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「初日300アクセス」から月間33億PVへ──魔法のiらんど爆発的成長の裏側

モバイル黎明期に女子中高生を虜にした"奇跡のサービス"はどう生まれたか──谷井玲氏インタビュー

2025年07月22日 09時00分更新

文● 遠藤 諭

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「谷井さん、ビジネスモデルを教えてよ」「まったくありません。無料ですから」

―― ずっと無料だったんですか?

谷井 はい。だから、サーバー代が大変でした。NTTデータの大手町のビルに115台ほどのサーバーを置いていて、毎月4、5百万円かかっていました。ニコニコ動画さんと比べれば大したことないんだと思いますが。サーバー代が月400万円もかかっていてるんですが、2週間ほどで容量が足りなくなってしまうんですよ。1年で、1億円以上の赤字になってしまって、それまで創業から10年かけてためた資金も、すべて消えてなくなってしまいました。

―― その頃の社員数はどのくらいだったんですか?

谷井 100人くらいでした。技術系の事業部門が収益を上げていて、魔法のiらんどは完全な赤字だったんです。いままでのチャレンジ企画では3000万円くらいの赤字で開発を中止していましたが、掲示板を見ると、ユーザーの方々が本当に楽しそうにサイトを使っていて、さまざまなカテゴリのホームページが次々と生まれていました。

 でも、さすがに正月明けぐらいに銀行の支店長に「谷井さん、何やってんの? これどうやったら儲かるの?」と言われました。「ビジネスモデルを教えてよ」と聞かれて、「まったくありません。無料ですから」と答えるしかありませんでした。

 それでも、携帯広告が普及してきた時期で、広告収入が数千万円くらい入るようになってきたんです。でも技術系の社員からは不満の声が上がっていました。ただ、彼らも魔法のiらんどを見て、女の子たちが喜んでいる様子を見ていたので「なんとかやっていこう」と言ってくれました。しかし、経営的にはかなり厳しくて、社員の給料支払いも大変でしたね。

―― それはやばいですね。

 そんな時期に、とても印象深い忘れられない出来事がありました。おばあちゃんが赤ちゃんを背負って、6歳の女の子と一緒に会社を訪ねてきたんです。実はその子たちのお母さんが亡くなったばかりで、そのお母さんが魔法のiらんどで日記を書いていたんだそうです。病気と闘いながら、子供たちのために毎日書き続けていて、掲示板で励ましのメッセージをもらっていたそうです。おばあちゃんは涙を流しながら「家族に勇気をいただきました。本当にありがとうございます」と挨拶に来てくれたんですね。

 ちょうどその頃、実は、広告収入を増やすためにアダルトや金融などの広告を入れるかどうか悩んでいたんです。収益は上がるはずなんです。経営面で窮地に立たされてそんな判断に迫られるようになっていた。

 でもこの出来事があって、「このお母さんの日記は絶対に消さない。子供たちが大きくなった時に読めるように残そう」。魔法のiらんどは、そういう場所としてふさわしいものとして続けようと決意したんです。

 その後、ドコモの榎さんが電通と組んだ広告代理店を紹介してくれて、着メロサイト「魔法のメロらんど」も始めることができました。通常なら1年くらいかかる公式サイト認定も、1ヵ月で通していただきました。魔法のメロらんどは、33万人のユーザーを獲得。月額300円で、経費を引いても月7500万円ほどの利益が出るようになったんです。着メロに関しては、その前にドワンゴの川上さんが、突然ランニングをしながら会社にこられて、イロメロミックスという着メロサイトへの誘導を提案してくれて実現しました。

 魔法のiらんどは、100台以上のサーバーで運用していたのに、着メロサイトは2台のウェブサーバーとロードバランサー、そして3台のデータベースサーバーだけで運用できていたんですね。24時間ノンストップで動いていて、年間で8億円ほどの利益を生んでくれました。そうしたことで、魔法のiらんどの無料運営も続けられるようになりました。

―― 着メロの大ブームも凄かった。

 あのおばあちゃんが来てくれなかったら、アダルト広告の道を選んでいたかもしれません。本当に運命的なタイミングだったと思います。

―― そうでしたね。

谷井 その後は、私たちはゲームサイトではないので、着メロに特化してやっていこうということで、auでも魔法のメロらんどを始めましたし、魔法のカメラらんどというサービスも展開しました。auが初めてカメラ付き携帯を出した時期で、写真をホームページに掲載できる機能を提供したんですよ。

―― Jフォンではなくてauだったんですね。

谷井 はい。ドコモは写真はジグノシステムさんとやっていて、auのオークションサイトはビッダーズ(DeNA)さんとやっていましたね。南場さんのところです。その後、DeNAはゲームで大きく成長されましたよね。モバゲーですね。みんなそれぞれの道で成長していきました。

 その頃、グリーの田中さんのサービスも大きくなっていましたね。フェイスブックはまだ影も形もない時代で、ミクシィもまだこれからでした。成毛さんが「世界中でブログが出てきているから、ブログ機能を入れたらいいのに」とよく言ってくれていたんですけど、私たちは女の子たちのために何ができるかということばかり考えていました。そういう意味では、魔法のiらんどは少し異質な存在だったと思います。

インタビューの記録用のポートレートの撮影に応じる谷井氏。


着メロ:着信メロディの略。携帯電話の着信時に流れる音楽。初期には、単音のメロディーやフレーズを設定していたが、着信音のメロディーを提供するサービスが登場。2000年代前半には大ブームとなった。
榎さん:榎啓一(えのき けいいち)氏。NTTドコモのiモード立ち上げ責任者。
川上さん:川上量生(かわかみ のぶお)氏。ドワンゴ創業者。ニコニコ動画や着メロ事業で知られる。現在、株式会社KADOKAWA取締役ほか。
南場さん:南場智子(なんば ともこ)氏。DeNA創業者。オークションサイト「ビッダーズ」や「モバゲー」などを手がけた。
田中さん:田中良和(たなか よしかず)氏。グリー創業者。SNS「GREE」を立ち上げた。

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