日本におけるIT産業の競争力強化を目的として、2003年12月に経済産業省がITサービスの実務能力をはかるため、国家資格やベンダー資格を含めて体系化したのが「ITスキル標準(以下、ITSS)」である。それから5年以上が経過し、ようやく活用される下地が整いつつある一方で、まだ誤解されている部分も少なくない。そこで改めてITSSとはどういったものなのか、そして何に活用できるのかを改めて考えてみたい。
「ITエンジニア」という職業に対しての国の期待は大きい。ITはさまざまな分野に浸透しており、この領域で優秀な人材を多数輩出することができれば「技術大国」として大きな影響力を持つことができるからだ。
その人材育成のためのツールとして生み出された「ITスキル標準(以降、ITSS)」は、ITエンジニアのスキルを計る「ものさし」として利用できる。これを効果的に使うことができれば、国家レベル、あるいは企業レベルでのITエンジニアの育成において、必要な人材モデルの構築や現状の把握を適切に行うことが可能になり、効果的な人材育成を行なうことができるはずである。
しかしながら、現状ではITSSの導入によって社内が混乱したり、現場で働いているITエンジニアが反発して失敗するといったケースも起こっている。こうした失敗はなぜ起こるのだろうか。スキルスタンダード研究所の代表取締役であり、スキル標準ユーザー協会の専務理事も務める高橋秀典氏にお話を伺った。
ITSSは人材育成のための仕組みであり
人事評価ツールではない
まずITSSの導入で失敗する要因について伺ったところ、高橋氏から返ってきた答えは「人事評価制度にそのまま使えると勘違いして導入する企業が多い」というものだった。
「ITSSにはエンジニアのスキルをマッピングしたキャリアフレームワークがあり、それだけを見ると等級によって処遇に差を付ける人事等級枠に似ています。そのため、これをそのまま人事評価に使おうとして失敗するケースが多く見られます。しかし、ITSSは人材育成の仕組みであって、人事評価制度のためのものではありません。そもそも自社とは合わない共通枠をそのまま導入しても、成功するわけがないわけです」
ITSSのキャリアフレームワークは、ITアーキテクトやプロジェクトマネジメント、ITスペシャリストといった職種とその専門分野ごとに、スキルに応じて7段階のレベルを設定し、それぞれのレベルにおいてどういったスキルが求められるのかを定義している。ただ、これはあくまでもエンジニアのスキルを計り、育成につなげるための共通指標であり、評価を行なうためのものではないというわけだ。
さらにITSSには、国全体のITエンジニアのスキルを引き上げるという狙いも含まれている。そのためレベル7として設定されているのは、日本のIT産業のレベルを底上げできるような「スーパーエンジニア」であり、これを一般の会社にそのまま当てはめるのは相当に無理があると高橋氏は話す。
「ITSSは、日本のエンジニアをたった7段階で仕分けしようとしているわけですから、レベル間の差が大きくなっています。そうしたことを知らずに人事評価制度のツールとして使うと、15年エンジニアとして頑張っている人がレベル3にしかならなかったりする。7段階のレベルがあって、その中のレベル3と言われるとかなり低いように感じますよね。でも、実はITSSのレベル3というのは独力で何でもできるITエンジニアであり、多くの企業で言えばトップクラスの人材になると思います。こうしたことを知らずに人事評価制度のツールとして使い、レベルが低いから降格や減俸という話になれば、ITエンジニアが反発したりやる気を失ったりするのは当然ですよね」
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