ASCII.jpの自動車レビューではおなじみのモデルにして女優の新 唯(あらた・ゆい)さんが、SUPER GTのGT500クラスに参戦する「Modulo」を応援するレースクイーン「2022 Modulo スマイル」に就任したのは、すでに報じた通り(2022年のModuloレースクイーンがS660 Modulo Xに乗ってみた)。そこで今回は開幕戦を前に、1年間お世話になるチームの皆様へご挨拶するべく、「NAKAJIMA RACING」のファクトリーにお邪魔してきました。
まずは御殿場までNSXでGO!
「NAKAJIMA RACING」は、その名の通り日本人初のフルタイムF1ドライバーである中嶋 悟さんのチーム。正しくは中嶋企画という会社になります。会社設立は1983年で、もともとは中嶋さん自身のレース活動の拠点として設立されたのですが、レーシングドライバー引退後の1992年から中嶋さんをチーム監督に据え、自社メンテナンスも開始。現在SUPER GTとSUPER FORMULAの2カテゴリーに参戦しています。
ファクトリーは富士スピードウェイにほど近い場所にあるため、今回は御殿場までの出張取材。応援するクルマがNSX-GTであることから、今回は御殿場までの足として唯さん自らNSXを運転! 「カッコいい! 素敵!」と笑顔で東名高速を滑走したのでした。NSX体験記は後日、別記事でご紹介しますのでお楽しみに。
建屋は青が印象的な建屋は2階建て。入口は普通のガラスのドアで、そこにはNakajima Planningのレタリングがされていました。折角ですので、唯さんには新しいロゴになったHRC(株式会社ホンダ・レーシング)の旗を持っていただき、バスガイド役になっていただきましょう。「ガイドと言われても、私、何も知らないんですけど」ということで、インターホンからの「2階の応接室へどうぞ」という指示に従って、いそいそと2階へ。
建屋は1階が整備工場と倉庫、2階が事務所と応接室、トロフィーのあるフリースペースと、エンジニアさんの部屋と従業員の方の休憩施設(食堂)という構成。階段を上がるとフリースペースが広がります。そこは「階段を登ると、そこはトロフィーの山だった」という言葉しか思い浮かばないほどのトロフィーの山! いうまでもなく、これらは監督の中嶋 悟さんが選手として、そしてチームを率いて獲得されたものです。壁一面にトロフィーが並ぶ様は「中嶋 悟博物館」そのもので、中嶋さんの現役ドライバー時代を知らない(生まれていない)唯さんは、その偉業に驚くばかり。中嶋企画のスタッフの方から「まだまだあるんですよ」とうかがい開いた口は開いたままに。「とんでもない方なんですね。中嶋さんって」という唯さん。はい、とんでもない方なのです。
そんな唯さんを迎えてくださったのは、中嶋企画の御殿場工場長の本間勝久さん。本間さんはモータースポーツ界ではとても著名、こちらもとんでもない方。本間さんは、1981年にル・マン商会(現・株式会社ルマン)に入社後、マーチ社やラルト社、レイナード社、ダラーラ社の輸入代理店としてレーシングカーシャシーのエージェントに携わられたほか、ミハエル・シューマッハをはじめとした外国人ドライバーとの折衝、アテンドをされていたのです。そんな本間さんに中嶋さんが「ちょっと工場の面倒を見てよ」と声をかけられたことがきっかけで、2015年に中嶋企画へと移籍。中嶋さんは生まれ故郷である岡崎に住んでいらっしゃるため、工場の陣頭指揮は本間さんが執られています。
「初めまして。今年お世話になります」と唯さんは本間さんにご挨拶。本間さんからも「こちらこそ」と照れ笑いされる本間さん。「クルマ以外、特に隠すものはありませんので、自由にファクトリーを見て回ってください」と導かれて1階へ。
まずは1階のマシンを整備する場所へ。ピットは6つの枠があり、この日はSUPER GTのマシン1台とSUPER FORMULAのマシン2台、そしてNSX GT3車両1台が置かれていました。作業スペースは明るく、そしてとても綺麗。オイルのシミなど見当たらず、工具が散らばって足の踏み場もないという状態を想像していた取材スタッフは正直肩透かしで、「俺の家の方が汚い……」と言い出す始末。「いやぁそんなことないですよ」と工場長は謙遜されますが、嘘偽りなく本当に綺麗です。さらにファクトリー内にはラジオの音が聞こえる以外、とても静か。エンジン音や作業の音で会話ができないという状況を期待していた取材陣は、こちらも肩透かし。
中嶋企画の御殿場工場は、約20名ほどのスタッフが働いていらっしゃるとのこと。「メカニックはSUPER GT(1台)、SUPER FORMULA(2台)で分かれて作業をしています。ほかには事務の方とかエンジニアですかね。普段はクルマごとに分かれて作業をしていますが、レース日はメカニック全員出動みたいな感じになりますね」とのこと。SUPER FORMULAでトラブルが発生した時、人手が足りなくなり、たまたま御殿場で作業していたSUPER GT担当のメカニックが仙台のスポーツランドSUGOまで駆けつけたこともあるのだとか。
そこでNAKAJIMA RACINGの年間スケジュールを見せていただいたのですが、ほとんど毎週末イベントが入っている状態。オフシーズンもファン感謝祭であったり、テストであったり……。「長期休暇が取れるのは12月の中旬から1月の初旬だけですね」と本間さん。レースとレースの間は1ヵ月くらいの間隔が空いていますので、その間はのんびりされているのかなと取材陣は思っていたのですが、とんでもない! 「レースが終わったら、ここでマシンをいったんバラして、細部まで確認したり消耗品を交換したり。そして次のレースまでに組み立てなおすの繰り返しですね」とのことで、実はかなりタイトなのだとか。
ですから「ファクトリーにお邪魔したら、いつも組みあがったマシンが見られる」わけではなく、今回の取材もマシンをトランスポーターに載せる日で、車両のアライメント調整をしている時に撮影をしています。作業は一般車と違い、まず床面全体が定盤と呼ぶ完全に水平な板の上で行なわれています。「この定盤は2~3年に一度、業者の方にお願いして調整をしてもらっています」と本間さん。メカニックさんたちが手際よく調整治具やレーザーなどを使いながら調整をされていました。
さて今年参戦するNSX-GTです。今年はエアロがType S仕様となり、より先鋭化したフロントフェイスが印象的。「さっき乗ってきたNSXと全然違いますね。これもカッコいい!」と感嘆の声をあげる唯さん。何より「ここまで近い場所でマシンを見るのは初めてです」と、得難い経験にやや興奮気味です。
作業中、取り外されたカウルを触ってもいいですよということで、特別に触ってみました。「叩くと甲高い音がしますね。あと思っていたより薄いというか、ペラペラです! カーボンでできているのかしら?」ということで、これまたちょっと持ちあげようとすると、これが軽くて驚き! 気になるのはそのお値段。本間さんによると「フロントカウル1枚が、ざっくり普通車1台分の値段だと思ってください」とのこと。あまりの金額にその場を離れる唯さん。「壊したら大変じゃないですか!」という唯さんに本間さんは「ほんと、胃が痛くなりますよ」と苦笑いに近い笑顔で返答。
「じゃぁGT500のマシンのお値段は……」という素朴な疑問に本間さんは「そもそも値段はつけられませんが、カウルだけで普通車1台ですからね」とニヤリ。恐ろしい世界です。
休憩時間の間、唯さんはSUPER GTを担当されるチーフメカニックの浅見邦彦さんにご挨拶。「それぞれ役割は違いますが、僕たちはサポート部隊として、唯さんはフロント側として一緒にレースを盛り上げていきましょう」と、さっそくチームの一員として迎え入れてくださいました。近くにいらしたメカニックさんたちも、唯さんをチラチラと見ながら笑顔。
それでは浅見さんにお話をうかがいましょう。まず素朴な疑問として、レースメカニックと一般のメカニックの違いはどこにあるのでしょう?「ディーラーメカニックと違うのは、1年を通して同じクルマを見続けていくという点だと思います。また、車両そのものが違いますよね。量販車は走行する速度域がレーシングカーと比べて低いですし、クルマそのものの安全マージンがあります。ですがレーシングカーは、走行する速度は遥かに高く、でありながらギリギリの設計ですので、何かアクシデントが起きたらドライバーの命にかかわります。ですから、僕はスタッフにネジ1本でもドライバーの命がかかっているということを、スタッフに言っていますね」と優しい笑顔で説明されました。
そして驚いたことに「レースメカニックは整備士の資格は不要なんですよ。そこもディーラーメカニックとは違うところです」とも。ですから本人にやる気があれば、まったくの未経験者でもNAKAJIMA RACINGの門を叩くことはできるそうです。「でも僕もですが、整備士の学校を卒業して入る場合がほとんどですね。スタッフの中には、もともとディーラーで務めていた整備士もいます。その人も最初は戸惑われていましたね」。
そんなメカニックさんにとって、SUPER GTの魅力はどこにあるのでしょう? 「SUPER FORMULAと大きく異なるのは、チームによってタイヤが異なることですね。それにサクセスウエイト(ハンデ)の制度もあります。マシンは似たようなものですが、そういった面での差が出てくる。それゆえの難しさや楽しさがあったりしますよね。ですので得意なサーキットは、かならず(優勝を)取りに行く気持ちでいます。もちろんすべてのレースで上位を狙うのは当然なのですけれど、弱点を克服するというより、強みを高める。そんなイメージでしょうか」。イコールコンディションではないがゆえに、長所を伸ばして勝てるところは獲るというのが他のカテゴリーとは違うところでしょう。
浅見さんは「勝ったレースの印象って、あまり覚えていないんですよ。というのも、勝つレースは、呆気なく勝ってしまうものなのです。ほかのチームよりも先に帰って、翌日遅めにサーキットに入って勝って帰っちゃうみたいな。逆に記憶に残っているレースは、たいていトラブルがあったレースですね」というのも、ちょっと意外が答え。「トラブルが起きている時というのは、うまくいっていないということですよね。でも、その時って次へのレベルアップにつながると思うんですよ。だから覚えているのかもしれませんね」。
お話をうかがうに、ピット内がバタバタしている場合は、うまくいっていないというわけで、調子が悪いといえそう。確かに夜遅くまでピット作業をしているチームがありますが、そういうチームが翌日にアッサリ勝ったという記憶、確かにないような。
メカニックの腕の見せどころはキチンとマシンを組み立てることである、と浅見さんは言います。「レギュレーションによって、ファクトリーでオリジナルの部品を作ることはできなくなりました。ですから、細かなところまでキッチリ作業をして、メカトラブルを少なく送り出すことが、メカニックの腕と言えるのではないでしょうか」。
タイヤ交換もメカの腕の見せ場のひとつ。「僕は左側を担当しています」だそうで、実際に着脱のトレーニングをされているのだとか。「作業場の一角で、実際のタイヤを使って取り付けたり外したりしています。ウェイトトレーニングをするより、こっちの方が鍛えられますよ」。で、唯さんがタイヤを持ってみたのですが……とても持てる重さではなく。「こんな重たいものを片手で持ってしまうんですか? すごい!」とただただ唖然とするばかり。ちなみに力に自信のある同行スタッフも「え?こんなに重たいんですか? とても片手では持てないです」と軟弱であることを知ったのでした。