まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第86回
【第2回】アニメ『PLUTO』丸山正雄プロデューサー(スタジオM2)インタビュー
「『PLUTO』は手塚さんへの最後のご奉公」――彼の“クレイジーさ”が日本アニメを作った
2023年04月30日 15時00分更新
「世界配信」でもスタンスは変えていない
―― テレビや劇場と異なり、世界中で一斉に視聴してもらうことにもなります。演出の仕方が変わったという面はありませんか?
丸山 そこは全然変わりません。ぼくは昔から、アメリカでヒットしたタイトル、たとえば川尻さん(川尻善昭氏『妖獣都市』『バンパイアハンターD』など)の作品でも、意識したことは一度もないですね。また、今君(今敏氏『PERFECT BLUE』『パプリカ』など)のように、日本ではあまり受けないけれども、なぜか海外で高く評価されていたり。
言葉では表現できない部分を映像で語りかける、伝えられる――これはアニメーションの良さでしょう。もちろん言葉も大事ですが、それがすべてではありません。だから「世界に向けて」ということは特に意識していません。問題は、なぜか日本で受けないことがあることくらいかなあ(笑)
―― プロデューサーとしては儲けを出さないと、だけれども……。
丸山 モノを作る以上、それは不可欠だけれど、ぼくはそれができないんです。真木さんがいればなんとかできるけれど。ぼくの場合は商売をあんまり考えていないところがあるから。全部受ける、当たると思ってやってるからね。
他人が見たら当たらないと思うけれど、ぼくらがやれば当たるという覚悟でやっています。それでもダメなこともあります。ならどうするか。いまはダメでも5年後、10年後に残るものをやろう、1回観ておしまいではなく、もう一度観たい、と思うものを作ろう、と。
それも志半ばにしてダメなこともいっぱいあります。ならばせめて監督やアニメーターの代表作に……とね。そうでなかったら、やる意味はないんです。
手塚治虫のDNAがぼくの中に悪い形で残っているのかもしれません。あの人は仕事はなんでも引き受けました。断らないんだな。『こんなに仕事が溜まっているのに、また取るの!?』というくらい引き受けちゃう。「このつまらない企画もぼくがやればなんとかなる」と。
手塚治虫のDNAがぼくの中に生きている
丸山 思えば、虫プロそのものが、日本のアニメ人口がほぼゼロという時代に作ったスタジオです。
人(アニメーター)もいない、アニメを知っている人なんて東映動画(現・東映アニメーション)くらいにしかいないから、そこから引っこ抜いて、わずか数名のところから始めています。どう考えても無茶でした。しかし、ほかの人では絶対できなかったことを彼はやってのけたんです。
ぼくは手塚治虫のクレイジーさが大好きで、あれが日本のアニメーションを作ったんじゃないかと思っています。特にテレビアニメはね。「テレビシリーズで面白いものをやりましょう。1枚の絵を引っ張れば空を飛んでいるように見える」と。
そうして「日本のアニメはチープだしバイオレンスだけれど面白い」という世界的評価を作りあげました。あれは彼のクレイジーさ、向こう見ずさが生んだものなんです。
―― 津堅信之先生の『アニメ作家としての手塚治虫』でも様々な証言がありましたね。
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丸山 ぼくもアニメーションの「ア」の字も知りませんでした。まだアニメなんて言葉はなくて、動画映画とかなんて呼んでいました。
そんな時代に、誰でも良いからスタジオに常駐する人が欲しいという手塚さんの意向を受けて、「現代子どもセンター」でアルバイトをしていたぼくが、「丸、暇なんだからあそこ行って手伝って来い」と言われたのがはじまりです。
―― まだ制作進行という言葉もない時代ですよね。
丸山 もちろんありません。言われたことをなんでもやるんです。行った日から1週間徹夜して、そのまま居着いちゃいました。絵は描けないけれど、絵の具の瓶を洗うくらいならできますよって(笑)
―― 手塚眞さんをおぶっていた、というエピソードは印象的でした。
丸山 虫プロは手塚さんの実家の中庭と軒続きだったんです。その中庭でスタッフのお誕生会もやりました。手塚さんのお母さんが「はい、アメちゃん」と紙包みを渡してくれて。金一封が出たこともありましたね。
虫プロってそういう会社だったんです。だから当然、眞さんがぐずれば、僕があやして、みたいなこともやっていました。スタッフ含めて家族のようでした。そんななかで、手塚さんは無茶振りもするわけです。
でも、自分がやりたいことのためなら人が多少どうなっても……と言いながら、じつは結構気にしていて(笑) たとえば、ぼくらが「もうやってらんねえや」なんてブーブー言ってると夜中に顔を出して、「丸さん、お腹空いてる? 焼肉食いに行きましょう」なんて言う人なんです。そういうところで育っちゃったから、なんとなくそんなDNAがぼくの中に生きているような気がします。
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