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連携失敗の本質とは? 上場企業が持つスタートアップに対する根本的な「誤解」

スタートアップ買収とスピンアウト取引、失敗の構造を解き明かす――その1

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スタートアップとは何か

 これまでベンチャー企業とも呼ばれていたスタートアップという言葉は、日本でも随分なじみのあるものになってきました。

 流行り言葉にはだれでもあやかりたくなるもので、新しく立ち上げた会社を何でもスタートアップと呼ぶ風潮もあります。マーケティング的に新会社がスタートアップを自称することは構わないのですが、オープンイノベーションを真剣に中期経営計画で掲げる上場企業にとって、こうしたマーケティング的な意味でのスタートアップと、自社が連携に取り組むターゲットとしてのスタートアップは、明示的に区別して理解する必要があります。

 では、上場企業が連携に取り組むターゲットとして見定めるスタートアップとは、どのような会社のことを言うのでしょうか。

 一言でいうとスタートアップとは「急速に、指数関数的に成長を遂げることを指向する会社」のことをいいます。

スタートアップではないものとの違い

 スタートアップを理解するためには、スタートアップではない会社と対比してみるのが最もわかりやすいでしょう。スタートアップではない会社の典型は、世の中で中小企業とか下請け企業と呼ばれている会社です。では、スタートアップと中小企業とは何が違うのでしょうか。

■ビジネスモデルの違い

 第一に、ビジネスモデルが違います。飲食業を例に説明してみましょう。

 中小企業の飲食業のビジネスモデルの典型は「街の食堂」です。人気食堂の店主が、ビジネスを成長させて売上げを2倍にしたいと考えたとします。そのための打ち手はもう一つ店舗を作ること。新たに土地を見つけて店舗を整え、店長と従業員を雇って開業することになります。売上げを3倍にしたいのであれば必要な店舗は3つ。もちろん実際には立地や採用など色々なことを考えなければならないので、それほど単純なものではありませんが、ビジネスモデルとしては投資と成長が比例的な関係にあるモデルといえます。

 これに対してスタートアップは、投資を2倍に増やすと売上げが4倍に、3倍に増やすと売上げが9倍に、といった具合に指数関数的に成長していくようにビジネスモデルが組まれた会社のことを言います。

 たとえば飲食業でも、自ら店舗を持たずにブランドや店舗のフォーマットを決めて、店員の服装や接客の仕方などをすべてマニュアル化し、店舗を持ちたい人を募って加盟店となってもらって店舗を経営してもらい、加盟店料と売上の一部をシェアしてもらうようなフランチャイズモデルがその典型例として挙げられるでしょう。

 この場合、店舗を構えてお店を開き、お客さんが来れば売上が上がる街の食堂と違い、店舗のフォーマットやマニュアル、仕入ルートの確保などをしても1円も売り上げは立ちません。

 加盟店となってくれる人を探してきて店舗を持ってもらい、人気が出れば加盟店となりたい人が増えてきます。加盟店が増えれば認知度が上がりお客さんも増え、お客さんが増えればまた加盟店となりたい人も増えるサイクルができます。

 そして、店舗のフォーマットやマニュアル、メニューなどを改善し、広告を打ち、規模のメリットを活かして仕入先から安く良い食材を仕入れることで加盟店の店舗経営を支援します。ですが、店舗立上げの初期コストや店舗の人件費は負担しません。このようにビジネスモデルを組むことで、同じ飲食業でも、投資と成長が比例的な関係ではなく指数関数を描くモデルとすることができます。

 ITビジネスでも同じです。会社を構えてエンジニアを雇って企業からシステム開発の受注を受ける受託モデルは、街の食堂と同じく売上げが早く立ちますが、ビジネスモデルを工夫しない限り指数関数的に成長するモデルにはなりません。

 顧客の課題を想定し、これを解決する自社プロダクトを開発して顧客に使ってもらう、多くの利用者がいればいるほど成長が加速していくビジネスモデルを指向する企業が、スタートアップです。何のビジネスをするかではなく、どのようにビジネスモデルを描くかによって、スタートアップとそうではない中小企業の差が生まれるという点がポイントになります。

 上場企業がスタートアップとのオープンイノベーションと称して、スタートアップが販売する自社プロダクトを上場企業の仕様に合わせてカスタマイズ提供せよと迫るような事例が見られます。プロトタイプ段階の自社プロダクトを市場のニーズに合致するよう試行錯誤をしているフェーズのスタートアップに、その実験の場を提供するのであればわかりますが、スタートアップは業務委託先やSIerではありませんので、カスタマイズ対応を求めるという関係構築の仕方自体がおかしいということには自覚的でありたいものです。

■資金調達戦略の違い

 ビジネスモデルの違いから派生して、スタートアップと中小企業では資金調達の戦略がまったく違うものになってきます。こちらも飲食業の例で見てみましょう。

 街の食堂のモデルは、2号店を持つときには1号店の業績から売上と利益を予想し、必要な投資をいつ回収することができるかを考えます。このようなモデルに対して資金の出し手となってくれるのは銀行です。1号店と同じような収益が望めるような2号店の出店計画を練ることで、銀行はお金を貸してくれて、飲食店の収益から利息と元本返済を得ることになります。

 これに対して、スタートアップの飲食業のモデルとして取り上げたフランチャイズのモデルは、ブランドや店舗のフォーマットやマニュアル、仕入先の開拓などをしても売り上げは1円も立ちません。せっかく開発したフォーマットがあっても、加盟店となってくれる人を見つけるのも一苦労。加盟店は1店舗では足りず、たくさんの加盟店があって初めて利益が出るモデルなので、はじめの数年間は果たして成功するのかどうか、誰にもわかりません。銀行は、このようなモデルに対して資金を出してくれません。これは銀行がケチだからでも保守的だからでもなく、単純に銀行のビジネスモデルと合わないからです。

 初期のプロダクト開発にお金がかかるけれども、それが売れるかどうかわからず、一定の規模以上にならないと利益が出てこないビジネスを一から立ち上げるときに、お金を出してくれるのがベンチャーキャピタルです。

 ベンチャーキャピタルは、事業の成長段階に応じて段階的に株式を購入することで、スタートアップに資金を提供します。ビジネスが海のものとも山のものともわからない初期は安い株価で、プロダクトが市場ニーズに合致していることが確認でき、顧客が増えて売上が上がるにつれて株価は高くなっていきます。こうして高くなった株式を売却することで投資を回収するのがベンチャーキャピタルのビジネスモデルです。

 資金の出し手のビジネスモデルは、資金の受け手の事業計画に決定的な影響を与えます。

 銀行からお金を借りる街の食堂は、元本と利息を着実に支払うことができるよう、銀行からのモニタリングを受けます。元本には満期があり、着実に売上を稼いでお金を返せるような事業計画を立てることになります。

 これに対してベンチャーキャピタルは、投資家からお金を預かりファンドを組成して、そのお金をスタートアップに投資します。投資家の要請によりファンドは通常10年の期間が設定され、最初の5年に投資を、残りの5年に回収をするように設計されます。ファンドはたくさんのスタートアップに分散投資し、ポートフォリオ全体で投資額を上回る利益を上げる活動をしており、1社への投資から回収までの期間は、IT系のスタートアップであれば通常3年から5年程度を想定しています。

 投資の回収とは株式を売ることを意味しますので、ベンチャーキャピタルから投資を受けるスタートアップは、3年から5年以内に株を売却する機会を投資家に提供しなければならず、そうなるよう事業のモニタリングを受けます。未上場のスタートアップが、株を売却できる機会を提供するためには、IPOするかM&Aを受け入れるかしかありません。ベンチャーキャピタルから資金を調達するスタートアップは、一から始めて3年から5年という短い期間でスケーラブルなビジネスモデルを創り上げ、IPOするかM&Aで事業売却する事業計画を描かなければいけない会社であるということになります。

 リンクトインの創業者リード・ホフマンの名言の1つに「スタートアップとは、崖の上から飛び降りながら、激突するまでに飛行機を作るようなものだ」というものがあります。地面に激突しないよう、いかに重力に逆らって短期間でスケーラブルなビジネスモデルを完成させ、事業を成長軌道に乗せていくか。

 スタートアップが戦っているビジネスのゲームは、ビジネスモデルつまり持続的に稼ぐ仕組みが完成された上場企業はもちろん、顧客ごとに丁寧な仕事をして売り上げが立てばよい下請け企業ともまったく異なるゲームなのです。

著者プロフィール

増島 雅和
森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士(日本/NY州)・弁理士。シリコンバレーの法律事務所でスタートアップ法務に携わった後、金融庁に転じ銀行・保険監督に従事。シンクタンクのフェローを経て現職。シード投資のスタンダード「J-KISS」を開発するほか、様々な有識者会議でスタートアップ政策やオープンイノベーション、知財・データ・デジタル政策などを提言し、日本をアップデートする活動にコミットしている。

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