コンシューマにおけるテクノロジーの進化は、どういうルートをたどるにしても最終的に自堕落に向かう。ボタンをひとつ押せば自動的にすべて処理を実行してくれたり、またはセットするだけであとは放置しておけば、その製品がもつ機能を状況に応じて製品自体が取捨選択して実行してくれたりする。いかに楽をするか。シンプルな願望だが、それを実現する道には、当然ながらテクノロジーが介在する。あの製品には、どんなテクノロジーがあり、どう進化し、どこへ向かうのか。
ルンバにおいてはどうか。iRobot製、2002年にアメリカで販売が開始されたお掃除ロボットだ。国内においても2004年から販売されており、初代からずっと販売台数シェアトップを走っている。グローバルで見てお掃除ロボットは2002年前後に多くのメーカーから比較的低価格で一気に登場しており、逆にいえば、2000年以前は家庭向けはほとんど存在していなかった。記憶の範囲内では最古は、1979年に任天堂から登場した「チリトリー」があるくらいだ(ただし、リモコン操縦)。
中身を段階的に強化してきた14年間
初代ルンバのサイズは直径340mm×87mm。最新のルンバ900シリーズは直径353mm×92mmで極端なサイズアップは起きていない。そのため2002年から現行モデルまでを見ていくと、中身の段階的な進化が中心となっている。
ボタン類を見てみると、初代『ルンバ』から『ルンバ・プロ』までは室内のサイズをあらかじめ選択する必要があったが、2004年の『ルンバ・ディスカバリー』以降は「Clean」ボタンを押せばOKになり、以降のシリーズは内部的な発展が続いている。赤外線の壁でルンバが侵入不可能な区域をつくりだす「バーチャルウォール」については初代からオプションで存在しており、バージョンごとで微妙に形状を変更してきた。現行モデルではスティック形状に落ち着いている。
ルンバに搭載されるアルゴリズムは、もともと地雷探査ロボット『Fetch(フェッチ)』から来ている。軍需産業の技術が家庭向け製品に使用されることはよくあることで、ルンバの挙動はフェッチがベースだ。ただし地雷を除去する際はチェック漏れを残すわけにはいかないため、区域内をくまなく移動する必要がある。また平坦な場所はまずない荒地などでの環境下が前提となっていた。
それを家庭向けに改良したものが、いまのルンバの原形に当たる。
ペットロボットとしてのルンバ
「うちのスーちゃんが壊れちゃったの」
スマホやPCに名前をつける。識別のためもあるが、愛着を持ってくるとペットのような名前をつける人もいるハズ。ロボットになると、さらに愛着が増すからか、AIBOだけでなく、ルンバにも名前をつける人が多くいるのだという。アメリカでのアンケートでは、約7割が名前をつけており、サポートへの問い合わせにも「うちのスーちゃんが」といった切り出しが多くあったそうだ。
中にはサポートセンターまで毛布にくるんでもってくるというケースもあったという。いまでは自分がつけた名前で問い合わせてくることは減っているそうだが、なまじ自律して動くぶん、ペットのような感覚を持つ人は一定数いるのだろう。また筆者周辺の話になるが、モビルスーツの型番を付け、さらにラッピングしているケースもある。なんだかんだで、うまく共存できている。
共存といえば、ペットとの関係もある。
猫や犬の場合、どうルンバを認識しているのかは謎だが、心を許しておらずかみついた痕跡ばかりのルンバがあったり、逆にYouTubeにアップロードされているように、ルンバに乗る猫もいたりする。これは当初iRobot側は想定していなかったそうだが、現在はそういうこともあると認識しているそうだ。
ただ具体的になぜ猫が乗るのかまでは研究しておらず、モーターへの負荷や安全面を考えると十分に気を配ってほしいとのこと(この場合、猫ちゃんまっしぐらな映像が多いので、止めようながさそうな気もするのだが)。ちなみに、900シリーズのデモで猫のぬいぐるみが乗っていることはあるのだが、それはカメラが隠れていても動作するというデモで、猫ちゃんが乗っても大丈夫というものではないそうだ。
映像:YouTubeより
清掃効率を高めるためSLAM方式を採用
ルンバのアルゴリズムは2002年から2014年の『800』シリーズまで基本的な部分に変更はなく、ブラッシュアップする形で進化を続けている。前述のように部屋のサイズのボタンをなくせたのも進化点のひとつだ。
ルンバの基本的な挙動としては、最初の約10分間は清掃をしながらも部屋のサイズの把握に努める。まず旋回からスタートし、障害物のないスペースを把握し、壁沿いに走ってぶつかったらまた旋回という動きを繰り返す。その過程でパラメーターを取得していくといったものになる。ただ『500』シリーズの初期モデルまでは、椅子の下に入りこんだとき、椅子の脚に繰り返しぶつかってなかなか出てこないという問題があった。
この問題を解決したのが、『700』シリーズから採用した高速応答プロセス「iAdapt」だ。
基本的なアルゴリズムに変化はないが、状況判断能力を向上させたようなもの。「ルンバ自体が連続して障害物にぶつかった。これは椅子だ」と判断するまでの所要時間が向上している。ここまでは清掃効率の向上を目指した形が伺えるが、2015年からリリースされている『900』シリーズからまた大きな変化を見せてくる。
900シリーズは見た目こそ変わったところが見えないもの、中身の変化が目立つ。高速応答プロセスが新たに「iAdapt 2.0 ビジュアルローカリゼーション」と銘打たれているのもあるが、挙動が根本から変更されている。
以前のルンバは統計学的な計算で清掃ルートを生成していたが、900シリーズからはルンバ自身が自己位置推定をしながらマッピングをして、清掃していない場所を把握する「Simultaneous Localization and Mapping」(SLAM)方式に変更した。
同方式の採用にともない、エンコーダーや各種センサー類に加え、ジャイロ、フロアトラッキングセンサーなどを搭載している。タイヤに内蔵されたエンコーダーで距離を測り、ジャイロで進行方向を確認している。フロアトラッキングセンサーは光学式マウスと同じ仕組みで、移動速度と進路方向を確認できるというもの。正確なマッピングを行なうためにクロスチェックできる仕様となっていた。
こうしたセンシングと初代ルンバから採用されている「バンパーセンサー」で、まず室内の地図を作成し、現在位置を確認しながら、そのエリア内をすべて清掃を進めていく。ただしこれだけでは広範囲のエリアに対応できないため、カメラを搭載することになった。このカメラの役割は興味深いものだ。
万が一のハッキングも考慮した設計
SLAMを実現するため、当初はレーザーレンジスキャナーを搭載して水平軸360度にレーザーを照射して厳密に測距することを考えたが、コスト面の問題に当たった。天井の映像を撮影するなどの試行錯誤もあったが、ユーザーが求めるのは「SLAM精度がやたらと高いロボ」ではなく「掃除を効率よくしてくれるロボ」ということでバランスをとった。そこで役立つのが常に前方を見ているカメラだ。
エンコーダーやジャイロ、フロアトラッキングセンサーだけではどうしてもズレが生じるため、ルンバはカメラで映像上の角やコントラストの高い部分を抽出し、特異点を打っている。これを目印として自己位置推定精度を高める仕組みだ。
そのため900シリーズはときおり少し戻って左右にカメラを振って位置を確認し、ふたたび清掃に戻るという動きをしている。
iRobotはもともとパーセプションに強く、検知が難しい人体認識についても高い精度をもつという。それを利用し、室内のどこに何があるのかを認識することができるため、112畳の自動清掃まで対応可能になっている。
なおぞうきん掛けロボット『ブラーバ300』シリーズは同プロセスとはまた異なる『iAdapt 2.0 キューブナビゲーション』を採用している。こちらはカメラではなく、付属の「ノーススターキューブ」が天井に照射した赤外線を本体の赤外線ユニットで受光し、位置を補正する機構だ。
また国内サポートチームは900シリーズのカメラを搭載する仕様を見たとき、セキュリティに不安を覚えたという。ハッキングされた場合は、カメラから室内の様子がすべてわかるし、マッピングデータがあるため、どこになにがあるのかわかってしまうからだ。
しかし実機で撮影されたデータは特異点だけを残してすぐに削除されるほか、Wi-Fi接続機能があってもカメラの画像やマッピングデータはネットワークに送信しない仕組みになっている。基板レベルでの内部セキュリティも確認できたため、その点については心配をしていないそうだ。
脱線するが、掃除ロボはスマートホームにおいてどうなるのかを考えてみると、家の中を移動して各製品の位置を把握できる立場にある。セキュリティを考えるとネットワークから独立して家電を管理できるほうが都合がいい。そのため諸々のセキュリティーの問題や接続規格の壁を解決できる段階になれば、おのずと掃除ロボットが各家電に指示を出す存在に昇格することも想像できる。