情報処理学会誌の編集に携わっていることでも知られるテラメディアの宍戸周夫氏に、COMDEXの基調講演聴講記を寄稿してもらった。HPのフィオリナ氏、ソニーの出井氏、Linuxの開発者、トーバル氏という異色の顔触れである(以下、敬称略。用字用語では、宍戸氏の流儀を一部残した)。
異色のタレントが相次ぐ基調講演
COMDEXのキーノートといえば、プレゼンテーションの天才ビル・ゲイツの独壇場だったが、今年は若干様子が違ってきた。15日からの会期に先立って行われる日曜夜の“前夜祭”キーノートはビル・ゲイツが恒例によって務めたものの、COMDEXが正式スタートした翌月曜のキーノートは異色のタレントが相次ぎ、今年オープンしたVenetian HotelのBollroomは毎回満員の盛況となった。キーノートだけ見ても、COMDEXおよびIT業界の様変わりが感じられる。今年オープンしたばかりのVenetian Hotel |
PCから“Personal Web”へ
ビル・ゲイツに続き、月曜のキーノートに立ったのは、午前9時からがヒューレット・パッカード(HP)の女性CEO、カーリー・フィオリナ、正午からがソニーの出井伸之社長、そして夕方6時半からがビル・ゲイツの天敵、Linuxの開発者であるライナス・トーバルスといった具合だ。いずれも、ビル・ゲイツとは好対照を示す、異色のCOMDEX初参加のタレントたちだったといえる。HPブースで自社説明員の話に耳を傾けるCEO、フィオリナ氏 |
ビル・ゲイツのキーノートのテーマは“The Personal Web”。BigBoxだったコンピューターがPCになったように、これからは“Personal
Web”の時代がやってくるというもの。“Personal Web”実現のためにはXMLやパーソナライズされたインターオペラビリティが必要になるとか、それがもたらす世界を語った。しかし、キーノートでは、ワシントン連邦地裁で行なわれているOSと閲覧ソフトの抱き合わせ裁判を、これも最近よく使う被虐的なコントビデオを上映して観客を笑わせたり、Windows2000の機能を担当技術者から説明させたりと演出そのものは決して新しいものではなかった。
'90年代のCOMDEXは、ある意味ではマイクロソフトとビル・ゲイツのプライベートショーのようなところがあり、キーノートに集まった数千人の入場者もマイクロソフトおよびビル・ゲイツの信者のようなところがある。だから、若干マンネリであっても同じギャグで笑ってみせる大阪芸人の観客のように、ビル・ゲイツが何をやっても安心し、賛同して見ているという不思議な雰囲気があった。
3人の新しいキーノートスピーカー
これに対して、HPの美人CEO、カーリー・フィオリナのキーノートは、やはりその姿形を一目見ようという新しい物好きの入場者が多かった。果たしてどんなスーツを着てくるのか、スピーチはうまいのかどうか、といった興味が先行して、新生HPが何を打ち出すのかは二の次になっていたように思う。素晴らしいスピーチで聴衆を魅了したHPのCEO、フィオリナ氏 |
入場者の期待を裏切らず、彼女のスピーチは非常に素晴らしいものだったと思う。内容は「これからの企業はテクノロジーではなくカルチャーが求められる」とか、自社の次世代コンセプト“E-service”を構成するアプライアンスやインフラの説明、さらにインフラを構成するシンプルでファミリアなEPCコンセプトの紹介などであったが、一貫してこれまでのコンピューティングとの違いを強調していた。EPCは明らかにマイクロソフトの否定ととれる。
HPブースでのCEO、フィオリナ氏。周りに野次馬がたくさん |
昼に行なわれたソニーの出井社長のキーノートは、日本人がCOMDEXのこのステージに初めて立ったという点で画期的な出来事だった。コンピューターショップ“Inacomp”の2代目CEOであるリック・イナトメが日系人としてはキーノートを行なったことがあるが、日本人がスピーチをするのはこれが初めて。これには、COMDEXの主催者、ジフ・デイビスのオーナーである孫正義氏もステージ下に駆けつける力の入れようだった。
出井社長は明らかに緊張を表に現しながら、そしてステージ下に置かれた巨大テレビに映し出される原稿を読みながらのスピーチとなったが、これからのインターネットとブロードバンドの世界にソニーが強みを発揮する決意を観客に語り掛けた。
オーディオとテレビ、PC、そしてプレイステーションによるPower
Hardware Networked Societyがソニーの目指す道。ゲストにビル・ジョイやジョージ・ルーカス(このときが一番拍手が大きかった)も出演させるなど、ソニーがCOMDEXにかける意気込みが伝わってきた。スピーチの中ではこれまでのPCはナローバンドの世界だが、これからはブロードバンドでなければならない、というように現在のPCの限界を示す発言もあった。
そして、初日夕方6時半からの最後のキーノートに現れたのが、ライナス・トーバルスである。彼のキーノートには、明らかにLinux信奉者が大勢詰め掛けていた。主催者の挨拶やトーバルス自身のスピーチでビル・ゲイツに若干でもふれるような部分があると、会場からは大きな歓声や拍手が起きた。ときおり聞こえる、最前列にいたトーバルスの子供がむずかる声も、これまでのキーノートにはないものだった。
ヨーロッパの文化の香りを感じさせるVenetian Hotelに掛かる月。周りを焼き尽くして自分だけ残るビジネスもあるだろうが、Linuxでは、照らし合い、輝き合う互恵のビジネスモデルを採用した |
彼はオープンソースがもたらすインパクトについて淡々と、そして少しはにかみながら話したが、1時間のスピーチの半分はQ&Aに当てた。これもこれまでのCOMDEXキーノートにはない風景だった。このあたりで、席を立つ人が次々と現れたが、これが何を示すのか。いずれにしても、大きな新しい流れが起こり始めていることを感じさせるミレニアム記念のCOMDEX初日のキーノートだったといえる。