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イラストコミュニケーションサイト「pixiv」を運営する「ピクシブ」は2008年11月1日に、社名をこれまでの「クルーク」から変更した。だが、実はこのクルークという社名自体も、pixiv以前に自社開発したサービス「crooc」(クルーク)のスマッシュヒットを受けて、創業時の社名「ウェブッテネット」から変更したという経緯がある。
ミクシィ(前イー・マーキュリー)のように、自社サービスの認知度が社名のそれを追い越した場合、社名をサービス名と同一にすることは、ブランドマネージメントという点で十分メリットがある。だが、2度にわたって社名を自社サービス名に合わせた事例というのは、さすがに珍しいのではないだろうか。
パナソニックの例を出すまでもなく、社名の変更には並々ならぬ決断と投資が必要だ。設立から4年のうちに2回の社名変更、しかもサービス名に合わせて……となると、ややもすれば自社の信用にかかわる行為ともいえる。それは、片桐社長も重々承知していたはずだ。それでもなお、サービス名との同一にこだわる背景には、あくまでも自社サービスで世界に打って出るという固い決意があった。
ユーザーの高い自治意識は
コミックマーケットで育まれたもの
―― pixiv内の流行を見たいときは、どこに注目すればいいのでしょうか。
片桐 トップページの「注目のタグ」を見れば、ひと目でわかります。新しいアニメが始まると、そのタイトルが入ってきたり、今なら「冬コミ」とか「C75」などといったコミケ関連のタグが目立ちます。ここで、オタク界隈のトレンドが見えると思います。
―― コミックマーケット参加者向けの情報登録機能もありますが、これを作成された経緯は?
片桐 2008年の夏に、「コミックマーケットマップ」を作りました。これは、コミケ会場となる東京ビッグサイトの平面図に、会期中のサークル座席表(出展スペースの位置を表すもの)を重ねた地図です。
永田 ネット上だけの別の人格を作って、リアルとは別に楽しむという考え方もあるのですが、僕はそういうのが大嫌いでした。ネットで知り合った人と実際に会って友達になったり、ネットでの活動が元で仕事が舞い込んだりといったことが、インターネットの革新的な部分だと思っているからです。ネットでの行動がリアルに返ってくるからこそ面白いんです。
ですが、初期のpixivでは匿名性が高かったというか、すでに持っているペンネームとは別の名前で参加していたり、自分のサイトをリンクしていなかったりといったことが見受けられたんですね。そこで、この傾向はあまりよくないと思って打ち出したのが「コミックマーケットマップ」なんです。みんなコミケには興味がありますし、自分のスペースをアピールしたいという気持ちもあるので、ここに登録してもらえれば(結果的に)「このユーザーさんは、ここのサークルの人か!」というのがわかって、そこでリアルとの結びつきができますからね。おかげさまで、この試みは狙い通りにいったと思います。
―― pixivユーザーの“コミケ占有率”といいますか、コミックマーケットマップは現在どの程度埋まっているのでしょうか?
片桐 前回(2008年夏)のコミックマーケットマップのサークル登録数は、3000超でした(2008年冬のコミックマーケットマップの登録数は、2008年12月15日時点で4200を超えていた)。コミケの参加サークル数は約3万5000ですが、そのすべてがイラストやマンガを頒布するサークルではないことを考えると、(イラストやマンガを頒布するサークル参加者の)およそ1割が登録していると見てよいでしょう。
永田 登録率をもっと高めて、ゆくゆくは、ここでコミケに参加するサークルの情報がほぼわかるといったものにしたいと考えています。
片桐 近隣スペースのユーザー同士が「よろしくお願いします」というメッセージを送り合うことで、コミケ当日もスムーズにコミュニケーションできたという話も聞きます。
―― pixivから、プロのイラストレーターが育つような仕組みを作る計画はありますか?
片桐 僕らが仕組みを用意しなくても、ユーザーが良い作品を投稿していけば、勝手に声がかかるだろうと考えています。実際、これまであまり日の当たらなかったイラストレーターさんが、pixivで人気になった途端、どんどん仕事がくるようになったという例もあります。コネやパイプがなくても、pixivで注目されれば仕事の依頼が向こうから来るような場所になればいいと思っています。
永田 そうした動きが活発になるようにしていきたいですね。わたしたちがエージェントになって、ユーザーを囲い込むようなことは考えていません。
―― 外的要因で、pixivに有利な状況はあるでしょうか? 例えば、コンテンツ立国を掲げる国の政策とか。
片桐 あえて言うなら、手塚治虫作品の二次創作が可能となる経産省の「オープンポスト」プロジェクトでしょうか。
永田 経産省肝入りのプロジェクトで、いまではニコニコ動画と「ニコニ・コモンズ」を使えば、それと同じことができるようになりましたね※。
―― ニコニ・コモンズの話がちょっとでましたが、ピクシブも2008年11月に、「pixivコモンズ」という独自の仕組みを発表しましたね。
片桐 クリエイティブコモンズやニコニ・コモンズは、利用方法に関しての決め事が、かなりざっくりしているように感じていたんです。
―― 「改変せずに利用する」しかなかったり、逆に何でもできてしまったりするけれど、その中間がない、とかですね。
片桐 そこで、もっと細かく設定できるものとして、pixivコモンズを作りました。例えば、自分がデザインしたオリジナルキャラクターがあったとして、それを「描いてもいいよという許可」と「動画で使ってもいいよという許可」、そして「転載してもいいよという許可」は感覚的に違うと思うんです。だから、「二次創作」「二次利用」「転載」の3事項について、それぞれ許可を設定できるようにしました。そのほかにも「R-18(18禁)作品でなければ描いてもいい」などの詳細設定も加えるなど、イラストに特化したライセンス表明を導入したいと思っています。
―― 営利、非営利の設定はどうされるのでしょうか。
片桐 まずは非営利限定で進めようと思っています。
永田 ただ、これはライセンシーとして営利目的はダメですというだけで、例えば商業誌への転載などについては、別途交渉してください、ということです。
片桐 pixivコモンズの開始とともに、別途法人アカウントも検討しています。現時点では、出版社さんよりもゲーム会社さんのほうがフレキシブルに動けるようなので、「このゲームのキャラクターならばpixivコモンズで利用OKですよ」というケースが実現すればいいなと考えています。
―― これまで、企業とのタイアップで行ってきたようなことが、既存のスキームでも可能になるということですか?
片桐 そうです。
永田 ゲーム会社さんの場合、キャラクターなどの著作権を担当デザイナーではなく会社に帰属させていることが多いので、許可する/しないの判断がスムーズにいくのかもしれません。これが出版社さんだと、権利は各作者が個別に持っていますから、なかなか難しい。
片桐 現状のニコニ・コモンズは、まだ活発に利用されているという状況には至っていませんが、それはニコニコ動画とは別の専用サイトとして運用していることに理由があると思っています。そこでpixivコモンズでは、pixiv内での運用を目指しました。これによって利用頻度を高く保てるのではと予想しています(※)。
永田 ただし、これはあくまでも基本的スタンスの表明であって、法律的にどうこうというものではありません。
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