「グランツーリスモ」・山内一典氏が求める 「車とデータ」のイノベーション
山内一典(「グランツーリスモ」シリーズ クリエイター)
「グランツーリスモ」は「自動車文化のデジタルツイン」
――こうした「データ化」の苦しみは、Project PLATEAUとも共通する部分がある。取材に伺った時、すでに山内氏は相当にPLATEAUのデータを自分で触り、いろいろと試していた。そこからはまた、ゲームを介してデータ化に携わってきた人ならではの言葉を聞くこともできた。
山内:PLATEAUのような試みで、景観などのランドスケープデザインまで手がけていくのは非常に興味深いです。
個人的には、現実世界を再現したデータは、いつかの段階で作られるのだろう、とは思っているのです。だとすると、そうしたものができたときにどう我々が対応していくのか。
PLATEAUを見て思ったのが、我々が取り組んでいるものとは「視座が違うな」ということです。PLATEAUは俯瞰的ですが、僕らは「一人称視点」。そのため、必要なデータの精度や範囲は違うわけですが、それがどこかできちんとつながってきたらいいな、とは思います。
地面の上にあるレースカーから降りてみると、デジタルツインの中にある世界にはまた、車を走らせている時とは別のディテールが見えてくる。そんな体験が実現する時代も来ると思うのです。
――「グランツーリスモ」には多くの自動車メーカーが協力し、過去の名車や最新のもの、さらにはコンセプトカーまで、非常に多数の自動車が収録されている。
それができているのは、「グランツーリスモ」がヒットゲームであるからだけではない。山内氏をはじめとする開発スタッフが本当に自動車を愛しており、「自動車文化」について深い知見と敬意を持っているからだ。だから、自動車メーカーも、単純なビジネスの枠を超えて開発に協力している。自動車を作るときのCADデータがそのまま提供されることもあるという。
一方で、その文化にも危機が迫っている。若年層の「車離れ」、高価なスポーツカーを「自分たちのものではない」と感じる若者も増えている。そんな状況を、山内氏はどう思いながら作っているのだろうか?
山内:初代『グランツーリスモ』が発売された25年前、中学校で男の子に「車が好き?」と質問すれば、半分くらいが手を挙げたと思います。
でも、今は学年で一人くらいしかいない。そのくらい間違いなく、自動車文化は衰退しているのです。
――自動車という長い歴史を持つ産業の形が変わり、大きなバリューを持っていたはずの車を見かけることも少なくなる可能性がある。
しかし、「グランツーリスモ」、特に最新作の中には、自動車の歴史と魅力が、「現在再現できるであろう最高のクオリティ」で詰まっている。
遠くない将来、内燃機関で動く自動車に乗ったことがない人が出てくるかもしれない。スポーツカーが街中を走る姿を、動画や写真でしか見たことがない人が出てくるかもしれない。
だが、リアルなコースとリアルな自動車をデジタルデータの形で残し、挙動も現実と同様に再現できれば、そのデータの中では「名車が走る世界」が残る。プロのドライバーと走りで競えるAI「GT Sophy」を作れたのは、本物に近い走りを再現できたからに他ならない。もちろん、人が仮想世界の中で走らせても、現実に近い感覚を体験できる。
「世界の森羅万象を量子化し、計算可能な存在にする」
これが、25年前にポリフォニー・デジタルを設立する際のテーゼだった。「それは今も変わっていません」と山内氏は言う。その片鱗こそが、徹底的に自動車とそれが関わる世界を「計算可能なもの」、すなわちゲームとして作っている原動力だ。結果として「グランツーリスモ」は、自動車文化のデジタルツインとしての役割も果たしているのだ。
彼らは今日も、ゲーム機の性能を超えた遥かに高い精度で、自動車とサーキットを「デジタル化」し続けている。
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