また2チップ構成にしたことで、そうでなくても高速動作が難しかったGDPの速度は、さらに遅くなることになった。もともとGDPは10MHzの動作を狙っていたが、回路の複雑さなどからそこまで高速な動作はできなかった。また、2つのチップの間に基板上の電気配線を挟んでいたことで、ここがボトルネックになって速度を上げられないケースも出てきた。最終的に4/5/7/8MHz動作の4製品が出荷されているが、この8MHzがぎりぎりの上限だった。
それに加えて、アーキテクチャーが極めて複雑な関係で、処理性能も恐ろしく低かった。今のように完全なパイプライン構造をとっていたわけではないし、またメモリーアクセスひとつとっても、ADやらCBAやらとワンクッション挟んでの指定だったから、1クロックあたりの性能はお世辞にも高速とは言いがたかった。
同一周波数のIntel 80286と比較した場合、iAPX 432の性能はおおむね3分の1~4分の1程度とされていた。おまけに上述の理由で動作周波数も上げられなかったから、最終的には25MHzまで動作周波数が引きあがったIntel 80286とは、性能面で比較にならなかった。しかも、8080などの従来のプログラムとの互換性も皆無だった。
こうした悪条件にもかかわらず、大きなダイサイズと歩留まりの悪さなどの要因もあって、価格は当時としてはかなり高値になっていた。つまり、「部品点数が多くて、動作周波数が低くて、性能も低く、さらに価格が高くて、過去のソフトウェアとの互換性がない」ようなCPUを好んで使う理由はほとんどない。結局Intel 80286に隠れるように、あっさりと消滅してしまった。
開発費の赤字を埋めて有り余った
8086~80286の成功
インテルがiAPX 432につぎ込んだ開発費は、(当時の同社としては)馬鹿にならない規模であったという。それでもこの失敗によって経営が傾かなかったのは、Intel 8086のおかげである。iAPX 432の開発の遅れは早くから判明していたが、だからといってiAPX 432が登場するまで、8080の後継製品を不在にしておくわけにはいかなかった。そこで1976年に、“iAPX 432登場までのつなぎとして”8086の開発を進めたわけだ。
この8086の8bitバス版である「Intel 8088」が、IBM-PCに採用されて膨大な製品が出荷された。さらに8086を採用したIBM-PC互換機も大量に出回ったことにより、インテルは他の半導体メーカーと多数のセカンドソース契約を結ばないと、需要を満たせないほどの売り上げが立つことになった。この売り上げは、iAPX 432プロジェクトに投じた大量の開発資金をまかなうのに十分だったし、IBM-PCの延長でIBM-PC/ATにIntel 80286が採用されたことで、8086と互換性のないプロセッサーを当時のPC市場から弾き飛ばすことにもなった。
別の面から見れば、1TBの仮想アドレス空間と16MBの実アドレス空間を持ち、本格的なマルチタスクOSに十分耐えるマルチタスクサポート機能を持ち、適切なハードウェアとソフトウェアを用意すれば「HA環境」(High Availability:高可用性)を構築できるCPUを70年代に設計して、81年に実用化できたのは奇跡的な話ではある。だが、その代償は少なくなかった。
営業的には膨大な損失を出しながらiAPX 432は生産を終了しており、そのアーキテクチャーはほとんど顧みられていない。2010年にインテル(株)が発行した「インテルの歩み」(リンク先はPDF)に、iAPX 432の名前はまったく見当たらないことからも、黒歴史ぶりがうかがい知れる。
技術的に見ると、iAPX 432が成し遂げようとした機能は「Itanium」や、最近の「Xeon」でやっと可能になったレベルの話である。そこそこの性能を確保しながらこれをワンチップで実現するためには、半導体製造技術や回路技術の進歩が20年分ほど必要だった。要するに、iAPX 432は20年早かったということだろう。当時実現できる技術レベルをはるかに上回る要求を突きつけた※1のが、黒歴史入りした最大の理由と言えるだろう。
※1 ちなみにこの要求を突きつけたのは、インテル創業者の1人で当時の社長でもあり、「ムーアの法則」でも有名なゴードン・ムーア(Gordon Moore)氏であった。その意味では当時のインテルが高望みしすぎた、とも言えるだろう。
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