本稿は、弊社より20011年10月17日刊行の「CEO スティーブ・ジョブズ」(680円)の一部を抜粋したものです。「CEO スティーブ・ジョブズ」は、オンラインショップおよびお近くの書店でお求め下さい。
アップルとマイクロソフト
5年間のクロスパテント契約を結ぶ
ボストンでのスティーブ・ジョブズ米アップル社取締役による基調講演は、新生アップル誕生を告げるアップル史に残るマイルストーンとなった。アップルと米マイクロソフト社の提携が発表されたからだ。日米の新聞雑誌に大きく取り上げられたが、相変わらず日本のメディアには曲解が目立つ。「Mac白旗」(朝日新聞)、「ウィンテル陣営世界制覇に弾み」(日刊工業新聞)という見出しと「1億5000万ドルの株式『買収』」といった記事が目立った。ほとんどの記事が「取得」ではなく「買収」という言葉を好んでいる。
米国での受け止め方はまったく違う。講演後の記者会見でアップルの重役のひとりが「提携の本質は倒産や買収のうわさが絶えない同社の信頼を回復することだ」と語ったが、ウォールストリートもこの提携を評価。ギル・アメリオ会長退任時には13ドル台まで下がっていた株価が、発表翌日には26ドル台にまで高騰した。
アップルとマイクロソフトの歴史を紐解くと、仇敵というイメージに反して両社が親密だった事実も意外に多い。実際、小さなベンチャー企業としてスタートを切った両社はパソコン界の歴史の節目において何度か戦略的な技術提携を繰り返している。両社を隔てていた最大の障壁はWindowsにおけるMac OSの特許侵害で、これが両社を険悪なムードへと駆り立てていた。
両社の関係回復に最初に乗り出したのは、前任のアメリオ会長だ。しかし、法外な要求を送りつける彼の和解案は、なかなかマイクロソフトに受け入れられなかった。アメリオ氏の退任が決まり、一時的にアップルでリーダーシップを執ることとなったジョブズが乗り出したことで話は一気に進展した。
基調講演の数時間前まで続けられた交渉でマイクロソフトはアップルに非公開の額の特許使用料を支払うことを決め、支払い後5年間は両社がお互いに自由に相手の特許を使用していいというクロスパテント契約を結ぶ。日本のマスコミ流に曲解すれば「マイクロソフトがアップルに白旗」ともとれるこの事実を日本の多くのメディアは見落としている。当時、アップルのフレッド・アンダーソン最高財務責任者は、1億5000万ドルの株式投資よりもこの非公開だが巨額なパテント料のほうがアップルにとっては重要だとしている。

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