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アップルはPaaSを目指すか? — 開発者が見た「WWDC」講演

2011年07月06日 22時30分更新

文● 千種菊理

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クラウドサービス「iCloud」は、
“夢の未来”か“黄金の檻”か?

 「Lion」、「iOS 5」の発表が終わり、壇上に改めて登場したジョブズ氏は、この10年間の変化について述べた。

 アップルは、従来「デジタル ハブ」(Digital Hub)として「Mac」に注力してきた。画像/動画、音楽を各種デバイスから読み込み、編集し、そのうえで改めてデバイスに書き出す。コンテンツを管理し、同期する中心にMacを据えていた。その背景には、デジタルカメラ/ビデオカメラやミュージックプレーヤーなどの単機能デバイスとパソコンの間に圧倒的な機能差があったからだ。

 しかし、iPhoneやiPadのようなスマートデバイスはもはや単機能でもなければ、パソコンとの機能差も少ない。確かにパソコンのほうがハードウェアスペックは高いが、必ずしもその高い性能が必要とされるわけではない。

 ソフトの場合も同様だ。たとえば動画編集ひとつとっても、「iPad/iPhoneの動画編集アプリ『iMovie』で十分」という意見に賛同するユーザーは、今や多数派ではないだろうか。

 iOS 5の「PC Free」の発表にもつながるが、そのようなスマートデバイスと従来のパソコンを“同列”にする、同期のための新たな「ハブ」が、新たなクラウドサービス「iCloud」だ。

新たなクラウドサービス「iCloud」のイメージ

 また壇上のジョブズ氏は、ここまで説明して「それはすでにある」と笑った。そう、MobileMeがそれだと。iCloudはまったくのゼロからのサービスではなく、幾度と名前が変わって進化してきたMobileMeの次の進化形態であることが示された。

 iCloudについては、9つの機能に関する発表がなされた(ちなみに筆者は、「指輪物語」で人間の手に渡った9つの指輪“Nine Rings”を思い出した)。

iCloudの9機能を示すアイコン

「Contact」(連絡先)、「Calendar」(カレンダー)、
「Mail」(メール)

 iCloudは、インターネットサービス「MobileMe」の後継であるため、MobileMeにあったサービスがそのまま継続される。アドレス帳の管理と同期、カレンダーの管理と同期、そしてメールサーバーサービスが従来どおり維持される。

アドレス帳やカレンダーの管理と同期、メールサーバーサービスは維持される

「App」(アプリケーション)、「iBooks」、「iTunes in the cloud」

 App Storeで購入したアプリケーション、iBooksで購入した電子書籍、iTunesで購入した音楽などについても、iCloudで管理されるようになる。それぞれのストアでは、購入済みの場合「iCloudに存在する」ことを示すアイコンが表示される。購入したアプリや書籍については、iCloudに登録された後でiPadやiPhoneに自動的に「同期」される。電車の中でiPhoneでアプリを買っておけば、自動的にカバンの中のiPadにもアプリケーションが登録されるわけだ。

購入済みのアプリや電子書籍の場合「iCloudに存在する」ことを示すアイコンが表示される

PhotoStream(フォトストリーム)

 「PhotoStream」(フォトストリーム)は写真の自動フィード機能だ。例えば、iPhoneで写真を撮影するとデータが自動的にiCloudにアップロードされ、同期対象のiPadなどのデバイス、OS XのiPhotoに自動的にフィードされる。その時に通信ができなくても、写真は最大30日間(または1000枚まで)iCloudに留まり、ネットワークにつながった際に流し込まれる。会場では、実際にその場でiPhoneで撮った玩具の写真が、(iCloudを介して)あっという間にiPadに転送されるというデモが披露された。

写真の自動フィード機能「PhotoStream」(フォトストリーム)。実際にその場でiPhoneで撮った玩具の写真が、(iCloudを介して)iPadに転送されるというデモが行なわれた

Documents(書類)

 iCloudでは、かつてのインターネットサービス「.Mac」やMobileMe同様に、アドレス帳やカレンダー、メールが同期される。アップルのサービスから買ったコンテンツも同期され、撮った写真もフィードされる。

 では、それ以外は? そこで示されたのがドキュメントの同期機能だ。iCloudに対応したアプリケーションならば、クラウドへの保存が可能になる。もちろん、保存したドキュメントは他のデバイスに同期される。

ドキュメントの同期機能をサポート

 例えば、自宅にあるOS Xのダイアグラム作成ツール「OmniGraffle」で図画を編集して、iCloudに保存したとしよう。この図面は、いつでも出先でiPadで確認できるうえ、その場で編集も行なえる。これはファイル共有ではなく、「ドキュメント」というオブジェクトでの保存となる。iOSでのデータの扱いに近いものだ。

 iCloudへの保存は、オフィススイート「iWorks」でサポートされ、さらにウェブアプリケーションであるiWork.comでもサポートされる。手元の表計算ソフト「Numbers」で作った表データが、出先ではブラウザーから操作できるというわけだ。確かに、これはクラウドならではの機能だ。

プレゼンアプリ「Keynote」、ワープロソフト「Pages」などのデータをiCloud上に保存できる

Backup(バックアップ)

 先に挙げたPC Freeによって、iOSのアクティベーションすら「On The Air」で行なえるようになった。最後の問題は、デバイス内にある各種データのバックアップだ。

 従来は、パソコンにつなげば同期とともに自動的にバックアップがとられていた。このバックアップをネットワーク経由(On The Air)でやってしまおうというのが、iCloudの「Backup」(バックアップ)だ。

iCloudを利用して、ネットワーク経由(On The Air)でバックアップを行なえる

 バックアップされる対象は、購入したアプリや音楽、電子書籍、カメラロールにある写真や動画、各種設定、アプリケーションのデータ、そしてSMS/MMSのメッセージや着信音などだ。またバックアップは、同期ではなく非同期(1日に1回)に行われるようだ。リストア時も並列にアプリのインストールが行なわれるなど、速度向上のための仕組みが取り入れられる模様だ。

“One More Thing”は「iTunes Match」

 “One More Thing”として発表された「iTunes Match」は、月額24.99ドルの有償サービス(米国を皮切りに順次提供)で、音楽の同期を行ないたいユーザーに非常に便利なサービスだ。

「iTunes Match」

 iTunes Matchは、音楽CDなどから取り込んだ楽曲データを調べて、もしiTunes Store側に同じ曲があった場合、iCloud経由でiPhone/iPadにその曲をダウンロードできるというサービスだ。

 前述したとおり、iCloudによって、iTunes Storeで購入した曲はOS X/PC/iPhone/iPadなど各デバイスに自動的にダウンロードされる。さらにiTunes Matchサービスの利用者となれば、自分で取り込んだ楽曲をiCloudにいちいちアップロードして同期したり、iTunes Storeで同じ曲を購入し直したりという必要がなくなる。各種デバイスに同じようにダウンロードされるのだ。

 これは、他のオンラインストアにはない画期的なサービスだ。ユーザー側の利点としては、アップロードが不要で256Kbps AACの高音質のデータが手持ちの10台のデバイス(恐らくOS Xも含まれる)で自由に聞けるようになる。

 一方、アップル側にも利点がある。アップロードした音楽についてはクラウド側のストレージをどうしても取ってしまう。クラウドは数多のユーザーで利用されるため、ちょっとした容量増大が乗算で適用される。

 iTunes Matchを展開することで、「すでにクラウドに存在する曲」が再アップロードされてデータセンターのストレージ上に乗らないようにすれば、それだけネットワークやストレージの節約になる。ユーザーとアップルのどちらにも利点のあるシステムだ。

 iCloudは秋頃のリリースで、5GBの容量は無償になる。また既存のMobileMeも無償化されており、すでに更新を購入した人については払い戻しが開始されている。詳細は、「MobileMe の移行に関する情報」、「MobileMe:MobileMe のパッケージ版の返金とメンバーシップのキャンセルに関する詳細」を参照してほしい。

(次ページに続く)

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