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石井裕の“デジタルの感触” 第11回

石井裕の“デジタルの感触”

ビジョン駆動のデザイン

2007年10月01日 01時23分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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革新を生み出すビジョン駆動のデザイン


 このジレンマの克服こそ、今回のテーマである第三のデザインアプローチ「ビジョン駆動のデザイン」を提案する理由である。

 フィールドに出てユーザーにニーズをたずねる代わりに、デザイナーあるいは研究者自身のビジョンなり、コンセプトなりを原動力として、それを可視化・実証することを目的に据える。そして、具体的なアプリケーションとユーザーを見つけ、応用システムを作り上げるというアプローチだ。

 人々が、それまでまったく見たことも聞いたこともないものを欲しいと思うためには、並外れた想像力が必要である。これはごく少数の才能に恵まれた人々にだけできる芸当だ。実用的なニーズではなく、優れた想像力を源泉として、抽象度の高いビジョンをエンジンにしようというのが筆者の考えである。


タンジブル・ビット、10年目の到達点


ICC Exhibition in 2000, Tokyo

ICC Exhibition in 2000, Tokyo

 本連載で紹介してきた「Tangible Bits」(タンジブル・ビット)をめぐる一連の研究は、まさにビジョン駆動型デザインの好例だといえる。

 特定のユーザーが抱える特定の問題を解決するためではなく、それまで本流として疑われることのなかったピクセル中心のユーザー・インターフェースに対して挑戦するためのビジョン、それがタンジブル・ビットだ。これをデザインのエンジンとして、多様なアプリケーションを例示し、その底流に流れるビジョンの健全さと有効性を証明しようとしたわけである。

 これは、従来の技術中心のデザインでも、ユーザー中心のデザインでもない。新しいコンセプトを中心とした、ビジョン駆動型のデザインなのだ。その目的はビジョンそのものであり、たとえそのアプリケーションが廃れたとしても、あるいはその実装技術が古くなってしまったとしても、ビジョン自体が本質的に強いものである限り、時代を超えて生き延び、次の新しいデザインを生み出すエンジンになるはずである。

 我々のチームは、タンジブル・ビットの適用領域と限界を見極めるため、戦略的に多様なアプリケーションを開発してきた。それは地下に埋蔵されている鉱脈の大きさと深さを探り当てるために、いくつもの試掘を重ねるプロセスに似ている。しかし残念ながら、これまで我々のグループがACM SIGCHIに投稿した多くの論文は、ともすると「技術が応用を探しているテクノロジー中心のアプローチ」、あるいは「ユーザーを中心に考えない思いつき」と批判されることが多かった。

 しかしながら苦節10年、ACM SIGCHIのコミュニティーにおいて「タンジブル」や「アンビエント」の言葉は、誰でも知っている標準キーワードとして定着するまでに至った。そして、さらにうれしいニュースが2006年2月の末に飛び込んできた。我々のタンジブル・ビット研究が、ヒューマン・インターフェース研究の新しい流れを生み出したという実績に対して、チームを代表して筆者がCHIアカデミーに選出されたというのだ。

 CHIアカデミーの要件は、次のように記述されている。

 CHIアカデミーは、ヒューマン−コンピューター・インタラクション(HCI)の分野で、本質的な貢献を果たした個人で構成される名誉団体である。メンバーは各分野の第一人者であり、その活動が専門領域を切り開き、HCIの研究を主導。CHIアカデミーの選出基準は次の通り※2

  • その分野への度重なる貢献
  • 他者の研究への影響
  • 新たな研究動向の開拓

※2 CHIアカデミーをはじめ、SIGCHIが授与する各賞については、次のURLを参照のこと: http://www.sigchi.org/documents/awards/

 ユーザーのニーズからスタートするデザインアプローチに対して、抽象度と普遍性の高いビジョン(あるいはコンセプト)からスタートするデザイン研究が、これから主流になっていくことを期待したい。


(次ページに続く)

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