企業が生き残るために知るべき「ベンチャービルダー」の現在地を整理する
オープンイノベーションや新規事業開発担当者にとっての選択肢として注目
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ベンチャービルダーという用語がある。これは新規のベンチャー・スタートアップ企業を体系的に設立・拡大させる機能を持った組織を指し、その他に「ベンチャー(スタートアップ)スタジオ」や「カンパニービルダー」、「スタートアップファクトリー」などと呼ばれることもある。
拙著「OI担当者本」(『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』)では、ベンチャー企業を活用するコーポレートベンチャリングの手法の1つとして紹介すると同時に、新規事業を継続的に生み出す仕組みの構築を迫られた大企業にとっての選択肢として触れている。また海外企業のオープンイノベーション活動事例として、Samsung Electronicsが運用するベンチャービルダーのCreative Lab(C-Lab)の事例を取り上げた。
*羽山友治 [2024],『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』 ASCII STARTUP,角川アスキー総合研究所。
しかしながら、近年の文献を改めて見てみると、ベンチャービルダーの取り組みは公開されているデータや学術的な資料が限られ、特に大企業が関わる実践に関する報告は少ない。そこで本稿では、大企業でオープンイノベーション活動や新規事業開発に携わる担当者に向けて、筆者なりの視点でベンチャービルダーに関する情報を提供したい。
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オープンイノベーション担当者が最初に読む本 外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド羽山 友治、ASCII STARTUPKADOKAWA
ベンチャービルダーの基本事項
ベンチャービルダーは以下の特徴を持つ。
▷ベンチャー企業を0から立ち上げ、成熟するまでの過程の大部分に関わり続ける
▷ベンチャー企業の運営に重要な責任を負う
▷ベンチャー企業創出プロセスに繰り返し関与し、改善していく
よく比較されるその他支援組織や手法との違いに触れておくと、ベンチャーキャピタルはすでに設立された企業への投資と支援に重点を置いており、実行の主体はベンチャー企業である。またインキュベーターやアクセラレーターはより踏み込んだ支援を提供するが、これらのプログラムは提供期間が限られており、結局のところベンチャー企業の運営における責任を全面的に引き受けるわけではない。
MittermeierはGarcía-Luengoによる説明を参考にして、ベンチャービルダーに関する3つのサブタイプを紹介している。
▷独立系ベンチャービルダー
▶投資家のために働く
▶ベンチャービルダーがベンチャー企業の株式を保有し、サービス料を徴収する
▶例)Rocket Internet・Betaworks・Fast Track Asia
▷企業支援型ベンチャービルダー
▶単一の大企業のために働く
▶大企業がベンチャー企業の株式の大半を保有し、サービス料を徴収しない
▶例)WATTx・Bosch’s Startup GmbH
▷独立系コーポレートベンチャービルダー
▶複数の大企業のために働く
▶大企業にベンチャービルダーサービスを販売する
▶例)BCG Digital Ventures・Mach49
*García-Luengo, Jorge [2017], "Venture Building, a new model for entrepreneurship and innovation," https://www.linkedin.com/pulse/venture-building-new-model-entrepreneurship-jorge-garc%C3%ADa-luengo/.
以下では、それぞれに関して、直近の学術論文で取り上げられている話題を紹介していく。
独立したベンチャービルダー
スタンフォード大学で行われた、主に米国に拠点を持つテクノロジー系の独立系ベンチャービルダーを対象とした調査結果をまとめた書籍が日本語に翻訳されている。200ページ弱と長いものではないが、歴史的な背景から基本事項の説明、ベンチャービルダーを立ち上げるうえでの変数や実際の状況などが記載されている。基礎的な知識を求める場合には、ぜひともおすすめしたい。
*Kannan, Shilpa and Mitchel Peterman [2022], Venture Studios Demystified: How
venture studios turn the elusive art of entrepreneurship into repeatable success.
(露久保由美子訳『みんなのスタートアップスタジオ:連続的に新規事業を生み出す「究極の仕掛け」』 日経BP, 2023年)
Coelsch-Foisnerは、その役割を検証する目的で、世界各国のベンチャービルダー20社にインタビューした研究を報告している。結果として組織的アントレプレナーシップに、マネジメント、ガバナンスの導入が主要なテーマであることが明らかにされている。
*Coelsch-Foisner, Constanze, Laurens Vandeweghe and Bart Clarysse [2024], "Understanding A New Player in The Entrepreneurial Ecosystem: The Venture Studio," SSRN, DOI: 10.2139/ssrn.4757394.
具体的には、最初にアイデアの創出及びその後の評価が何らかの方法論やツールを用いて組織的に行われる。そして実行を推進し、会社立ち上げ後のCEOとなる創業者を外部から採用する。一般的なベンチャー企業との違いは、戦略の重要な部分をベンチャービルダー自身が担い、創業者がそれに従って活動するところにある。組織面では、少人数のコアチームと契約社員を組み合わせる場合もあるし、多様な人材を備えた人材派遣会社のような場合も見られる。
比較に役立つものとして、Moianaはイタリアに拠点があるベンチャービルダーを対象とした調査から、設計上の選択・中核的な活動・事業が生み出す成果に基づいて分析する包括的なフレームワークを提案している。その内容は次の通りだ。
*Moiana, Davide, Antonio Ghezzi and Andrea Rangone [2024], "Venture Studios: Beyond Entrepreneurial Support Organisations? A Case Study Analysis and Framework," Proceedings of the 19th European Conference on Innovation and Entrepreneurship, ECIE 2024, 532-539.
▷インプット:設計上の選択
▶対象とする業界/ビジネスモデル/顧客
スペシャリストか、ジェネラリストか
▶ポートフォリオの幅
年間に立ち上げるベンチャー企業の数
▶コントロールの程度
外部の共同創業者をいつ参加させるか、どの程度の株式を保持するか
▶アイデアの出所
ベンチャースタジオ自身が生み出すか、共同創業者が持ち込むか
▶資金調達構造
単一の事業体か、資金調達を別途行う二重の事業体か
▶収益源
大企業へのサービスを提供するなど、別の収益源を持つか否か
▷プロセス:中核的な活動
▶主活動
●アイデア創出
●発見と検証
●ベンチャー企業の立ち上げ
▶支援活動
●資金調達
●インフラ提供
●技術開発
●人材マネジメント
▷アウトプット:事業が生み出す成果
▶ベンチャー企業のパフォーマンス
▶ベンチャースタジオのパフォーマンス
取り上げられている14社を見ると、対象とする業界/ビジネスモデル/顧客に違いがあるだけでなく、株式の取得率(15~90%)・年間に立ち上げるベンチャー企業数(1~8社)でも大きな開きがある。このあたりの基本的な数字に幅があるということは、いまだ本モデルが試行錯誤の段階にあることを示している。一方で資金調達構造に関しては、ベストプラクティスの存在が言及されている。
興味深い点として、中核的な活動は実質的にどこも変わらないと書かれている。つまり設計上の選択の違いが最終的なパフォーマンスに大きく影響している。しかしながら、いずれは時間とともに、資金調達構造以外の変数も狭い範囲に収斂していくのではないだろうか。そうなると、中核的な活動における実務レベルの能力の差で差別化するようになっていくのかもしれない。
関連するものとして、Patelは34ヶ国の350のベンチャービルダーとそれらが生み出した1,770社のベンチャー企業のパフォーマンスを調査した研究を報告している。そして、ベンチャースタジオの違いがベンチャー企業のパフォーマンスの違いの大部分(~30%)を説明し、スタジオ設立年、ベンチャー企業設立年、国、産業の効果によるパフォーマンスの違いは10~1桁%台で、あまり影響がないことが明らかにされている。
*Patel, Pankaj C. and C. S. Richard Chan [2023], "The influence of differences between venture studios on differences in venture outcomes. Venture Capital," 26(3), 283–301.
工場のように次々とベンチャー企業を生み出していくベンチャービルダーは、アントレプレナーエコシステムを活性化させたい中央/地方政府にとっても期待されるプレイヤーではないだろうか。オランダのアイントホーフェンに拠点を置き、CERNのような研究機関のシーズを元にしているディープテックベンチャービルダーのHighTechXLの事例などが、日本の政策担当者にも参考になるかもしれない。
*Romme, A. Georges L., John Bell and Guus Frericks [2023], "Designing a deep-tech venture builder to address grand challenges and overcome the valley of death," Journal of Organization Design, 12, 217–237.
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