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遠藤諭のプログラミング+日記 第190回

ホワイトカラーは1日平均2.5時間"探しモノ"をしているそうだ

使ってわかったCopilot+ PCの目玉機能「リコール」の本当の魅力はこれだ

2025年06月03日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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リコール=本当の意味での"神"機能?

 米調査会社IDCの調査によれば、企業の知識労働者は1日平均2.5時間を"探しモノ"に費やしているそうだ。仮に1日の労働時間を8時間とすると「1日の31%」という計算になる(The High Cost of Not Finding Information)。

 知識労働者(ナレッジワーカー)ということなので、すべてのホワイトカラーではないのだが、こんなデータもあるということだ。むしろ、"探しモノ"をしていないホワイトカラーが何をしているかのほうが心配になる。2.5時間という数字、私と同じような仕事をしている人は、胸に手をあてると心当たりがあると思う。

 実は、これマイクロソフトが昨年6月に開催したCopilot+ PCの発表会で耳にしたのだったと思う。それが正確に思い出せないというなんともリコール的な状況なのだが、調べると上記のIDCの報告書が出てきたわけだ。マイクロソフトのWindows 11の新機能「リコール」(Recall)は、こうしたホワイトカラーの"探しモノ"問題を解決しようというものである。

 その“探しモノ”の中でもグーグルや図書館検索などとは違い、いちど画面で見た情報をあとから記憶を呼び戻したい。むしろ、"探しモノ"中でも「オレは知っているはずだ」といういちばん"モヤモヤ"していて、絶対に探し切りたいパターンである。

 リコールは、必ずしもCopilot+ PCとして販売されているパソコンでなくても要件を満たせば、それ以外のAI PCでも使うことができる。私も、HP EliteBook X G1a 14 AI Notebook PC(Ryzen AI 9 Pro/64GB/512GB SSD搭載で、NPUは55TOPS)でリコールを体験してみている。OSのアップデートでリコール(プレビュー)が使えるようになったのだ。

私のいまのメインマシンでリコールを立ち上げて時間を遡っているところ。リコールを使うには顔認証か指紋認証でログインする必要がある。

リコール="アンドゥ"や"バックアップ"を見なくていい

 リコールの基本的なしくみは、マイクロソフトのページがよくまとめているので、そちらをご覧いただくのがよいのだが、なかなか痒いところに手が届く内容である。

 画面上で表示された内容(ウェブページ、ドキュメント、画像、アプリ画面など)を自動的にスナップショットとして記録。その際、画像内のテキストも抽出され、検索可能となる。また、イラストや図、グラフなどもAIが内容を解析し、関連するキーワードや特徴やタイムバーから探すことができる。

 さがし出した画面には、その画面がスナップショットされた時刻もわかるので、ちょっとした仕事のレビュー感がある。アプリのリンクもあるのですぐに立ち上げられる(同じ状態で開くわけではないが)。さらには画面上の文字を選択してコピーすることができる(ふだん画面から取り出せないアプリ上の文字まで取り出せる)。

 これは、自分のパソコン操作が“裸”にされたようなスカスカした気分になってくる。そのかわり、"神様"のようにすべてを受け入れてくれて、神様にお願いしてタイムトリップできるともいうべきか。

 しかし、ソフトウェアというのは、その機能説明を読んだイメージと、自分で実際に触った感触はちょっと違っているものだ。私は、リコールを入れてまだ1週間も経過していないが、あまり想像していなかった便利さで使っていると思う。

 そのいちばん分かりやすい例が、エディタやワープロ(私の場合はCURSORやサクラエディタ)を使っていて、少し前の状態に戻りたくなったときだ。

 いままでなら"アンドゥ"か"バックアップ"を使ってさかのぼってみることになる。アンドゥは、エディタの最も便利な機能の1つだが、欲しい部分以外も巻き戻ってかえって面倒なことがある。バックアップは、私は、Dropboxのバージョン履歴がいちばん便利だと思って使っているが、それもひと手間必要になる。

 それに対して、リコールならスルスルとほしいところまで時間を巻き戻して、フワッと画面が揺れて輝いたと思うと(そういうエフェクトがあるのだ)、そこからテキストを選択してコピーできる。あとは、CURSORなりサクラエディタに貼りつけてやるだけだ。もちろん、キーワードから探すこともできる。

エディタの画面をリコールで呼び出してほしいフレーズをコピーしているところ。

 このなにげない便利さってなんだろうか? 私が、真にやりたかったのは、アンドゥしたいわけでも、バックアップや古いバージョンを蘇らせたいわけでもなかったのだ。いちど書いたけど消してしまったフレーズをまた使いたいだけなのだ。「そうそうそうなんだよ」と声がでそうになる瞬間である。

 大胆に消してしまうことが怖くなくなった心理的効果は大きい。これを書いている間にもこの機能に何度も助けられている。もう脳の中の短期記憶のような役割である。

 ところで、リコールは、プライバシーやセキュリティを重視しているとしているからスナップショットされないページもあるのだろうか? ためしに、Chromeのシークレットウィンドウを開いてみたが保存されなかった。同じようにNetflixをウェブで見ても映画は真っ黒な画面のまま保存されている。また、記録するしないの切り替えやフィルタリングもできる。

Netflixのコンテンツを見たあとにリコールをしてみたら映画やドラマは真っ黒な画面のままである。

リコール=ウィンドウやタブの切り替え

 私の場合、リコールを常に立ち上げているが、その利用方法は"画面切り替え"やブラウザの"ブックマーク"に近い感覚である。

 Windowsの画面切り替えは、ご存じのように「Alt-Tab」で現在立ち上げている画面から選んで切り替えたりする。本来、これで十分な気もするが、欲しい画面をすでに閉じてしまっていると面倒である。Webサイトなどの場合は、画面の切り替えができても、見たいと思っている情報ではないものに更新されていることもある。

 リコールならば、画面は開き放題で、いつの時点の画面でもそれを見ながら作業ができる。しかも、スライドバーで時間を順番にさかのぼるし(バーをつかんだら矢印キーでやると1ショットずつ動かすことができる)、検索窓からはキーワードのほかにアプリ名を入れても検索できるので、すんなりと欲しい画面にたどり着ける。

リコールで過去の画面を検索で呼び出しているところ。上にテキストをもとにした結果、下に画像をもとにした結果が並んでよこにスクロールして見ていくことになる。

 マイクロソフトは、これをWindows 11のデスクトップにすべきである。というよりも、これはもう「リコール as オペレーティングシステム」と言いたくなる内容だと思う。

 野口悠紀雄さんがどうご覧になっているかは確認していないが、「超」整理法的ブックマークみたいな感じもある。実際には、だいぶ違う動きをするわけだが1つ1つのアプリやサイトの引っ張り出し方が新しい。リコールは、画面切り替えでありブックーマークなのだ。

 リコールの事前情報のとおりの内容なのだが、この触ってみた感触はかなり新鮮である。

リコール=頭を温めるサマリー&スタンバイ

 ここまでのお話は、過去の画面を引き出して便利に使うという話だが、リコールは仕事の仕方というもの自体にも影響すると思う。

 マイクソフトの公式ページによると、仕事の再開がスムーズにいくというのがある。リコールで、昨日の自分の仕事のようすを振り返りながら、自分の脳みそを温めてくれる前日のサマリーとスタンバイのための道具にもなるというわけだ。仕事がいくつもあって「どこからだっけ?」みたいなタイミングである。

 個人的には、ゆるりとコーヒーを飲みながら仕事に戻りたい気もするのではあるが。ここは、バリバリと仕事をこなしてその先を有意義に過ごそうということならこうなる。また、やらなければならない事柄をもらさず抑えることもできそうだ。

 紙を中心に仕事をしていた時代には、関係する資料やメモが机の上に置いたままだった。それを視覚的にとらえて1つ2つ手に拾い上げることで、脳みそを温めてサマリーとスタンバイができていた。それが、リコールによってパソコンの中でもできるようになった感覚でもある。

 だとすると、リコールは時間軸のツールであるように見えて、空間的な広がりを作り出すツールなのかもしれない。

リコール=いい感じのバーのマスター?

 たとえば、ある作業をしいてどこかで入力ミスや誤った操作をすることがあるとする。世界はマーフィーの法則に従って回っているから、人間がやることに間違いはつきものである。銀行で1日の終わりにお金が1円合わないというような話だ。こんな場合もリコールは便利だろう。

 しかし、それを会社に監視されているとするとちょっと気になる。さらには、社員ごとの"作業効率"というものを分析されてしまうではないか? 会社的には、それを全体の生産性をあげたり、ノウハウ蓄積的な話になるのかもしれないが、ちょっと息苦しい。

 マイクロソフトは、管理者であっても他のユーザーのスナップショットを見ることができないとしているようだ。もっとも、こういうことを技術的には、NPUによってシステム負荷も少なく、GPUによって高度な解析もできることが明らかになった。そういうことを独自にやるソフトは出てくるかもしれない。

 この1年ほどの間にパソコンは新たな能力をもった別の生き物に生まれ生まれ変わったといってもあながち大げさではないのかもしれない。

 こうしたことの善的利用というものもあるだろう。たとえばAdobe Illustratorでこの種の作図をするならそうではなくてこうとアドバイスしてくれる(Adobeがそうしたものを提供したら楽しそうだ)。AIのビジネス活用でも注目されているオフィスワークなどの自動化のための学習などもありそうだ。このあたり1980年代のエキスパートシステムが亡霊のように現れる気分でもあるが。

 そういえば、リコールが本来うたいものにしている“探しモノ”の機能について触れなかった。「あれどこで読んだかな?」という情報をひっぱりだせるというものだ。これも、すでに何度かお世話になっているのだが、実は、そういう場面はそれほど頻繁ではないようである。

 えっ、それじゃ1日に2.5時間も探しモノをしている時間はたして減らないでしょうと指摘されそうだが。ここまで述べた便利さが手にはいるのだからよしとしようではないか。それらも、よくみれば小さな“探しモノ”である。見つかった情報を読むことも2.5時間に含まれているんだとすると、いちいちChatGPTやNotebookLMに渡さなくてもリコールから要約やObsidian的なことができたら便利そうでもある。

この原稿を書いている最中に“探しモノ”で救われているところ。Snipping Toolのタイマーが聞かなくなった。「snipping」で単純に検索して探してやる。

あらためてググってもいいのだが、過去に正解に辿りついたページなら自分の納得する答えに直接いけるのでググるよりも相当に効率がよい。

 正直なところ、私とは違ったタイプのパソコンユーザーの人たちにとって、リコールが、どこまで魅力を感じさせるものかどうかはわからない。

 むしろ、もっとさりげないところで人々をサポートしてくれる副操縦士というより友人のような感じもよいと思う。いろいろ妄想ははたらくなのだが、なんとなくCopilot+ PCというかリコールというのは、バーのマスターみたいな存在がよいのかもしれないとも思う。

 私は、新宿歌舞伎町でカレーバーをたまにやっていたが(コロナ以降お休み中)、バーのマスターというのは客の話を聞いていないようで脳には記録されている(リコールのスナップショット)。客との会話もチャットボットみたいなものだ。客のプライバシーも守るし自分の脳みその中でも解釈しているようなしていないような状態である(リコールのテキスト抽出)。ところが、あるときその客が人生相談をしてきたらちゃんとその客にベストな答えを出せたりする(リコールの活用)。

 

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。

Twitter:@hortense667

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