Anthropicの共同創設者兼CEOのダリオ・アモデイ氏は1月29日深夜、「On DeepSeek and Export Controls(DeepSeekと輸出規制について)」と題したブログ記事を同社公式ブログにて発表、自身のXアカウントで告知した。アモデイ氏は数週間前にも、米国の対中半導体輸出規制を強化すべきだと提唱しており、今回のブログ記事はその主張をさらに詳しく説明するものとなっている。
アモデイ氏は、DeepSeekがリリースした大規模言語モデルが米国の最先端AIモデルに匹敵する性能を低コストで実現したことに言及した上で、このモデルがAnthropicやOpenAIといったアメリカのAI企業への脅威であるという主張は誇張されているとし、同モデルのリリースはチップ輸出規制の必要性をさらに高めていると主張している。
AI開発を理解する3つのポイント
アモデイ氏は、DeepSeekのモデルを適切に評価する上で、近年のAI開発を理解するための重要なポイントが3つあると指摘する。本題に入る前に、まずはそれらについて見ていこう。
スケーリング則(Scaling laws)
AIモデルは、トレーニングに使う計算資源(≒お金)を増やせば増やすほど、性能が向上する。
効率化の進展(Shifting the curve)
AI研究は日進月歩で、同じ性能をより低コストで実現したり、同じコストでより高い性能を実現したりする方法が次々と発見されている。この効率化のスピードは年々加速しており、現在では年間約4倍のペースと推定される。しかし効率化で浮いたコストは、より高性能なモデル開発に再投資される傾向がある。
パラダイムシフト(Shifting the paradigm)
最近では、強化学習(RL)を用いた推論能力向上技術が注目されており、DeepSeekを含む多くの企業や研究機関が実用化に取り組んでいる。
以上が、アモデイ氏が指摘する3つのポイントだ。同氏はこの3点を踏まえた上で、DeepSeekのモデルについて分析している。
DeepSeekのモデルは確かに凄い、しかし…
NVIDIAの株価が下落したことでにわかに注目を浴びているが、DeepSeekは2024年12月26日に「DeepSeek-V3(以下V3)」を、そして今月20日に「DeepSeek R1(以下R1)」という2つのモデルを発表している。
アモデイ氏はR1ではなく、米国の最先端モデルに一部タスクでは迫る性能をより低コストで実現したV3の方が真のイノベーションであると指摘する。
ただし、V3は確かに凄いが「米国のAI企業が数十億ドルかけて開発したものを、たった600万ドルで実現した」わけではないとも釘を刺す。
「米国の最先端モデルよりはやや性能が劣るものの、公開時期が約7〜10ヵ月先行し、その間の技術進歩による効率化の恩恵を受けることで、大幅なコスト削減を実現したもの」であり、DeepSeekの技術者がエンジニアリング面で優れた効率化を実現したことは認めた上で、「過剰に騒がれているほど他のモデルと比較して圧倒的にコスト効率が高いわけではない」とする。
また、R1は、V3に強化学習で推論能力をブーストさせたモデルであり、OpenAIなど他社も同じような手法で開発を進めていると指摘。
実際、強化学習による推論能力強化、特に「思考の連鎖(Chain of Thought)」を活用した手法に関しては、OpenAIなど米国の企業が先行している。現時点ではまだ発展途上の技術であり、事前学習済みモデルを活用することで、どの企業も一定レベルの性能を実現できると見られている。
アモデイ氏は今回R1が注目されたのは、思考の連鎖をユーザーに「見える形で」提示した点だと指摘する。
「OpenAIのo1などは思考の過程は表示されず、最終的な回答のみが表示されていたが、R1のように思考過程をユーザーに分かりやすく明示的に示すことで、ユーザーはその推論プロセスを理解し、モデルがどのように結論に至ったのかを追跡(トレース)することができるようになった。これはユーザーエクスペリエンスの面で大きな進歩である」と認めている。
輸出規制こそが未来を決める
アモデイ氏は上記の点を踏まえ「AIモデルの性能向上には、今後も巨額の投資が必要。DeepSeekの効率化技術も、結局は米中双方のさらに巨大なモデル開発に活かされるだろう」と予測する。
人間を超える汎用AI(AGI)の実現には、数百万個の最先端半導体と、数百億ドル規模の投資が必要である。米国は現時点でその規模の投資が可能な状況にある。問題は、中国がその規模の半導体を確保できるかどうかだ。
「もし中国が数百万個の最先端半導体を入手できれば、米中双方が超高性能AIを持つ二極世界になる」と予想。これは、科学技術の急速な進歩をもたらす一方、中国が軍事分野にAIを集中投資することで、世界的な覇権を握るリスクもあると警鐘を鳴らす。
また、「もし中国が半導体を入手することを阻止できれば、米国とその同盟国だけが超高性能AIを持つ(少なくとも一時的には)一極世界になる」とし、そのAIはさらなるAI開発にも活用できるため、一時的なリードが恒久的な優位につながる可能性もあると予測する。
「後者のシナリオを実現する唯一の手段が、厳格な輸出規制」というのがアモデイ氏の主張だ。
DeepSeekの躍進は輸出規制が失敗だったことを意味するのではなく、むしろ「規制前に相当数の半導体を確保していたからこそ高性能モデルを開発できたのだ」と分析。「米国のAI企業と比べて、リソース面で決定的に劣っていたわけではない」と指摘する。
また、「DeepSeekは密輸によって必要な半導体を確保するのでは」という指摘に対しては、「輸出規制は、数万個レベルの密輸を防ぐことは想定していないが、数百万個レベルの密輸は極めて困難だ。実際、DeepSeekが保有している半導体は、輸出規制開始前に出荷されたもの、輸出規制の対象外のもの(規制されるべき)、そして一部は密輸されたものと思われるものが混在している。これは、輸出規制が機能しており、抜け穴が塞がれつつあることを示している」と輸出規制の成果を評価している。
アモデイ氏は最後に「DeepSeekの研究者たちは、有能な技術者であり、決して敵ではない。しかし、彼らは人権侵害や覇権主義的な行動を取る権威主義的な政府に従属している。もし、中国が米国と同等のAIを手に入れれば、その行動はさらに抑制が効かなくなるだろう。輸出規制は、それを防ぐための最も強力な手段の一つである。AI技術が進歩し、より少ないコストで高性能なモデルが開発できるようになったからといって、輸出規制を緩めるべきではない。むしろ、その逆なのだ」とし、改めて輸出規制を継続することの重要性を強調した。
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