世界標準価格がやってきた
日本の情報機器は、1980年代のパソコン革命に乗り遅れ、システムはインテルとマイクロソフトに、デバイスはアジアのメーカーに主導権を握られ、世界市場では(ノートパソコン大手の東芝を除き)ほぼ壊滅した。その後は国内でデラックスな「ガラパゴス仕様」の製品を高価格で売ることによって何とか生き延びてきた。
海外メーカーも、日本では割高の価格をつけてきた。たとえばデルの高級ノートパソコン、XPS M1730の最低価格は米国では1999ドルだが、日本では23万4980円だ。1ドル=117.5円という1年前の為替レートである。こういう価格政策は合理的だ。世界市場では20万円以上のノートパソコンなんてほとんど売っていないが、日本では20万円以上の「マルチメディアパソコン」が売れ筋だったからだ。
これは日本の住宅が狭いため、ノートパソコンがメイン機として使われることが多いのも原因だろう。他方、ローエンドの移動端末は携帯電話に独占されてきた。しかし昨年から携帯端末の価格が「正常化」し、高いものは6万円以上するため、それより安く使い勝手がよいNetbookが伸びてきたわけだ。つまりNetbookは、デラックスパソコンとデラックス携帯に占拠されてきた日本市場に殴り込んできた世界標準価格の製品なのである。
不況は破壊的イノベーションのチャンスだ
日本の工業製品は、海外でも高級・高価格の市場をねらうのが普通だ。たとえばトヨタの自動車は中国でも最高級で、中国製のノーブランド車の2倍以上の価格で売られている。しかしこういうハイエンドの製品は、今回の経済危機で最大の打撃を受けた。トヨタの業績が急落した一つの原因も、ハイエンドの北米市場にのめり込んで新興国のローエンド市場に食い込めなかったことだといわれている。
これは逆に言うと、日本ではローエンドの市場が空いているということだ。Netbookのように、その隙間をうまく突けば一挙に市場の8割をとることもできる。これはクレイトン・クリステンセンのいう破壊的イノベーションだ。かつて日本は、小型車やトランジスタラジオなど低価格・低性能の破壊的イノベーションで欧米市場に乗り込み、世界を席捲した。ところがその日本企業が、今は破壊される側に回っているのだ。
よく知られるムーアの法則のように、特にIT関連ではコストが3年で1/4になる(拙著『過剰と破壊の経済学』参照)。組織が肥大化し、高賃金の労働者を抱えた既存企業が1/4にコストダウンすることは至難の業だが、新しい企業は自動的に4倍のコスト優位をもつわけだ。だから不況は、ゼロからスタートできるベンチャー企業のチャンスなのである。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に 「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。

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