スープ作家・有賀薫さん/おもちゃ会社勤務やライター業を経て40代後半からSNSを使いこなし、料理の道へ

文●高尾真知子/竹林和奈 撮影●奥西淳二

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 人生100年時代といわれる昨今、自分らしい働き方や暮らし方を模索する女性たちが増えている。そんな女性たちに役立つ情報を発信するムック『brand new ME! ブランニューミー 40代・50代から選ぶ新しい生き方BOOK vol.1』(KADOKAWA刊)から抜粋してお届けするインタビューシリーズ。今回はスープ作家の有賀薫さんにお聞きしたライフシフト体験談をお届けする。

マイルールを尋ねると「できないことがたくさんあっても、自分ができること、得意なことを掘り下げると上手くいく」と答えてくださった有賀さん。

365日作ったスープの写真を投稿、展覧会を開くことに

 客人の多い家で育ち、手料理を振る舞う母親を手伝ったりしながら自然に料理を覚えたという有賀さん。子どもの頃の遊びはもっぱらもの作りで、着せ替えの紙人形を自作したり、紙を折ってタイトルをつけ、漫画も描き、自ら雑誌を作ってみたりと、何かと手を動かすのが好きだったという。学生時代は絵の勉強もし、大学卒業後はおもちゃ会社に就職した。

「おもちゃが作りたいと思って入ったけれど、基本的には商社なのでデザインや制作部分は外部に出すわけですね。私は自分で手を動かすことがやりたかったので、結婚後退職をしてすぐライターになりました。文章を書くのは楽しかったけれど、ライターの仕事って自分の思うクリエイティブとはちょっと違うなと……。何かを作る、生み出すことへの欲求がうまく消化できないという気持ちがずっとありました」

 当時はくすぶる気持ちもありながら、子育てや家事に追われつつ仕事も両立させるという点では、働いた分収入が得られるライター業を魅力的に感じていたそう。そんなある日、受験を控え体調を崩して起きられない息子を案じて朝食のスープを作ったことが、有賀さんのその後の人生の転換点となった。

「毎朝のスープ作りが自分の楽しみのようになっていきました。1年間365日作り続けてSNSへ投稿しているうちに写真が溜まったので、展覧会形式で披露する『スープ・カレンダー展』を開催しました。SNSで知り合った人から『スープ作家って名乗ったら?』と言われたのがきっかけで名刺を作り、『スープ作家でーす』って配ってたんですね。その時はまだ仕事にするつもりも全くなくて、ほんの遊びのつもりだったんですけど(笑)」

表現したい方向性に合わせてTwitterやnote、Instagramを使いこなしていった

 有賀さんがTwitterを使い始めたのは2009年頃で、日本語版がリリースして1年、多くの著名人がアカウントを開設し始めた黎明期で、まだ一般には浸透していなかった。

「最初は、自分の絵の展覧会を開きたいと思ってTwitterに絵を上げ始めたんですが、そのときにフォロワーがワーッと増えたんですよね。絵に関心がある人たちとつながって絵本の会ができたり、リアルに会って食べたり飲んだりする仲間ができて、実際に展覧会を開いたときにも来てくださいました。そんな中で、日々の料理写真も時々上げていたんです。2011年、スープを作り始めたときに、綺麗に出来たからちょっと撮って載せてみようって何となく投稿したら、それが毎日続いたので、だんだん周りから『なんでスープなの?』と言われるようになり、いつの間にか“毎日スープを作り続ける人”みたいになっていったんです」

 SNSが世に浸透していく波に乗って、スープ作家としての活動も広がりを見せていった。2014年のnoteのローンチとともに始めた記事は、美しい写真と読みやすい文章で、次々読み進めたくなる心地よさが人気だ。

「私自身ライターだったこともあり、スープ作家としてやりたいことのまず一つが“料理本を出す”ことでした。自分で一冊本を書くのは大変でも、レシピをまとめたものだったら簡単にできるかもしれないと思っていたんです。でも、現実はそう甘くない。無名の料理家の本を作らせてくれる出版社などありませんから。そこで、SNSを職業的に使おうと考えたのが2014年。Twitterを早くから始めていたメンバーって、SNSに対する感度が高めなんですよね。当時noteという新しいツールが始まるという情報が舞い込んですぐに参加。広告なしでシンプルなデザインのnoteは、私の表現したい方向性とも合致していたんです。ローンチ当日には記事をアップするなど力を入れていた初期メンバーとして、使い方セミナーで運営側と意見交換をしたり、おすすめ記事としてピックアップしてもらえたりするうちにnoteでフォロワーを増やせたことはすごく大きかったですね。また、世界観が大事なInstagramでは、自分の顔写真などは一切なくして、こだわって撮影したスープの画像だけを上げるなど戦略的にSNSを使いこなすようになりました。料理も撮影も一人で行っていますが、元々、絵を描くときに構図を決めるための写真撮影などをしていた経験が、自然と美しい写真を撮るトレーニングになっていたのかもしれません」

大きなアイランドキッチンを配したスタジオ兼仕事場で、窓から見える公園の緑と水辺を眺めながら、スープ作家の誕生秘話やその活動についてお話しいただいた。

自分の活動情報はちゃんとお知らせして“ループ”を作る

「私の仕事って、クライアントの抱えているものを一つ一つほどいていく。思考の整理をしながら一緒に肩の荷を下ろしていくことが大半だなと」

 SNSはそれぞれの特性を活かした使い方と連携に気を配っているという有賀さん。noteは自分の言葉で丁寧に伝えたい活動内容を発表する場として活用し、その投稿のお知らせはTwitterで拡散。フォロワーとの交流も大切にしている。

「スープを作った感想や質問を受け付けるのはコミュニケーションが活発なTwitterで。私はレシピを出すことが目的ではなくて、繰り返し作っていただいてそのご家庭の味になることを目標にしているので、そのプロセスにはなるべくお付き合いしたいんです」

 だが、SNSだけを主戦場にすることはしない。テレビや雑誌での活動も大事にしていくことで、相乗効果をもたらす一つの仕組みが出来上がった。

「さらなる広がりを求めるという点では、影響力の大きいテレビや雑誌のオファーはなるべく断らないと決めました。本当はちょっと面倒くさいと思ってしまうんですけど、私を知らない新しい方々に見つけてもらうことができますから。テレビ出演や本の発売をツイートすることで、固定ファンの定着やフォロワー増にもつながります。バンダイにいた頃の話ですが、おもちゃのCMを作ると、広報が“CM を作りました”というリリースを出すんです。最初はその意味も重要性も分からなかったのですが、リリースを出して関係者の方にきちんとお知らせすることでその商品の認知が定着していくんですよね。だから、スープ作家になったら自分の活動情報を周囲の方へちゃんとお知らせするというループを作ろうと決めていました。無名だった私がメディアに出演するようになると、フォロワーの皆さんも喜んで盛り上がってくださる、その感じもとても嬉しかったですね。Twitterはコミュニケーションと広報、Instagramは世界観、私に興味のある人が集まるnoteは一歩踏み込んだ情報を、リアルの友達とはFacebookで……というようにSNSごとに自分なりの使用目的を考えて発信したり、連携させたりしています」

スープや料理とともに、「食」をモチーフにした絵画も有賀さんの創作活動を知る上で欠かせないもの。個展を開いたり、著書の挿絵を手がけることも。

SNSは『今日もいるよ』と、挨拶ぐらいの気持ちで毎日投稿する

 これまでの経験から文章にもビジュアルセンスにもある程度自信はあるという有賀さんだが、すべて作業は一人で行っている。SNSを使いこなすまでの苦労や心配はなかったのかと訊ねると、こんな答えが返ってきた。

「習うより慣れろの気持ちの方が大きいと思っていて、使い始めると、どれも難しくないっていうかむしろ簡単。それよりも大事なのは、“量産する”ことだと思っているんです。例えばエッセイを書きたいとか、料理家になりたいとか、何かをやりたいと思っている人っていっぱいいますよね。すごく良いものを作っていても、1週間に1回とか、月に1回しか投稿しないのでは、SNSではすぐに流れてしまい人の目には留まらない。逆に、肩の力を抜いて、とにかく毎日投稿する。『今日もいるよ』と、挨拶ぐらいの気持ちでやるのが大事なんです。Twitterの誤字なんかもあまり気にしません。指摘されたらごめんなさいでOK。人の名前の間違いなどはさすがに訂正しますけど、それ以外のことに関してはもう気にしない。どうせ流れていってしまうのだから、完成度よりもとにかく毎日投稿することを心掛けています」

 経験を重ねてきたからこそ手に入れた有賀流SNSとの向き合い方。「SNSを発信の道具としてだけ考えるのはつまらない」とも語る。

「特にTwitterでは、今何が流行っているのかを見るようにしています。受信の道具としての機能が非常に高いので、自分の好きな人だけフォローするんじゃなくって、なんかちょっと面白そうだなと思ったら気軽にフォローします。全く違うジャンルの中に自分と関係するような情報が混ざっていて、それが新しいアイデアにつながっていくというようなミラクルがときどき生まれる。フォローの数が少ないうちは全てを読もうとしてしまいがちですが、増えると追いきれないので自分がアクセスした時間の前後のみチェックすればいいやと割り切れるようになります。あまり生真面目にやりすぎると、発信するのもどうしようって考え続けた挙句、下書きだらけで結局何も出さないというようなことになる。SNSに関しては無理しません。だって別にお金がもらえるわけじゃないし、私は料理家だから料理に関しては責任を持ちますけど、それ以外はもう本当に気楽にやってます。それが長く続けていける秘訣かも」

レッスンや本の構成を考える時は、かならずノート代わりのスケッチブックにメモ。イラストを交えて書き起こしていくと視覚的にも思考が整理されるのだそう。

自分ができることで社会の課題に挑戦

 この先の10年、どんな生き方をしたいかと訊ねると、「自由にいろんな創作活動がやりたい!」と元気な声が返ってきた。

「これからの世の中にすごく関心があるんです。みんなが抱えている社会の課題にどう答えるかってことを、分からないなりに考えています。自分ができることは限られていますが、忙しい人たちが栄養のある豊かな料理を作りたいとなったとき、スープという料理は課題解決の一つの方法だと思うんです。それを器やキッチン、生活周りのことなどへもう少し広げていけたらと思っています。誰もが忙しい世の中で料理の手数が増やせない、あるいは家計の負担増などこれからは経済的な問題も含まれてくると思います。その中でどうやって美味しく食べるか、楽しく食べるか、あるいは人とコミュニケーションをとりながら食べるってどういうことか……そういった問題に答えられるようになるといいかな」

 有賀さんの料理家としての発信は、レシピから生活、社会へとその範囲がどんどん広がっている。現代人が直面する問題に、食を通して寄り添いながらチャレンジを止めない有賀さんの生き方はこれからも発展し続ける。

有賀さんは、これからの時代の家事について提唱、発信を積極的に行っている。一人息子が独立し、夫婦だけの生活になったことでコンパクトで使いやすいキッチンにリフォーム。作る、食べる、片付けるを1 カ所にまとめたシンプルで新しい形のごはん装置「ミングル」を考案した。

Profile:有賀薫

ありが・かおる/1964年、東京都生まれ。大学卒業後、バンダイ(現バンダイナムコ)に就職。 1991年に退職。そのまま主婦業の傍らライターへ転身する。2011年、受験を控えた息子のために毎朝スープを作り始める。SNSへの投稿で1年間撮り溜めた写真をもとに開催した「スープ・カレンダー展」が好評を呼び、スープを仕事にするため「スープ・ラボ」を主宰。2016 年、初の著書『365日のめざましスープ』(SBクリエイティブ)を刊行。2019年、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)が第5回レシピ本大賞入賞。近著に、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)などがある。

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