バレエダンサーからアパレル立ち上げ 花柄レオタードでバレエの魅力を広めたい!
多くのバレエダンサーの心をつかみ続けているレオタードブランド「stina」を立ち上げた久保田小百合さん。バレエダンサーとして順風満帆だった彼女が、経営者へとライフシフトした理由について語ってもらった。
バレエを通して「踊る以外の」社会貢献がしたいと思った
バレエスタジオに舞う、花柄のレオタードを着たダンサーたち。レオタードは汗を吸水する役割のほか、体のラインを見せることで適切に指導してもらうための役割、さらに自分を美しく見せることでモチベーションを高める役割もある。そのため、レオタードにこだわりのあるダンサーは多い。
11年前、スターダンサーズ・バレエ団で活躍していた久保田小百合さんが立ち上げたレオタードブランド「stina」は一世を風靡。それまでになかった花柄のレオタードは、プロ・アマチュア問わず、あらゆるダンサーの心をつかんだ。
久保田さんのダンサー人生は、東日本大震災を機にガラリと変わったという。
「当時の私は30歳手前で『悩み期』でした。バレエ団ではたくさんの役をいただいていたのですが、ある時から『今後どうなるんだろう』と思うようになったんです。というのも、バレエダンサーが現役で踊れる寿命は短い。30代・40代で引退したあとどうなるんだろう……と、セカンドキャリアについて考えるようになりました。そんなときに東日本大震災を経験したんです」
久保田さんが所属していたバレエ団は地方公演も多く、震災の半年ほど前に岩手県の石巻方面をめぐっていたという。馴染みのある風景が津波に飲み込まれていく光景をTVで見て、衝撃を受けた。
「震災の日は公演の前日で、劇場で最終リハーサルをしていました。その日は早々に解散になったのですが、翌日には上演したんです。100人ほどのお客様が来てくださって嬉しかったのですが、日本が大変なときに踊っている自分に無力感もありました。『震災直後に私は何をしているんだろう』と思ってしまったんです」
復興していくとき、芸術やエンターテインメントの力は人々の助けになる。しかし、ダンサーは与える側だ。「今、私がすべきことはこれでいいのか」という疑問が巡ったことは想像に難くない。
「そのとき『バレエを通して、踊ること以外でも社会貢献がしたい』と強く思ったことが、stinaの立ち上げに繋がっています。もともと私はいつか、自分らしい世界観を投影できるブランドがやりたいと思っていました。バレエダンサーとしての今までの人生を活かせるものを……と考えたときにたどり着いたのが、レオタードだったんです」
久保田さんは華やかで愛らしい雰囲気をまとった方だ。そのためか、30歳を前にしても可愛らしい役が続き、人生の重みを感じさせる大人の役をもらうにはどうすればいいのかと悩んだことがあったそう。
「そのときに、ダンサーにとってレオタードはセルフプロデュースするためのものでもあると気づいたんです。私たちはディレクターや振付家に役を選んでいただきますが、身につけるレオタードで『こんな役も表現できますよ』『こんな雰囲気も出せますよ』とアピールすることができる。だから私は『なりたいわたしは私がつくる』というブランドコンセプトのもと、なりたい自分が表現できるレオタードを作りたいと思いました」
ノウハウ皆無で始めたところ1分で400着が完売に!
stinaのレオタードの新しさは、まず柄物であること。当時、無地のレオタードがほとんどだったバレエ界で、花柄を大胆にあしらった絵画のように美しいstinaのプリントは目を惹いた。さらにセミオーダーであることも画期的だった。数種類の生地とレオタードの形を選び、自由に組み合わせることで、自分らしい一着を作ることができる。
「やると決めたら早かったですね。ノウハウは皆無だったので、周囲に『レオタードブランドをやりたい!』と熱く語り、サンプルを作れる方を紹介してもらいました。できあがったサンプルをバレエ団のダンサーたちにフィッティングしてもらい、試行錯誤しながら商品を完成させ、カタログを作って……わずか3ヵ月の準備期間でブランドを立ち上げました。最初はFAX注文だけだったんですよ」
バレエ雑誌などでstinaを着用するダンサーたちを目にする機会が増え、大人から子どもまで「このかわいいレオタードはどこのもの?」と話題に。創業から半年後にE Cサイトを立ち上げたところ、1分で上限の400着が完売することが続いた。
「当時、工場とのやり取りも、お客様とのやり取りも、すべての業務をひとりでやっていたので、stinaのことを考えない時間はないほど、頭がいっぱいでしたね。でも、私は昔から、誰もやっていないことをやることが好きだったので、初めて尽くしのstinaに夢中でした」
ブランドが軌道に乗り始めたある日、久保田さんは妊娠に気づく。しかし、それが規模拡大の転機となった。
「不安でいっぱいになりましたが、stinaは私にとって最初の子どものような存在。自分がいなくても回るように、新しくスタッフに入ってもらいました。そして自分が広告塔になるのではなく、“ミューズ”となったダンサーに似合うコレクションを既製品として販売する『ディレクターズ・ライン』を始めました。セミオーダーでは受注できる数が限られますが、既製品であればもっと生産できます。それまで『即完売で買えない』とおっしゃっていたお客様にも購入していただけるようになり、販路拡大にも繋がりました」
妊娠・コロナ禍を経てもピンチをチャンスに変え続けた
久保田さんが産後、舞台に本格復帰しようとした矢先、新型コロナウイルスが猛威を振るった。そのときに「ついにstinaに専念すべきタイミングが来たのかなと思った」と言う。
「それまでは『現役のうちはダンサーであることが最優先』と決めていた部分があったんです。でも、そのこだわりを手放した瞬間にエンジンがかかって、コロナ禍の3年間で規模も業績も拡大しました。ほかのブランドはコロナ禍になって初めてEコマースに力を入れたり、SNSでの発信を始めたりしていましたが、いずれもすでに数年前から力を入れていたのは強みでしたね」
コロナ禍にstinaは10周年を迎え、ファン向けにイベントを連発。なかでも話題に上がったのが、東京の伊勢丹新宿店と大阪の阪急うめだ本店でのPOP UP(期間限定の出店)だった。
「バレエ専門のブランドが百貨店でPOP UPをするのも珍しいのに、そこに大勢のstinaファンの方が駆けつけたので、多くの方に『バレエのイベントってこんなに熱いお客様が来るの?』と驚かれました。実は百貨店でPOP UPを行った目的は、バレエをご存じない方々に『バレエファンってこんなに熱心な方が多いんですよ』と知ってもらうため。バレエを広める一助になればと思って企画したんです」
さらに、初のアパレルライン「STINA closet」も発表し、バレエウェア以外の既製服も生み出した。
「バレエを一歩退いたところから眺められるようになったとき、舞台を観てくださるお客様のためのお洋服が作りたいと思いました。日本ではお客様の数がまだまだ足りない現実があります。そんなとき、以前『劇場に何を着ていけばいいのか、分からない』と聞かれたことを思い出したんです。『劇場に着ていくお洋服』というコンセプトで既製服を作り、洋服という新しい角度からバレエを広める助けがしたいと思いました」
同じアパレルとはいえ、バレエウェアとはまったく違う世界に挑戦することは怖くなかったのだろうか?
「本当に、まったく違う世界でした(笑)。でも私はもともと、誰もやっていないことに挑戦するのが好きなんです。誰かがすでにやったことのあるものには正解があるから、それに挑戦するのは大変。でも、誰もやったことないことなら、どんな形になってもいいですよね。うまくいっても、失敗しても、正解はないから楽しいんです」
Profile:久保田小百合さん
くぼた・さゆり/株式会社stina代表取締役、stina/STINA closetディレクター。1983年、福岡県生まれ。高校卒業後、ロシア国立モスクワ舞踊アカデミー(ボリショイ・バレエ学校)に留学。帰国後、スターダンサーズ・バレエ団に入団し、数多くの作品にソリストとして出演。2012年、現役バレエダンサーとして株式会社stinaを設立。現在はブランドディレクターのかたわら、ダンサーの育成支援やチャリティーの立ち上げなど、さまざまな活動にも従事。一児の娘を育てるワーキングマザーでもある。
「stina」ホームページ https://stina.jp/
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