メルマガはこちらから

PAGE
TOP

「すごい細胞」を量産する。バイオ研究が“工業化”に動き出す

特集
未来を変える科学技術を追え!大学発の地味推しテック

「すごい細胞」は作れるようになったけど

 バイオ研究の発展は日夜進んでいる。がん細胞だけをピンポイントで攻撃するCAR-T細胞に、皮膚の細胞から臓器が作れるiPS細胞。正直、「そんなことまでできるの?」と思ってしまうが、遺伝子編集や化学的手法の進歩で、「細胞に何ができるか」は、かなりわかってきた。

 ただし問題は、ここからだ。こうした“すごい細胞”が作れると言っても、それは実験室での話。できたとしても非常に高価で、しかも、毎回同じ品質で作るのが難しい。そこで次に問われているのが、「どうやって量産するか」なのである。

なぜ「すごい細胞」は量産できないのか

 細胞は工業製品と異なり生き物なので、同じ材料、同じ手順で扱っているつもりでも、毎回ちょっとずつ反応が違う。人間と同じで、「今日は調子がいい」「今日はダメ」という個体差が普通に出る。よく増えることもあれば、急に元気がなくなることもある。

 しかも困ったことに、外から見ただけではその違いがわかりにくい。結果が出てから「今回はハズレだった」と気づくことも多く、使えない細胞は丸ごと廃棄、なんてことも珍しくない。細胞の量産が難しい最大の理由は、この「ばらつき問題」にある。

細胞を“スタンプ”する「ナノチューブ膜スタンプ」とは何か

 この問題を金型的発想で解こうとしているのが、早稲田大学発スタートアップのハインツテック株式会社だ。同社が開発しているのは、「ナノチューブ膜スタンプ」と呼ばれる極薄のシート。表面には、目に見えないほど細い管が、びっしり規則正しく並んでいる。

ナノチューブ膜スタンプ(NTs membrane stamp)

 これを細胞に“スタンプ”するように押し当てると、ナノサイズの管を通じて、必要な成分を細胞の中に届けたり、逆に細胞内の情報を取り出したりできる。注射や薬品のように細胞全体にランダムに作用させるのではなく、「同じ構造」「同じ条件」で処理できるのがポイントだ。

なぜナノチューブ膜スタンプは量産・工業化に向いているのか

 従来の細胞操作は、薬を入れる、電気を流す、といった方法が主流だった。どれも強力だが、効きすぎたり効かなかったりと結果がブレやすい。人の手加減や細胞の状態にも左右され、「今回はうまくいったけど、次はダメ」ということが普通に起きる。

 それに対して、ナノチューブ膜はかなりシンプルだ。サイズも形もそろったナノサイズの管が、規則正しく並んでいる。この“そろっている”という点が、工業的にはとにかく重要。スタンプするだけで、どの細胞にも、ほぼ同じ条件で作用させられる。

 つまり、細胞の調子に合わせて操作を変えるのではなく、操作のほうを固定してしまうという発想。細胞操作を“職人芸”から“スタンプ作業”に近づけることで、結果のばらつきを抑え、量産の話ができる段階まで引き上げようとしているのだ。

「ナノチューブ膜スタンプ」を細胞に穿刺するための顕微鏡搭載型システムも製造・販売している

バイオ研究は「作れる」から「量産できる」段階へ

 遺伝子編集や化学的手法が解き明かしてきたのは、「細胞に何ができるか」だった。がんを狙い撃ちする、臓器を作り直す、細胞に新しい役割を持たせる、といった可能性は、すでに出そろいつつある。

 一方で、ハインツテックのナノチューブ膜が向き合っているのは、「それらをどうやって作るか」という、現実的な問いだ。細胞を賢くする技術と、細胞を安定して扱う技術。どちらか一方だけでは、社会には届かない。細胞は育てる対象から、金型でそろえる工業素材へと引き寄せなければならない。

 バイオ技術が次の段階に進むとすれば、それは“すごい細胞”を生み出す競争ではなく、そのすごさを、ちゃんと量産できるかどうかの勝負になる。ナノチューブ膜は、その裏方として、バイオ研究と工業化をつなごうとしているのだ。

合わせて読みたい編集者オススメ記事

バックナンバー