人間の「現実感」を拡張する ~ARの未来~
さらに暦本さんは、ARによる人間の能力の拡張について語ってくれたが、その中で、また新たに興味深い研究を教えていただいた。それは顔認識と記憶の強化だ。
普通の人が顔や名前を記憶しておける数はだいたい1000人くらいが限界だろう。しかし、センサーと画像検索などを使って、10万人の顔と名前を一瞬で一致させる装置が実現できる可能性があるというのだ。街歩いていて「何だろう?」と思ったら、ピッとその情報が出てくるなんてことも夢ではない。これは広告に使えることはもちろん、もしかしたら記憶能力が衰えた人が、物事を思い出すための手助けになるかもしれないのだ。
ARは情報技術と人間を密接に結びつけることで、人間をサポートしてくれるテクノロジーだというのは、現在のAR事情からだとにわかに想像がつかないだろう。しかし、これがARの本当の可能性なのだ。
前ページのメガネのツールがGoogleと連動するようになると、また新たに可能性が広がるだろうと暦本さんは言う。見ているものが直接Googleの検索情報につながり、たとえば、本を見れば画面右側にその人が見た言葉・文章を自動的に記録したりすることもできる。これが検索のキーワードになり、本をパラパラめくると、バックグラウンドで検索エンジンが動くというようなシステムも不可能ではないのだ。
アイコンタクトすると、その人の顔写真を記録してくれたりなんてことも現実味のある話になってくる。さらに「いつどこでこの人と会った」ということをコンピューターが記録し、のちほど「あの人といつどこで会った」のかを調べられる、自分の記憶検索エンジンみたいなシステムも近い将来可能になるのでは、と暦本さんは示唆している。
まだ一般的には、ARというとエンターテイメントやビジネスでの活用がイメージされている段階だ。しかし暦本さんいわく、ARは人間をAugment(強化)するのがとても重要なことであり、「人間の能力を高めていく」というところにARの意義があるという。Augmented Realityの「Reality」は、「Real」ではなくあくまでも「Reality」。つまり「現実」ではなく「現実感」だと暦本さんは指摘する。現実というより人間の「現実感」を拡張しているのだ。
人間は世の中をどう認識しているか? それは感覚器官を通して脳が認識している。「現実をどう把握しているか」を拡張するということは、見えないものを見えるようにしたり、遠くのものを近くにあるように見せたり、また英語の看板を日本語に変換して見せたりといったことを実現できる可能性があるという。ARの未来は、人間が現実を認識・把握する能力を、どうやってコンピューターやテクノロジーで強化・増強していくかというところまで行き着くだろう、というのが暦本さんの持論だ。
ARの未来は「人間の強化」という壮大なミッションにまで広がっている。見知らぬ状況の中で行く先を記してくれたり、知覚や記憶が衰えた人をサポートしてくれるなど、人間の可能性を広げてくれる技術がARなのだ。まだ今は、「何だかARがおもしろい」という段階だ。だが、これからのARの発展は見逃せない。
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