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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第122回

CPU黒歴史 対Pentiumのために放棄されたAm29000

2011年10月17日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/

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対Pentiumのために急遽生産中止
組み込み市場で総スカンをくうはめに

 そんなこんなでAm29000シリーズは、MPU/MCU合わせてかなりの数の製品に採用されて、組み込み向けでそれなりのシェアを握っていた。このまま終われば、AMDは組み込み向けにも一定の地歩を保つことができたし、少なくとも黒歴史扱いされることはなかったはずだ。

 転機は1993年4月に訪れた。1987年からインテルとAMDは、386プロセッサー以降のマイクロコードを巡って延々と訴訟を繰り広げていたが、この年にAMDがインテルのマイクロコードを利用して、製品を製造・販売することを認める判決が出たのだ。そこで早速AMDは486互換製品を出荷することになるが、翌1993年5月にはインテルが大幅に性能を改善したPentiumを出荷開始する。

 あいにくとPentiumのマイクロコードをAMDは所有しておらず、すぐに手に入れられる見込みもなかった。かといって、新規にPentiumに比肩しうるx86プロセッサーを開発するのは、時間が掛かりすぎる。そこで当時のCEOだったジェリー・サンダース氏が目をつけたのが、Am29000シリーズだった。

 直ちにAm29000の部隊は、ほぼ全員がK5の開発に移動させられ、Am29050をベースに「AMD K5」の開発に携わることになった。この結果として、Am29000シリーズは突然に生産中止になってしまったのだ。AMDとしては開発部隊を全部K5に移してしまった以上、今後の製品サポートは不可能だし、Pentiumの対抗製品ができないと会社そのものの存続に関わるから、これは仕方がないという判断だったのだろう。

 だがAm29000シリーズを採用して自社製品を作っていたメーカーからすれば、これはとんでもない話である。通常組み込み向けプロセッサーを使う製品は、(製品寿命にもよるが)数年~数十年のライフサイクルがある。例えばPostScriptプリンターなどは、ドラムとかモーターなどの消耗部品は交換できるのが普通だから、製品寿命そのものは十年以上がザラである。とは言えコントローラー基板が壊れることもあるから、故障に備えてコントローラー基板は継続的に生産して、ストックを蓄えておくことになる。

 ところが、AMDがAm29000シリーズをいきなり廃番にしてしまった結果、もうAm29000シリーズを使ったコントローラー基板は作れなくなる。だからといって、急にほかのCPUを使って同等の機能のコントローラー基板を作る、というのは不可能だ。元々開発に数年かけているものだから、同等の機能を異なるCPUで作るとなると、恐らくオリジナルの基板より設計に時間がかかるだろう。結局Am29000を使って製品を開発していたメーカーは、採用製品をすべて廃番とし、別の製品を代替品として提供することを余儀なくされた。

 当たり前だが、こんなことをしでかしたメーカーは、当然長い間そうした行為を記憶されることになる。筆者が知る限りでも、国内某社は「絶対にAMD製品を組み込みに使わない」と断言している。このメーカーはAm29000を使い、当時結構な数の製品を展開していた。これがいきなり全部生産中止に追い込まれたのだから、その怒りは推して知るべし。

 AMDはその後も、「K6」や「Athlon」、「Turion」などを組み込み向けに提供し続けている。だが、K6の時も「いくつものデザインウィンを獲得した」と言いながら、翌年には「顧客からもうニーズがないといわれた」と製品提供を止めてしまうなど、Am29000の失敗を繰り返している。その結果、組み込み向けの市場ではまるで信用されていない。

 そもそも今のAMDの社内で、どこまでAm29000の故事を記憶している人がいるのかも怪しいほどだが、顧客はしっかりこのことを覚えている。AMDの黒歴史筆頭に据えるのに相応しい製品になってしまったのは、Am29000シリーズ自身が良い製品だっただけに、非常に残念である。

 ちなみに、そのAm29050を下敷きにしたのが、「SSA/5」というコード名で開発され、当初は「AMD 5K86」として発売されたAMD K5である。これはAm29050に命令変換を組み合わせて、まずx86命令をAm29000命令に変換。ついでAm29000命令を処理という形で実装された。

 その意味ではインテルの「Pentium Pro」やNexGenの「Nx586」に先んじて「CISC→RISC型」の処理を行なっていたとも言える。だが、肝心のAm29050の性能はx86市場で争うには今一歩。また命令変換部のオーバーヘッドもあってか、プロセスを微細化しても100MHz程度でしか動作しなかったこともあり、性能面でPentiumはおろか、Cyrixの「6x86」にも及ばなかった。こちらは黒歴史入りというほどではないが、成功したプロセッサーとは言えなかったのも事実だ。

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