大谷イビサのIT業界物見遊山 第48回
ITやインターネットを支える「窓のない、なぞの巨大建築物」の見え方
データセンターの所在地ってやっぱり書いてはいけないのか?
2023年07月28日 11時00分更新
いろいろなところからマサカリが飛んでくるのはわかっているが、以前から感じていた疑問について書いてみたい。「データセンターの所在地ってやっぱり書いてはいけないのか?」である。だって、ググれば所在地は出てくるんですよ。いろいろ秘密の多いデータセンターだが、インフラ界隈での内輪受けみたいな感じになっていやしませんかね。
実は制約の多いデータセンター取材
ITインフラ系の記者は、たまにデータセンター見学ツアーに招待される。エクイニクスやさくらインターネット、NTTコミュニケーションズなど、私も相当データセンターは見ている方だ。Coltテクノロジー(旧KVH)はシンガポールまで、IIJはコンテナ型データセンターを見に島根まで行っている。IDCフロンティアに至っては北九州も、白河も、府中も見ている。
5月には大阪までデジタルエッジのデータセンターを見にいった。関西のデータセンター事情までいろいろ説明してもらってためになった。先日、見学したのはインターネットイニシアティブ(IIJ)のデータセンターだ。灼熱の夏日だったが、普段乗らない電車に乗り、いろいろなメディアの記者やライターさんと普段見られないような巨大な建築物を見てきた。記事書かなきゃなあというプレッシャーはあるけど、楽しいに決まっている。
最近のデータセンター見学記:クラウド型データセンターの最終形 IIJが白井DCCの2期棟を公開
とはいえ、データセンターの記事執筆で毎回頭を悩ませるのは、書いていけないことが多いことだ。たとえば、印西地区とか、武蔵野地区とか、ざっくりどこに位置しているかは書けるが、所在地を書くのは遠慮してほしいと言われる。その他、「機密にあたることは書いてはいけない」とも言われるのだが、そもそも機密に当たることが明示されないことも多いので、執筆の段で「これって書いていいんだっけ?」と迷うことになる。若手の記者やライターであれば、与えられた情報以外のことを書くのに、萎縮してしまうのではないかと思う。
もちろん撮影にも制限がある。そもそも撮影NGということも多いし、外の建築物や業者さんなどが映りこんではいけないという条件を課されることもある。チラーなどの置かれることの多い屋上からの風景は、場所が特定されるという理由でNG。撮影条件が複雑すぎて、事実上撮影は無理なので、最近は広報から提供された写真を使うことも増えた。まあ、実際にプロのカメラマンが撮った写真の方がはるかにレベルは高いのだが(笑)。
データセンター見学の機会は、記者としては本当にありがたいのだが、見たモノを正直に書けない、説明のために撮影できないのは、けっこうストレスだ。そもそも秘匿すべきデータセンターの所在地は昔からググれば簡単に出てくるのだ。とあるデータセンターの見学会の案内メールでは「場所は秘匿しているので、タクシーで案内する」と書かれていたのにもかかわらず、調べてみたら行き方や外見までしっかり書かれたブログが出てきて、ずっこけた経験がある。また、駅前でタクシーに乗って、「●●のデータセンターまでおねがい」と言えば、特段住所を言わなくても黙って連れて行ってくれるという笑い話もある。
巨大な建築物であるデータセンターでは、建築時も、運用時も、なにかしらの作業が発生する。機器のメンテナンス、機材の搬入などで、エンジニアや工事担当は立ち入るため、所在地を知っている関係者はけっこう多い。目隠しして、車で移動させるスパイ映画のようなことをしない限り、所在地を秘匿するのは困難。「探せば出てくるから非公開の意味はない」わけではないが、本気で物理的なテロや攻撃を目論む人にとっては比較的容易に所在地が特定されてしまう点は指摘しておきたい。
そして、ここまで書いておいて、ちゃぶ台返しではあるのだが、私も別に記事に所在地を書きたいわけでもない。自然災害に対する地盤や作業員の足の便という意味ではロケーションに意味はあるが、多くの読者は現地で作業するわけではないので所在地自体に意味はないからだ。ただ、執筆や撮影にいろいろ制約が多いのに不満がある。ちなみに、そんな事業者は全部ではない。「えっ、こんなに書いていいんですか?」「えっ、こんなカットまで用意してくれたんですか?」という事業者や広報がいることも、ここでは名誉のために書いておく。
窓のない、なぞの巨大建造物 住民からはどう見えるのか?
さて、こんな取材ルールを私たちは当たり前のように受け入れてきたのだが、先日のデータセンター見学会で、とある大新聞の記者が繰り出した「住民には、この建物についてどう説明しているのでしょうか?」という斜め上の質問には、ちょっとハッとしてしまった。というのも、「データセンター銀座」と言われる印西地区も、武蔵野地区も、建物は田畑の中にポカンとあるのではなく、けっこう住宅地の中にある。だから、その疑問は至極まっとうなものなのだ。
四半世紀に渡って見学してきた自分にとってみると、データセンターはもはやあって当たり前の存在。しかし、一般の人から見たら、データセンターなんて「窓のない、なぞの巨大建築物」にしか見えない。周りには監視カメラが張り巡らされ、入場するのにも厳しいチェックが課されている。そして、壁の向こうにチラリと見えるのは、普段見ないようなイカツイ電気設備やパイプまみれの機材、なぞのアンテナなどだ。
さて、70歳代の自分の母親が予備知識なしにこの建物を見たら、どう考えるだろうか? 普通に怪しがるに違いない。まして、自分の息子が場所も言えないようなデータセンターで働き、おまけに年末年始にかり出されたり、徹夜で作業したなんて話をしたら、「お前の会社は大丈夫か」と聞かれるはずだ。人々の生活の根幹を支えているインフラエンジニアの認知や地位が低いのは、こういう情報の閉鎖性にも起因しているのではないか。
今後、データセンターの地方分散を考えたとき、このまま「窓のない、なぞの巨大建造物」でいいのだろうか?と思う。先日驚いたのは、4月にオープンしたGoogleの印西データセンターは、見た目からして明らかにGoogleだったこと。建物の性格上、商業施設と異なり、中に入れないのであれば、せめて外見だけでもなにかわかるようにと考えて、あのデザインを施したのであれば、なかなかの慧眼だと思う。「あれがGoogleだよ」と言えば、先ほど話した「窓のない、なぞの巨大建築物」という疑問は払拭されそうだ。
また、単に地元に税収や雇用を生み出すだけではなく、地域の方々にきちんと理解してもらう、もっと言うと愛着を感じてもらうことも重要だと思う。たとえば、最近のガソリンスタンドは自治体との災害支援協定を結び、地域への燃料供給や避難場所などの役割を果たしていたりする。とかくカーボンニュートラルの観点をアピールすることは多いのだが、こういったCSRや地域貢献的な観点はすっかり抜けているような気がする。
そして、記者としての個人的な要望はシンプルで、もう少し自由に書かせてほしいということ。絶対に公開したくない、立ち入って欲しくないデータセンターは、そもそもメディアに公開しなければいいわけで、実際にハイパースケーラーのデータセンターは見たことない(動画が用意されていたりする)。機密情報や非公開情報も話さなければ書くことはできない。それでもあえて見せるのであれば、制約は極力なくしてほしいというお願いである。
もちろん、「顧客からのクレームが……」「取得している規格上……」「コンプライアンスの観点で……」などいろいろな理由はあるだろうが、私たちメディアは、別に顧客情報を書きたいわけでも、データセンターを危険にさらしたいわけでもない。発電所や水道局のように、ITやインターネットを支えるデータセンターも、その存在意義、そこに詰まった技術や支える人たちの営みを多くの人に知って欲しいだけ。AIが当たり前になる時代に、データセンターはもっとクローズアップされてよいと思うのだ。
大谷イビサ
ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。
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