大阪公立大学教員、学生ら10名による社会実装を目指すアイデアピッチ
教員/研究者、学生/卒業生によるピッチイベント「第1回 イノベーションアカデミー」レポート
2022年4月に誕生した大阪公立大学は産学官民共創による社会課題の解決を目指した「イノベーションアカデミー」構想を打ち出し、国内外の「知の拠点」として名乗りを上げた。スマートシティや脱炭素などの世界中で激烈な研究開発競争が繰り広げられているテーマに対して、リビングラボモデルでのチャレンジを行なっている。
ドイツ人工知能センターの日本ラボを学内に設置するなど海外組織との連携も進める一方で、大阪府、大阪市をはじめ、キャンパスのある堺市など、自治体ともイノベーション創出のための取り組みを強化しつつある。今回の「イノベーションアカデミーワークショップ」は、フルラインナップの学問領域を備える総合大学としての使命を果たすために、この動きをさらに加速させる起爆剤として企画された。
「経済の街」大阪に誕生した新しいアカデミアの拠点が発信するイノベーションのうねりをレポートする。
イノベーションアカデミー構想が新しい社会を創造するエコシステムを生み出す
「イノベーションアカデミーワークショップ」の開催に先立ち、大阪公立大学 副学長(産学官協創・知財) 教授の藤村紀文氏(以下、藤村氏)から、開会挨拶と本ワークショップの趣旨説明が行なわれた。
2025年に「大阪・関西万博」を控え、大阪の経済界が動いているのは周知のことだが、アカデミアの分野でも大きな変化のうねりが起こってきている。大阪府立大学と大阪市立大学が統合し、2022年4月に大阪公立大学が開学した。学生数は約1万6000人を数え、公立大学として日本最大の規模を誇る総合大学に生まれ変わった。
この大阪公立大学が目指すのは高度研究型大学として地域の発展と世界レベルの課題解決に貢献する「知の拠点」となることである。そのために「イノベーションアカデミー」構想を核として社会課題へのソリューションを産学官民の共創によって生み出そうとしている。
「イノベーションアカデミーのロゴは金色のもやもやとした網の中にイノベーションアカデミーの頭文字である「ia」を入れたものとなっている。これはいろんな人のもやもやとしたものをここに集めて、それをひとつずつほぐしていく作業をみんなでやりましょうということを示している。会社の人たち、自治体の人たち、大学の人たち、NPO団体の人たち、みんなが集まってリビングラボを作ってイノベーションの実証実験を行ない、それを社会実装してあるべき社会を創造していこう、というものです」(藤村氏)
リビングラボとは、研究者、学生、一般市民、企業、行政など多様な人々が集う日常生活の場で、参加者から広く知見を集めて社会課題を解決するイノベーションを生み出そうとする仕組みを指す。大阪公立大学ではそれぞれが特色を持つ複数のキャンパスにこのリビングラボを設置し、独創的なプロジェクトを推進している。
例えば、堺市にある中百舌鳥キャンパスには工学から環境、農学、バイオ系の学部が集結している。ここに約3000平米のハブ施設をオープンし、ロボットの自動運行に関する実証実験を行なおうとしている。自動ロボットについては、すでにさまざまなところで社会実装が進んでいるが、実際のビジネスの場や生活の場ではトラブルを避けるために誰もが利用でき、いつでもアップデートできる、などの本当にチャレンジングなことが制限される。大学キャンパスとして実験の場を設けることにより、学生たちがスマートビルディングのためのアプリ開発を行なうなど、さまざまな試みが行なわれることになっている。
また、それらプロジェクトの軸のひとつにAIがある。大阪公立大学という巨大な知の集積地が誕生したことは国内外からも注目されており、その結果ドイツの人工知能センターが学内にジャパン・ラボを設立した。ドイツ国外で初めてのラボであり、例えばAIを使って医学系の情報を解析し、患者の行動変容につなげるためにどのようにすればいいか研究するといった取り組みを共同で行なっている。
この構想には企業や行政の力も欠かすことができない。
「博士課程の学生の根底には先生方の技術シーズがある。これまでにも先生方のアカデミアの知識と学生のアイデアを組み合わせて形(プロトタイプ)にしていく活動を行なってきた。そこには多くの企業から機材や部品、あるいはその使い方やソフトウェアの組み方などをご支援いただいてきた。(イノベーションアカデミー構想は)そういう仲間がいて初めてうまくいくものと考えている」(藤村氏)
大阪公立大学中百舌鳥キャンパスのある堺市には、NAKAMOZUイノベーションコア創出コンソーシアムという産学官連携プラットフォームがある。その座長には藤村氏が就任しており、行政と民間との強力な連携をすすめる体制が整っている。特に堺市は2025年に策定した堺市基本計画の中で、挑戦し続けるイノベーティブな都市づくりを宣言しており、イノベーションアカデミー構想との相性が良い。堺市が運営するインキュベーション施設「さかい新事業創造センター(S-Cube)」などもあり、大学発新産業創出への期待が高まってきている。
今回の「イノベーションアカデミーワークショップ」は、これらの活動を広く世に問う機会でもあるが、もうひとつ重要な意味を持っている。リビングラボのように多くの人が集い、知恵を出し合う活動を加速するものは人どうしの繋がりであり、特にまだ世に出ていない学生にとっては、何をすれば良いのかどうすればよいのかを教えてくれる人脈の形成が非常に大事であると同時に困難なものとなる。
「新しい価値を生む取り組みを行なっている人たちがここに集まり、先生方や学生に『あなた方の現在位置はここですよ』ということを教えてあげてほしい。起業するにはどうしたらいいのか、どうやって資金を集めればいいのかわからない人が大勢います。そういう人たちに次のステージを見せてあげることが今回のイベントの目的です。
学生も先生方も自分の研究がありますから、その研究から生まれたシーズを生かしてほしいと思ったときに、それを欲しがっている人につないであげる。今回はまず第1回ですが、多くの分野の方に興味を持っていただいてお集まりいただいています。次回はさらに大きな形に拡がっていければと願っています」(藤村氏)
社名に込めた思い:新しい価値の創造がすべてを変える
~株式会社スマートバリュー渋谷社長による基調講演~
続いて、株式会社スマートバリュー 取締役兼代表執行役社長である渋谷順氏から、「事業承継とアントレプレナーシップ」と題した基調講演が行なわれた。スマートバリューは堺市にあった自動車バッテリーの製造販売および電装品の販売会社から始まり、モバイルやインターネット事業へと転換して上場へと大きな成長を遂げた。父親からの事業承継を受けて経営に携わることになったが、厳しい経済環境下でいかにして生き延び、会社を成長軌道に乗せていったか、その発想の原点が語られた。
渋谷氏が父親から事業承継を受けた当時には5億円を超える長期借入金があり、債務超過も数千万円に達しており、毎期の事業も赤字であるという事業継続に疑義が生じる状態であった。金融機関も貸し付けた資金の返済を迫ってくる中、取引先との力関係から理不尽な商習慣を受け入れざるを得ない事態もあった。
なぜそのような状況に甘んじなくてはならないのかを考えた結果、渋谷氏は自分たちに価値がないからだと結論付けた。そしてそれを解決するために、理不尽なサプライチェーンの末端にいるのではなく、独立したエコシステムの中核にいなくてはならないと考えた。「スマートバリュー」という社名は渋谷氏のそういう思いを込めたものとなっている。
「垂直統合で、中央集権で、権威的で、クローズドで、排他的な産業のサプライチェーンの末端の末端で苦しみ続け、本当に嫌だと思っていた。小学生のころまでに習った常識とか道徳的なものが完全に無視されているような構造はなんだと思っていた。それがインターネットワーキングに接してから、180度変わると思った。だからIT系の事業に走った。
垂直統合ではなくてフラットだ、しかもコミュニティーが重視されて、中央集権ではなくて自律分散モデルになり、権威が物事を決めるのではなくて共感が物事を決める。クローズドではなくてオープンでシェアになり、排他的ではなくて多様性が重視され、以前はモノとか金とか権利・権力が優先されていたが、今はコトや感動、共感、人間らしさが重視されるようになった。今はそういう社会に大きく変化しようとしている真っただ中にある」(渋谷氏)
スマートバリューの事業はすべて上図右側にあるインターネットの基本思想に沿ったものとなっている。デジタルガバメント事業は行政をオープンでフラットな構造に変革するとともに、市民が多様な生活を送るための支援サービスを低コストで実現するものとなっている。スマートベニューは人々が集う場(アリーナなど)を中心にワクワク感のある参加型体験を提供する事業で、新たなコミュニティーを創出するとともに地域活性化の起爆剤となることを狙っている。
モビリティサービスはクルマのコネクティッド化やサービス化を実現するもので、それらを通じて低炭素社会や交通事故のない社会の実現に貢献したいとしている。
2028年に創業100周年を迎えるスマートバリューは、さらにその先の社会を描くビジョン「Moonshot Vision 2028」を策定した。そこでは新たに立ち上げているヘルスケア領域の事業と併せてモビリティや行政などとのデータ連携を進めることにより、あるべき社会システムとしてのスマートシティを実現することを目指している。そして例えば誰もが公的情報にアクセスできて主体的に地域活性に取り組めるインフラや、脱炭素を含めた健康的で持続可能なコミュニティーづくりをサポートするシステムなどを担っていくことのできる会社になりたいとしている。
これまでのスマートバリューの事業運営を振り返れば、家業の衰退や父親からの突然の事業承継等、様々な課題がスマートバリューによるイノベーション創出のための機会と原動力となってきた。一方で、社会的にはこの30年で日本の国力が相対的に低下するとともに産業構造が変化し、さらに人口も減ってしまって労働力不足が深刻になってきた。天災や伝染病など突発的な出来事も人々の価値観に大きなインパクトを与えている。これらはいずれもイノベーションを生み出すチャンスと捉えることができる。
「この30年の自分の人生、反省はいっぱいあるが、悲観もないし自信を持ってもいる。人生100年時代といわれるようになる一方で、やれることはまだまだたくさんある。立場はかなり変わってきているのでやり方は変化していると思うが、やれることはこの社会のため、次の世代の人のためにやっていかなくてはいけないと思っている。
今こそイノベーションの機会であり、イノベーションを起こさないことの方がリスクになってきている。イノベーションアカデミーには研究者の方々が多いと思うが、私たちよりもっとイノベーションの機会がたくさんあり、可能性を秘めていると思っている」(渋谷氏)