援軍は来ない。IT人材は自力で育成する時代
青野:では、どうやって企業全体の人材を変えていけばいいのでしょうか。
喜多羅:どの企業も「いい人材が採れない」と口を揃えます。しかし、よく考えてみると、いい人が簡単に採用できないことは、昔から変わりません。
「援軍は来ない」と考えて、企業の内部の人材をフル活用した「総力戦」に。外注するために要件を固めて外部に伝える時間があったら、手元で自分たちの手を動かして、自分たちの武器を作って戦ってみる。それで不足しているところがあれば補うという組織が、これから強くなっていくと思います。
成功している多くのチームは、新しいプロジェクトでは組織の壁を越え、相手の現場に乗り込んでいきます。それは外資系企業でも変わりません。
青野:「人材は採れると思うな」は厳しい意見ですが、考え方を変えれば、社内の人をデジタル人材に変えるチャンスだということですね。技術面では、クラウドなどの進化で誰でも開発者になれる可能性が出てきています。総力戦にしやすい基盤は整ってきたといえるのではないでしょうか。
喜多羅:そうです。昔はインターネットを引き込むだけでも専門知識が必要でした。しかし今は、その日からスマホで使うことができます。イノベーションがテクノロジーをユーザーフレンドリーにしていっているなかで、それを使わないのはもったいないと思います。
内製化で変わる企業とITパートナーの関係
青野:いわゆる内製化の流れだと思いますが、外部のITパートナーとの関係はどう変わるのでしょうか。
喜多羅:昔は「ベンダー」という呼び方の通り、お金を入れたら製品が「がちゃん」と出てくる自動販売機のイメージでした。今はそうではなくて、ITパートナーとユーザーが互いの強みを持ち寄って、ユーザーの成長をいっしょに考えるチームにならなければいけないと思います。
もちろんパートナー企業はITに精通している強みがあり、ユーザーの要望を聞いて「○○ハンマー」のようなソリューションを繰り出すわけです。ですが、そのハンマーでどこでも叩けるわけではない。どこを叩けばいいかは、ユーザー企業でなければわからない。そこで、両者の強みを生かすことが重要になります。
青野:私が衝撃を受けたのは、喜多羅さんが日清食品のときに推進していたkintoneの導入プロジェクトです。驚くべきは、社内の情シス部門が現場部門による内製化を推進していて、外部のSIerは「アドバイザー」と書かれていたことでした。この体勢は、どうやって実現したのですか。
喜多羅:総力戦で進めていくためには何が必要かを話し合っていたとき、システムは情シス部門が作るのではない。ユーザー(業務部門)がほしいものを作っていく際のサポートをすることが仕事だという話をしました。もちろん、最初のうちは初歩的なことからサポートをする必要があります。
IT部門としては、頼まれるとやってあげたくなるものですから、これを徹底するのはなかなか大変です。多少厳しいと思っても、現場の自主性を後押しする役割に徹するようにしました。
このプロジェクトは、当時の情シス部長の名前をとって「成田モデル」と私は呼んでいたのですが、私が日清を卒業してから、その後のようすを外からわかる情報で見ても、内製化は定着してきていると思います。
青野:成田さんは、喜多羅さんの後を継いで、現在はCIOを務めていますね。内製化といってもいきなり現場が高度なシステムを作れるわけではないので、情シスのサポートとリーダーシップが非常に重要だと思います。
また、この仕組みの中ではITパートナーの役割もだいぶ変わっています。
喜多羅:はい。ITパートナーと社内のIT部門との間で意識を揃えたのは、業務部門が自走できるまでのステップをサポートしていこうということでした。また、ITパートナーからの支援で助かったのは、テクノロジー面はもちろんですが、他社の副業人材活用の事例など、組織の作り方のノウハウも教えてもらえたことでした。まさにアドバイザーとしての役割を果たしていただいたと思います。
青野:内製化を進めるとき、逆に意識は外を向いているというのが面白いです。いいものはどんどん採り入れるという考えで進めているのが印象的でした。今日はありがとうございました。
最後に、対談を視聴した参加者から質問が寄せられ、喜多羅氏がその場で答えた。
「DXの進め方はトップダウンとボトムアップの二方向があるが、それぞれのメリット、デメリットは?」の質問には、「両方が揃うことが大事。ボトムアップの小さな改善をほめて伸ばす文化と、リーダーが自ら手を動かし、行動で示す熱量を社員に伝えることが重要だ」と答えた。
また、「若くて優秀なIT人材を自社に引き留めるためのヒントは?」には、「企業が、若手の活動を支援していることを直接伝えることが非常に重要。人材を抱え込むのでなく、積極的に外部のセミナーや副業的な機会を与えて、この会社にいても自分のステージが広がることを示すべき」とアドバイスした。
外資系から日本企業まで、経営と現場のデジタル化の実態を知り尽くした喜多羅氏ならではの切り口でDXを語った50分は、好評のうちに幕を閉じた。