まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第103回
〈前編〉つむぎ秋田アニメLab 櫻井司社長ロングインタビュー
『第七王子』のEDクレジットを見ると、なぜ日本アニメの未来がわかるのか
2024年07月13日 15時00分更新
Unreal Engineなら“アニメの舞台でロケハン”できる
―― アニメは写生と違って、パースなどのレイアウトで嘘をつく(デフォルメ)ものだとよく指摘されたりもしますが、実寸で用意するとそのあたりの演出は逆に難しくならないのですか?
戸塚 そこは意外と、どうにでもなります(笑) 3Dモデルの一部を拡大縮小することもできますし、基本の実寸が存在しても演出上の必要に応じて魚眼レンズ調にするなど、“パースを殺す”(実際の見え方と異なるように調整する)方法もあります。ちゃんと嘘はつけます。
また、作画は結局描いてくれますから、3Dキャラクターのモデルをベースにアニメらしい嘘をつけば良い。3Dモデルがリアルであっても厳密にそれをなぞる必要はないわけです。
櫻井 簡易絵コンテの段階で監督もUnreal Engineを弄っています。これはいわば、アニメの舞台でロケハンしているようなものです。だから実写に近い作り方とも言えます。でも実写と違ってその背景すら弄れるのです。
―― シリーズ構成の戸塚さんのみならず、玉村仁監督ご自身もUnreal Engineで作業されているのですね! アニメ制作の現場で用いられてきたMayaや3D MAXは、CGの専門教育を受けた人でないと、なかなか使いこなせなかったのですが、Unreal Engineは敷居が低いとも言えそうですね。
戸塚 使いやすいうえに基本無料です(笑)
3Dソフトウェアに使っていた年間75万円のコストが
Unreal Engineならほぼゼロに!?
櫻井 2024年1月から放送された『明治撃剣―1874―』は、実は3D MAXで作業していました。3台のPCに導入したのですが、年間の使用料が当時1台25万円ほどでしたから、年間でおよそ75万円かかります。年中使っているわけではありませんから、ウチみたいなアニメスタジオだと結構厳しい。
そんなときにUnreal Engine 5のデモを見て、「無料なのにレイトレーシング(光や影、反射などの表現演算)が凄い!」となったわけです。
設計思想も、ゲームのアイデアを持っている人がおもちゃのように触って、CG専門チームからの制約を受けずにやりたいことを実現させようというコンセプトで、素晴らしいと思いました。レゴブロックのような感覚で3Dを扱えて、3Dを知らない人向けに作られているので『UIも難しくはないだろうな』と。
そんな風に理解して、さっそく背景作りのデモ動画などをYouTubeで探しまくりました。すると、1シーンでしか使わないような背景をたった20分で作る動画を見つけたりしたので、さっそく前述の『龍殺ノ狂骨』で戸塚に使ってもらい、『これで作品を作れたらラッキーだな』ぐらいに思っていたのですが……結果、我々的には上々の結果が得られました。
そこで『これなら誰でも扱える』という確信を持ってテレビシリーズ制作に導入した、という経緯ですね。
―― 戸塚さんは櫻井さんから「Unreal Engineを使って作ってみて」と言われたときは、どんな風に受け止めましたか?
戸塚 当時はまだバージョン4で、5はデモしかなかったのですが、やはり私も『これは凄いのが来るぞ。老後の趣味にしよう』と思ってました。すると櫻井から「すぐ使ってみて」と(笑)
試行回数の増加とフィードバック速度の向上が強み
戸塚 でも触ってみたら使いやすかったんです。現在ほど情報は揃っていませんでしたが、それでも使いやすさは段違いでしたね。クリエイターが思い描いたものを、そのままレイアウトとして起こせるんですから。
しかも、何回でも試せる。試行回数を増やすことでベストに近づけることができます。3D MAXなどと違い、専門家でなくても数時間触っていれば、すべての機能とは言いませんが、アニメに必要な一部の機能はある程度使えるようになります。楽で、しかも当時は無料だったので、これは素晴らしいなと。
―― リアルタイムレンダリングなので、テクスチャーおよび形や位置の調整などに関しても、変更してすぐに結果が確認できるのがゲームエンジンのメリットですね。
戸塚 それに加えて、作った後の監督チェックのフィードバックを即座に反映できますし、オンラインでつないで話し合いながらその場で直せます。作画チームもUnreal Engineを使っていますので、より良いレイアウトを試してすぐに監督チェックをもらえるんです。
制作進行を介してのやり取りではなくなるので、何日か待つということもありません。とにかくチェックの戻しが早いのが強みです。
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