無線LANでは、ノイズへの耐性を強化するためにスペクトラム拡散やOFDMによる二次変調が行なわれる。スペクトラム拡散には周波数拡散や直接拡散などの各種方式がある。また、比較的新しい方式であるマルチキャリア変調やOFDMの概念についても触れていこう。
二次変調が必要なわけ
地上には多くの電波が飛び交っている。これが多くなると、無線通信は伝送途中で妨害を受けて、正しくデータを送受信することができなくなる。たとえば、電子レンジを使っているそばで無線LANを使うと、無線LANの調子が悪くなるのが実感できる。そこで無線LANでは、「スペクトラム拡散」と呼ばれる技術を使うことで、これらほかの信号からの干渉を軽減している。
「スペクトラム」とは周波数分布を表わす言葉で、スペクトラム拡散といった場合は周波数分布を拡散するという意味になる。単純にいえば、通常よりはるかに広い周波数帯域を用いる伝送技術というわけだ(図1)。たとえば、あるデータを送信するのに1MHzの周波数帯域が必要だったら、これを10倍に拡散(広げる)すれば10MHzの帯域が必要になる。逆に受信側では、元のデータに戻すために10MHzを1MHzに圧縮する。
また、周波数を広げた代わりに、振幅方向、つまり信号レベルは半比例して低くなる。これによって他の機器へ与える影響を減らすことができる。
このスペクトラムを一定のルールに従って周波数方向へ広げる作業のことを「二次変調」と呼んで、最初に搬送波に信号やデータを載せる作業と区別して表記している。
ほんの少し前の時代まで、スペクトラム拡散といえば秘匿性が高くノイズに強い伝送に使われる軍事技術であり、一般のユーザーには馴染みのない技術であった(図2)。それが無線LANや携帯電話などの普及で身近な技術になったというのには本当に驚かされる。
スペクトラム拡散技術の種類
無線LANにはスペクトラム拡散が使われているが、どんな方式が使われているか見ていこう。スペクトラム拡散の基本的な方式としては、「直接拡散方式(DSSS)」と「周波数ホッピング(FHSS)」の2つが有名だ。
先の表1に示したように、ひと昔前によく使われたIEEE802.11bでは直接拡散方式(DSSS)が採用されている。一方、周波数ホッピング(FHSS)は、Bluetoothで使われている技術である。
周波数ホッピング(FHSS)
周波数を広く使う方式でわかりやすいのは周波数ホッピングである(図3)。周波数ホッピングはその名の通り、一次変調された変調波を高速でホッピング(周波数を移動)する技術である。決められた周波数帯内で、一定のホッピングパターンで搬送波の周波数を短時間で次々に変更するというものだ。いま、ここに搬送波があると思ったら、すぐに別の周波数へ行ってしまうわけで、これを第三者が高速で追尾することは不可能に近い。
周波数ホッピングでは、ある瞬間だけを見ると狭いスペクトラムを持つ一次変調信号が1つだけ存在する。そして一定時間内を平均すると、周波数が広く間延びしたような信号に見える。直接スペクトラム拡散方式に比べると、回路や制御が単純で、省電力化できるのが特徴である。
FHSSは、無線LANでは最初のIEEE802.11方式に採用されたが、IEEE802.11b以降は後述するDSSSが採用された。FHSSを採用したBluetoothでは、1秒間に実に1600回も周波数を変えながら通信するという。当然、受信側も同一のホッピングパターンを使って受信周波数を切り替えないとならないので、単純ながら高度な技術であるといえる。
直接拡散(DSSS)
他方、IEEE802.11bが採用している直接拡散は、元の信号をそのまま広い帯域に薄く広げるという、スペクトラム拡散の見本のような仕組みを採用している(図4)。これには、電気信号の「高い速度で変調すると使用周波数帯域が広がる」という特性を利用する。一次変調された信号に「PN(Pseudo Noise、擬似雑音)符号」と呼ばれる乱数信号を組み合わせて、非常に速いスピードで再変調(二次変調)をかけるのだ。こうすると、最初の一次変調信号がPN符号の変調速度に応じた広い周波数幅に拡散される。
直接拡散は、周波数ホッピング方式と異なり常時雑音のようなスペクトラムになるのが特徴で、信号レベルの強い一次変調波が取り出せないので、秘匿性(見つけられにくさ)が高い。
PN符号によって二次変調された信号は、広い周波数帯域に広がって送信される。これを受け取った受信側は、広がった信号を同じPN符号で逆拡散し、元の信号に復元(復調)する。これによって、周波数ホッピングにとってのホッピングパターンと同様に、PN符号がわからなければ復元できないようになっている。つまり、伝送途中の信号を見つけても、単なる雑音にしか見えない。直接拡散の秘匿性はこのPN符号によって守られているのだ。
(次ページ、「スペクトラム拡散はなぜ干渉に強いのか?」に続く)
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