大企業とスタートアップの協業における知財と契約のポイント
CEATEC 2022セッション「大企業とスタートアップとの共創・協業の在り方 by IP BASE」
大企業とスタートアップの協業のメリット
武井氏 大企業とスタートアップが協業するメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
安部氏 まず、スタートアップさんと組ませていただく最大のメリットは、彼らの持っている優れた技術のほか、我々の社内にないものをお持ちの方々がたくさんいらっしゃるところにあります。その方々と組むことによって大企業側に今までにない変化が生まれ、今までにない開発を進めていけます。他方で、スタートアップ側のメリットとしては、大企業の持つ営業部隊やサプライチェーンなどを活用できることがあるのではないでしょうか。
小島氏 大企業は既存のビジネスで培われたノウハウやアセットが強みですが、世の中の大きな変化から自分たちだけでは対応しきれない社会課題が出てきており、それに対する新しい解決策についてはスタートアップに強みがあります。お互いの強みを掛け合わせることで、新しいビジネスが大きくスケールアップするチャンスが生まれるのが協業のメリットです。また、スタートアップはリソースとして足りないものがたくさんあるので、大企業から支援を受けることでビジネスがより早く進められると期待できるのではないでしょうか。
山本氏 スタートアップはニッチマーケットからスタートされるケースが多く、ニーズを深堀りした解決策やノウハウを持っていらっしゃいます。大手企業のメリットは、それらをアライアンスを通じて利用するところにあります。スタートアップ側のメリットは、大手企業のリソースを活用できるだけでなく、大手との取り組みを通じて新たな気付きを得ることで横展開できる可能性が広がるところにあります。
協業のメリットを最大化するための大企業とスタートアップの関係性
武井氏 こうした協業のメリットを最大化させるために、両者のあるべき関係性はどういったものでしょうか。
安部氏 お互いの強みを活かしていくことが重要です。スタートアップから提供されるものに対し、大企業側の持つ地盤などをうまく使い、WIN-WINの形に持っていくことになります。最終的に、ビジネスで勝てるところまでを作り込めればいいと考えています。
小島氏 大きな企業であると、歴史が長い、既存ビジネスの論理があります。しかし、スタートアップにはその論理が理解できないことがあるため、お互いのビジョンを共有することがとても大事になります。ビジョンが共感できれば、同じ方向を向いて取り組むための大きな力になります。やっていくうちに必ず困難な場面にぶつかるので、そのときに人と人との信頼関係が築けていれば乗り越えられると思います。
山本氏 うまくいっている協業では、お互いに腹を割って話せています。どのように条件設定すればお互いに利益があり、致命傷が回避できるかをさらけ出しながら話して詰めていく例では、うまくいっています。他方で相手を出し抜いてやろう、という考えが透けて見えている例では、不信感につながります。お互いにとって何が大事なのかを共有したうえで議論をすることが大事です。
スタートアップに好まれる大企業になるためのポイント
武井氏 大企業がスタートアップと良い関係を結ぶために気を付けるべき具体的なポイントを教えてください。
安部氏 人と人との関係と同じく、お互い一企業同士として、対等な立場で良い関係を作っていくことが大事です。前例主義ではなく、ゼロベースで物事を考えて、どうすればビジネスがうまくいくのか、知恵を出し合いながらやっていけると良いですね。組み方としては、大企業のリソースを利用する場合などは話が難しくなる部分も確かにありますので、しっかりと説明して理解を深めていくと良いと思います。
小島氏 スタートアップはリスクへの抵抗が小さいけれど、大きな企業はリスクを最小限に抑えようという意識が高いです。その文化の違いやスピード感の違いが理解できていないと、お互いに不信感が生まれます。大手企業側は効率性を求めて管理をするスタンスに立ちがちですが、管理ではなく、前例がないことに対して想像を膨らませながら、前に進むためのマネジメントをしていくことが重要です。相手をリスペクトしてよく話し合い、前に進めるための仮説を作り、うまくいかなければ軌道修正することを繰り返すのを習慣とすることが大事だと思います。
武井氏 安部さんは前例主義はあまり良くないというご意見でしたが、小島さんはどのようにお考えですか。
小島氏 前例主義は、判断するのが楽で良いケースもあります。ただし、新しいことをやるには前例がないので、常に考えなくてはいけません。みんなが先のことを考えることで、企業や組織が強靭になると思っています。何か困難が起きたときに乗り越えるためのノウハウが溜まっていくと考えると良いでしょう。
武井氏 大企業とスタートアップが協業していくなかで、知財の契約が発生することがあります。その際、従前の大企業と下請け企業との関係をベースとして契約が進められることも多々あるようです。その点についてはいかがでしょうか。
小島氏 大企業は守りの方向にいく傾向が強く、守るための戦略に長けています。一方で、スタートアップは経験が浅く、単独で知財を出しがちなので、面による守り方など、知財戦略について協力し合うと良いと思います。ただ、大企業は守りに入ってしまうと範囲の狭い契約になりやすいので、少しでも範囲が広く、前に進むような契約の形になるようにするための試行錯誤は必要でしょう。
山本氏 日本のスタートアップ業界は村社会的な要素が強いので、何かスタートアップに対して不利益な対応をしてしまうと、すぐにコミュニティー全体に広がり、企業の評判を落としてしまいます。良質なスタートアップとオープンイノベーションをやっていきたいのであれば、相手にとって致命的な部分にいたずらに攻め込まないように、上下関係ではなく、パートナーであることが伝わるような条件提示をするように気を付けると良いと思います。また、契約交渉の場面では、従来の下請け企業向けの契約書を基に進めてしまうと、適切な契約条件に着地するまでに大手企業側が大幅に譲歩したような形に見えてしまい、企業の法務部・知財部門の役割を踏まえると、うまくいかないことが多いです。こうした事態を避けるためにも、ゼロベースで議論するか、あるいはオープンイノベーションに向けたひな形を用意してそこからスタートしたほうが良い結果となると思います。
武井氏 特許庁で作成したモデル契約書は、旧来型の下請け企業に対するような関係性を見直して、事業自体の価値を最大化されるような契約のあり方、という視点で作られてものです。ぜひ積極的に活用していただければありがたいです。
小島氏 私もオープンイノベーションを始めたとき、既存の契約書をそのまま使うことができず、知財・法務と新しい契約書を作るために非常にエネルギーを使いました。最初の第一歩を踏み出すことが難しいのであれば、モデル契約書は出発点として素晴らしいきっかけになると思います。
安部氏 モデル契約書は、多くの観点からゼロベースで契約書を作っていくなかで、何をどう考えていけばいいのかがよくまとまっており、非常に勉強になりました。モデル契約書に書かれている論点をよく理解したうえで、事業ケースによる違いを合わせ込んで独自の契約書を作っていくといいのでは、と思います。大企業では教材として一度読んでみてはいかがでしょうか。