16世紀後半に発明された光学顕微鏡によって、小さすぎて見ることができなかったものを見られるようになり、科学は大きく発展した。その後、目的に応じてさまざまなタイプの顕微鏡が開発され、現代においても開発の熱は冷めていない。大阪大学大学院工学研究科の藤田克昌教授が世界で初めて開発した「時間決定型クライオ光学顕微鏡法」は、狙ったタイミングで細胞の活動を瞬時に止めて観察でき、生命科学や医療・新薬開発など幅広い分野への応用が期待されている。
活動止めて弱光でじっくりと
発想を逆転し分解能を両立
生き物の細胞内部の状態は、刻一刻と変化している。細胞がどのように活動しているのか、そのリアルな姿を観察しようと、研究者たちは挑戦を続けてきた。最大の武器の1つである光学顕微鏡による観察で、これまでにさまざまな生命現象が解明されてきた。
光学顕微鏡の一種である蛍光顕微鏡は、細胞内の様子を分子レベルで観察するために広く使われている。光を当てた際に試料が発する蛍光を検出し、分子の状態を可視化する。対象を高いコントラストで選択的に観察できるというメリットがある一方で、時間分解能を上げるために光を当てる時間を短くすると、検出する蛍光の量が低下して、定量性や空間分解能が低下してしまうという課題がある。
細胞内ではイオン濃度の変化がミリ秒(ms:ミリは1000分の1)レベルで伝わる。一瞬の状態変化を捉えるために光を当てる時間を短くすると、試料から発せられる光の量が不足して画面がノイズだらけになってしまう。一方で、光量不足を補うためにレーザーなどの強い光を当てると、熱で細胞は死んでしまう。
ホルマリンやアルコール類などの化学試薬を用いて、細胞の活動を止めて観察する方法もある。だが、活動を止めるには数分以上の時間を要するため、特定の瞬間の状態を観察することは難しい。薬品を使うと、細胞の状態やイオンの分布が変わってしまうという問題もある。
特定の瞬間における細胞のありのままの状態を観察する――。言葉にするとシンプルだが、そこには越えられない高い壁があった。この課題を解決するため、多くの研究者はより速く撮影できる顕微鏡の開発に向かったが、大阪大学の藤田克昌教授は発想を逆転させた。細胞の活動を瞬時に止めて、その後、弱い光でも時間をかけてじっくり観察できるようにすれば、時間分解能と空間分解能を両立できるのではないかと考えたのだ。
試料に液体寒剤を直接滴下
細胞を瞬時に凍結して観察
藤田さんが細胞の活動を止めるために選んだのは、試料を凍らせる方法だ。しかし、水分を多く含む細胞をそのままの姿で凍らせることは容易ではない。最大の敵は氷の結晶だ。水は凍る時にとがった結晶を作り、細胞を内外から破壊してしまう。
細胞の微細な構造を損なわずに凍結する方法として、極低温の液体寒剤を使う手法がある。
液化ガスであるプロパンやイソブタンなどの液体寒剤で細胞を急速に冷やすと、水分子が規則正しく並ぶ前のランダムな状態で凍る。細胞内で氷の結晶が形成されにくくなり、細胞を破壊することなく凍らせることができる。
ただし、この試みは一筋縄ではいかなかった。当初は別の場所で細胞を凍らせてから顕微鏡の標本台に運んで観察していたが、うまくいかなかった。移動中は液体窒素の中で試料を極低温に保てても、顕微鏡の標本台に載せる時などに、どうしても温まってしまう。試料の温度が少しでも上がると細胞の一部が溶け、水分子が動いて氷の結晶ができてしまう。また、空気中の水分が瞬時に凍りつき、霜が試料を覆ってしまう。
試行錯誤が続いたある日、藤田さんは「試料は凍らせてから顕微鏡へ移すもの」という常識が邪魔をしていたことに気付いた。顕微鏡で細胞を観察しながらそのまま急速凍結させる方法をひらめいたのだ。
そこで、試料となる細胞を入れた容器(チャンバー)を標本台に置き、試料に液体寒剤を直接滴下する装置を開発。観察対象の細胞を瞬時に凍結させて観察することに成功した(図1)。液体寒剤には-185℃の液体イソペンタンと液体プロパンを混合したものを使用。試料を入れるチャンバーは液体寒剤をかけた瞬間の急激な温度差でも破損せず、低温を維持しやすい材料を選んで3Dプリンターで自作した。スペアのチャンバーを用意すれば、観察する試料を交換するのも1分程度で済むという。
さらに、電動制御により±10msの精度で液体寒剤を試料に滴下し、狙ったタイミングで細胞を凍結できるようにした。意のままに細胞の時間を止めて、時間をかけてじっくり観察できる「時間決定型クライオ光学顕微鏡法」の誕生だ。クライオとはギリシャ語で「氷」や「低温」を意味する。
図1 顕微鏡の標本台上で細胞試料を急速凍結させるために開発したチャンバーの断面図と実際の写真。液体イソペンタンと液体プロパンを混合した-185℃の液体寒剤を滴下する前に、ピペットを用いて緩衝液を減らすことで、試料の冷却効率を上げるようにしている。
一瞬の活動を10秒観察可能に
細胞内を伝搬するCa2+を撮影
藤田さんらはこの装置を用いて、ラットの心筋細胞内を高速で動くカルシウムイオン(Ca2+)や、細胞内でダイナミックに動く細胞内小器官などを瞬時に凍結固定して観察することに成功した。Ca2+は細胞内でさまざまな信号を伝達する役割を持ち、細胞活動に応じて細胞内での濃度が変化する。Ca2+は非常に速く動くため、従来の観察方法ではわずか10msしか光を当てることができなかった。
藤田さんらが開発した装置でラットの心筋細胞を急速凍結すると、狙い通りCa2+の動きが停止した(図2)。これまで一瞬で通り過ぎていた細胞活動を、従来手法の1000倍の10秒間も光を当てて観察することが可能になった。その結果、画像の鮮明さを示す信号対ノイズ比が8.9から340へと向上し、極めて高解像度な画像が得られた(図3)。さらに、細胞内現象の発生から凍結固定までの時間を、±10msの精度で任意に決定できることも確認した。
時間決定型クライオ光学顕微鏡法を使えば、同一時点の細胞状態を、観察に必要な時間が異なる複数の光学顕微鏡技術を用いて詳細に観察できるようになる。時間の経過とともに分布や状態がダイナミックに変化する細胞の生命現象や細胞応答を、高い定量性かつ高空間分解能で可視化することによって、「生命科学や病気メカニズムの解明、創薬研究に新たな知見をもたらすことができるかもしれません」と藤田さんは期待を寄せる。
図2 ラットの心筋細胞内をCa2+が伝わっていく様子。撮影のために、Ca2+濃度が高いと明るく光る蛍光性Ca2+指示薬を細胞に導入した。常温ではCa2+が画像左上から右下に向かって高速で伝搬していくが、液体寒剤を投入して凍結固定すると伝搬が止まり(右から2番目)、その状態が200ms後にも保持されている。
スケールバーはμm(マイクロ*メートル)
*マイクロは100万分の1
図3 常温で光を10ms当てて撮影した画像(左)と、凍結固定して光を10s当てて撮影した画像(右)。凍結固定すると、常温時の1000倍以上の時間をかけて撮影できるので、ノイズを抑えたクリアな画像が得られ、より定量性の高い観察が可能となる。
「ラマン顕微鏡」にも応用
従来の8倍の明るさを実現
藤田さんらは、生体試料を急速凍結する手法を、さまざまな種類の顕微鏡と組み合わせる研究も進めている。その1つがラマン顕微鏡だ。照射された光を試料の分子が跳ね返すことで発生する「ラマン散乱光」を検出し、試料に含まれる分子の種類や構造を可視化する。
ラマン散乱光は極めて微弱なため、低濃度の物質を検出したり、信号対ノイズ比を高めたりしたい場合、強いレーザー光を生体試料に当てる必要がある。そうすると、試料がダメージを受けたり、状態が変化したりする恐れがあるため、細胞の観察には向かないと考えられてきた。
藤田さんは、20年以上も前からラマン顕微鏡の開発に取り組み、測定の感度や速度の向上に努めてきた。大阪大学発スタートアップ企業であるナノフォトン(大阪府箕面市)に参画し、独自に開発したラマン顕微鏡を製品化した経歴もある。そこで培った技術と、細胞を急速凍結して観察する技術を組み合わせることで、細胞の観察に適した「クライオ-ラマン顕微鏡」を開発(図4)。試料のダメージや変化を抑制しつつ、ラマン顕微鏡による細胞の観察を可能にした。
クライオ-ラマン顕微鏡は、微弱なラマン散乱光を時間をかけて集めることで、細胞内分子を従来よりも高い感度で検出することが可能になる。実験では、従来の手法と比較して約8倍のラマン散乱光を取得できることを確認した(図5)。
ラマン顕微鏡で観察する場合は試料を染色する必要がなく、細胞の状態や機能が変化していない本来の姿をそのまま可視化できる。「従来の観察は、あらかじめ目印を付けた『見たいもの』を確かめる作業です。しかし、私たちが開発したクライオ-ラマン顕微鏡は試料全体の情報を非破壊で読み取ることができます。得られたデータには、思いもよらない発見が隠されているかもしれません」と藤田さんは期待する。
図4 クライオ-ラマン顕微鏡の試料周辺図。細胞を培養したカバーガラスを試料マウント上に設置し、金属板を接触させておく。投入した液体寒剤は、金属板の穴を通って試料に接触し細胞を急速凍結する。金属板の内部を通る液体窒素とヒーターによる精密な温度制御で細胞は安定した状態を保ち、熱による分子の揺らぎも起こりにくい。
「生きた細胞」理解へ医学部に
生命の姿を鮮やかに描き出す
さまざまな光学現象を駆使して、見えなかったものを見えるようにする顕微鏡技術を開発している藤田さんは、最初から顕微鏡の開発を志していたわけではない。「卒業研究のテーマを決める話し合いに遅刻してしまい、残っていたテーマがたまたま顕微鏡でした」と笑う。当時は、強いエネルギーを持つ電子ビームを試料に当てて観察する電子顕微鏡の開発が主流だった。だが、藤田さんは光の波長や性質を巧みに操ることで、電子顕微鏡では不可能な「生きた細胞が持つ情報」の観察にのめり込んでいった。
博士課程修了後は、観察対象である「生きた細胞」についての理解を深めるために、博士研究員として京都府立医科大学の病理学教室に飛び込んだ。それまで工学部で研究をしており、医学の知識はほとんどなかったため、悪戦苦闘の日々だったという。「論文の内容もさっぱりわからず、1編の論文を読むのにもすごく時間がかかりました。まるで大学1年生に戻ったようでした」と当時を振り返る。
だが、自分で細胞を培養して実験することでしか得られない経験を積むことで、生物学者や医師たちがどのような理由で何をどのように観察したいのかが理解できるようになった。そして、そうしたニーズに応えるためには、どのような顕微鏡を開発する必要があるのかもわかるようになった。
世界中のトップ研究者がしのぎを削る中、藤田さんは、多くの研究者と資金が集まる研究テーマを追うのではなく、独自の視点で新しい世界を切り開くスタンスを貫いている。生きている細胞を急速凍結して「決定的瞬間」を切り取るというユニークなアプローチで、生命のありのままの姿を鮮やかに描き出すことを目指す原動力は、「いったい何が見えるのだろう」という好奇心と、常識や思い込みの限界を自ら疑って乗り越えていく自由な発想だ。
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