日本マイクロソフトが2023年1月26日と27日、オンラインで開催した「Microsoft Base Festa 2023」。そのなかで、日本マイクロソフト Azureビジネス本部の上田欣典氏が「メタバースを実現するマイクロソフトのテクノロジー」と題した講演を行い、主にコマーシャル(職場)向けやインダストリアル(産業)向けのメタバースに対する同社の取り組みを紹介した。
「メタバースは“次世代のコンピューティングプラットフォーム”になる」
これまでのIT産業の歴史のなかで、コンピューティングプラットフォームはパーソナルコンピューティングからWeb、モバイル/クラウドへと進化してきた。マイクロソフトでは、メタバースはそれに続く“次世代のコンピューティングプラットフォーム”になると考えているという。上田氏はまず、メタバースを次のように定義する。
「メタバースは現実世界の人や場所、モノといった要素を、デジタルツインなどのプロセスを通じて、永続的にデジタルで表現する一連のテクノロジーによって実現されるもの。あらゆるデバイスからアクセスでき、一人ひとりが仮想的な存在となってコラボレーションできる空間になる。ここ数年で、ハイブリッドワークやXRの活用、NFTといった技術が広がり、それがメタバースを支えることになる」(上田氏)
メタバースという言葉は、一般にはデジタルで作られた仮想空間にアバターとして参加し、コミュニケーションを行うといったシーンを指して使われることが多い。だが、マイクロソフトではそれだけにとどまらず、「HoloLens」のようなデバイスを使って現実空間にバーチャルの映像を映し出したり、PCやHoloLensなどを利用して現実空間にリモートから没入感を持つかたちで参加したり、さらには現実空間にアバターとして参加したり――といったこともメタバースに含めている。
ここでは、マイクロソフト独自のMR(Mixed Reality)デバイスであるHoloLensが重要な役割を果たすという。
「HoloLensは、物理世界とデジタル世界を融合するMRを実現するデバイス。現実世界のなかに、あたかもそこに存在するかのようにデジタル情報を3Dで表示できるため、利用者は物理世界に存在しながら、物理/デジタルの両方のオブジェクトとやり取りができる」(上田氏)
日本では、2019年11月からHoloLensの提供を開始している。すでにさまざまな業界で活用されており、成果も上がっているという。たとえばサントリーでは、HoloLensを新入社員のトレーニングに利用して70%の時間短縮を実現した。トヨタ自動車では、自動車の修理業務に採用して人件費を75%削減。ロッキードマーティンでは、宇宙船の建造に採用しており、2年以上に渡って作業ミスが発生していないという。そのほか、組立製造や加工製造、医療機関、AEC(建築、土木、建設)、高等教育機関、小売業などで、HoloLensの導入による成果が上がっているという。
HoloLens以外のデバイス、クラウドサービス、アプリケーションにおいても、マイクロソフトではMRの取り組みを進め、ポートフォリオを拡充している。
「遠隔支援ソリューションである『Microsoft Dynamics 365 Remote Assist』や、3Dの作業ガイド/セルフトレーニングを実現する『Dynamics 365 Guides』といったサービスの利用が拡大している。2022年11月からは『Microsoft Teams』でもHoloLensが利用できるようになった。物理的に離れた人どうしが、メタバースの共有空間で自然なコラボレーションを行える『Microsoft Mesh』も利用が増加。加えて、MRパートナーによる業界向けのソリューションも増加している」(上田氏)
産業向け、企業オフィス向けそれぞれのメタバース最新事例を披露
マイクロソフトでは、メタバースの世界を「コンシューマメタバース」「コマーシャルメタバース」「インダストリアルメタバース」の3つに分類している。
コンシューマメタバースは、ソーシャルメディアやゲームなど、個人ユーザーを対象に、没入感があるエンターテイメントでの用途が中心になる領域だ。多くの人が最も身近に感じるメタバースの世界と言えるだろう。
コマーシャルメタバースは、職場環境における次世代のコミュニケーションやコラボレーションと位置づけている。離れた場所にいても、社内のあらゆる人たちが結びつくことができる新たなデジタル環境だ。
そしてインダストリアルメタバースは、産業界におけるメタバースを指す。IoTセンサーなどのテクノロジーを組み合わせ、物理的な世界とデジタルの世界をつなぐ。収集したデータを活用して、製造や物流のプロセス、サプライチェーンをモデル化し、それをもとにシミュレーションを実施。また、現場のロボットを遠隔地からコントロールするといった用途も含まれる。
マイクロソフトが現在最も力を入れているのが、インダストリアルメタバースの領域である。その事例として上田氏が挙げたのが、川崎重工での取り組みだ。同社では製造現場において「Microsoft Azure」やHoloLensを活用し、メタバース上での共同作業や監視、デジタルツインによる遠隔地からのロボット操作を実現する取り組みを行っている。これは世界的に見ても先進的な取り組みだと、上田氏は説明する。
「製造現場におけるダウンタイムの短縮が可能。将来的には、Microsoft Meshを利用してデジタルツインを構築し、AIと組み合わせて組立プロセスをシミレーションするといった活用も想定している」(上田氏)
北海道電力では、発電所内の巡視点検業務をMRで支援している。発電所は敷地が広大であり、安全稼働のための点検巡視業務には時間がかかる。一方で、多岐にわたる設備の異常を早期発見するためには、巡視員に経験やノウハウも求められる。HoloLens一体型のヘルメットを導入し、MRで可視化を行い、点検内容を標準化したうえで、約2kmに渡る巡視点検ルートの空間情報をクラウドに保存して活用しているという。
順天堂大学病院では、双方向型3次元オンライン診療システムにHoloLensと3Dセンサーである「Azure Kinect」を採用し、パーキンソン病患者の診療を3D情報を用いてオンラインで実施。遠隔地に住む患者の全身をスキャンした情報をもとに、順天堂大学病院の専門医がリアルタイムに診察するという。
コマーシャルメタバースについては、Microsoft Meshのテクノロジーを活用した「Mesh for Microsoft Teams」を紹介した。これはTeams上でアバターによるコミュニケーションが可能になるサービスで、将来的には3D化された没入型空間でのコミュニケーションが可能になるという。現段階ではTeams会議にアバターで参加することができ、2022年秋にはアバターの製作機能もプライベートプレビューとして公開された。
Mesh for Microsoft Teamsの実証実験として、2023年1月の「世界経済フォーラム2023」では、アクセンチュアと共同で「グローバル・コラボレーション・ビレッジ」を開設。メタバースの仮想空間のなかで、政府関係者や企業関係者が議論を交わした。「物理空間を置きかえるものではなく、移動に制限がある場合などに、物理的な会合を補完するものとして提供した」(上田氏)。
「マイクロソフトでは、川崎重工の事例のようにMRとデジタルツインを活用した産業分野でのメタバースの利用に取り組んでいる。近い将来には、世界経済フォーラムのようなコラボレーションやコミュニケーションにおけるメタバースの構築も進めることになる。さらにその先の将来においては、メタバースが新たなコンピューティングプラットフォームとして、さまざまな領域でデジタルと現実世界をシームレスにつなぎ、活用されることになるだろう」(上田氏)