術をまねて、低賃金で生産することができた。このときは急速に変化する市場や技術に対応して、柔軟に対応する組織が有利だった。労働者は一生ひとつの会社にいるので、いろいろな部署を転々として「何でも屋」になる。大企業は得意先からシステムを受注して下請けに丸投げする「ITゼネコン」になり、ソフト開発は下請けが行なう。
こうした構造を支えているのは、企業組織や系列の中で維持される長期的関係である。これは典型的な資本主義の想定している物的資本による企業統治ではなく、人的資本を「暗黙の契約」で長期的に拘束するシステムだ。これはローカルな共同体で成り立つ伝統的な社会では広く見られるが、都市化して人の移動が多くなると長期的関係を維持することがむずかしくなる。
しかし日本は、世界にもまれに見る文化的・言語的に同質的な人々からなり、海外からの侵略を経験せず、内戦も少なかったため、多くの村を統括する地方豪族の連合体として国家が運営されるしくみが長く続いた。これは近代以降も企業や官僚制に残り、長期的関係にもとづいてローカルに情報を共有する分散型のシステムができた。これは富国強兵とか高度成長のように目的が決まっていて手本が明確なときは効率的で、意思決定をする経営者や政治家は無能でもつとまった。
ところが先進国の技術や制度をまねる段階が終わると、こういう分散型のシステムは中枢機能が弱いため、大きな方向転換ができない。その顕著な特徴が政治にみられる。首相や閣僚に実質的な決定権がなく、官僚が「ボトムアップ」で決めたことを承認することしかできない。その実態を無視して、無理に「政治主導」でやろうとすると、民主党政権のように空回りしてしまう。
ビジネスマンは政治家を嘲笑しているが、政治は日本型組織の鏡像なのだ。企業の陥っている病理も、政治とよく似ている。「多角化」や「フラット化」などと称してたくさんつくった子会社や事業部がバラバラに動き、役員会は各部門の代表者の利害調整の場になってしまう。社長が命令しても、各部門のコンセンサスが得られないと組織は動かない。
このような日本の組織の特徴は、ある意味では1000年以上も変わらないものだ。しかしネットワークが世界全体に広がり、ITによって情報が瞬時に共有される時代には、このようなローカルな組織の連合体という日本の組織の特性は適していない。ITによるグローバル化は、ある意味では日本人の古代以来の行動様式を変えることを迫っているのである。
もちろん、それは容易なことではない。長い歴史の中で日本人の感情に組み込まれた行動様式を政治学者の丸山眞男は「古層」と呼んだが、それは戦国時代も明治維新も敗戦も超えて続いてきた、きわめて強靱なシステムであり、10年や20年で変わるとも思えない。日本のIT産業が直面している問題は、経営者が考えているよりはるかに重く、困難なのである。
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