焼きたての風味をいつでも楽しめると人気を呼んでいる冷凍パン。そのパンをホテルやレストランへ提供する「スタイルブレッド」が生まれるまでには、創業者の苦悩と努力、そして運命の出会いがあった。食事に合うパンがなぜ日本の家庭に普及しないのか? 群馬・桐生のパン店4代目が紆余曲折しながら大奮闘。家庭用ブランド「Pan &(パンド)」で日本の食卓を変えるんだ! その強い思いからパンに人生を捧げる創業者が夢に描く“パン革命”とは? 元ウォーカー総編集長の玉置泰紀が、そのパン人生とコロナ危機、日本のパン食の将来について聞いた。
コロナ打撃で内外の需要が逆転した
――長引くコロナ禍で、テレワークが進むなど日本人のライフスタイルも大きく変化。スタイルブレッドへの事業への影響は?
田中「ウチの場合は、本当にコアな事業がホテルやレストランへのパンの提供です。飲食業者さん向けのパンでしたので、コロナ禍になった時には一時期、売上が90%もダウンしました。もうほとんど仕事がなくなりまして…」
――ホテルもレストランもほぼ営業できない状況でしたね
田中「でも、『Pan &(パンド)』という、一般家庭向けブランドの冷凍パン売上は6、7倍になりました。一夜にしてメイン事業と立場が入れ替わった感じです。
コロナが最もデリケートに伝えられた昨年4、5月頃、それまでのメイン事業であった業務用のパンを卸していたところから、発注がなくなりはしないまでも、非常に厳しい状況になりました。ただ3年半ほど前から一般家庭向けの『Pan &』を、試行錯誤を繰り返しながら一歩ずつ、一般のお客様にもどうか冷凍パンを食べて頂きたい、この美味しさを伝えたいという思いで始めていたんです。
業者向けと家庭向けのパン需要にコロナ禍で逆転現象が起き、これは会社としてもコロナ禍がどれほど続くか分からないが、今はこのピンチを新しいチャレンジのためのチャンスと捉えて、全国のスーパーやコンビニ、オンライン販売に力を入れていこう、と。今でこそ非常にいい転換期だったと言えますが、当時は悲壮感に苛まれていました」
――スタイルブレッドのパンの魅力は高級感、本格パンであること。ここまで本格的に作るとなると、いろいろと設備投資も必要では?
田中「そこは本当におっしゃる通りで、まだまだ課題になっています。私たちが発信する時には冷凍パンであることが前提になりますが、冷凍パンというものを、そもそも買ったこともないし食べたこともない。でもイメージだけは何となく分かるといった方が大多数です。
冷凍なんて有名ベーカリーのパンの下の下のような、ランク的に二級品の感覚を恐らく持たれているのではないか、と」
――冷凍=長期保存できるが味はそこそこなイメージが強いかも
田中「美味しいパンを食べてもらうために、あえて冷凍にしているのですが、お客さん的にはわざわざ冷凍のものを買う必要がなく。少しギャップがあったんです」
――逆に冷凍パンの美味しさが知られれば、多少高かろうが気にならない。ここ数年、高級食パンブームもあったし、美味しいパンならお金は出すという人も増えたはず
田中「高いパンといっても何百円、1000円レベルの世界なので、高級パンブームは我々にとって、非常にありがたかった。価値あるパンには、ちゃんとお支払い頂く感覚を強めたと言いますか。ごく普通のベーカリーでも、パンは値上がりしていますしね」
――レストランの美味しいパンを味わえない状況なら
田中「はい。でも美味しいパンは、やっぱり家での潤いというか、理想というニーズにも合致するところがあったと思います。特に私たちのパンの情報をちゃんと捉えて頂いた方、在宅でより良いものを食べたいとか、お家時間を楽しみたいとか、そういった層には非常に喜ばれています」
冷凍パンは美味しい? わざわざ買わせる価値とは?
――本質的なことですが、冷凍パンの売りは何? 一般的な冷凍食品と何が違う?
田中「パンの美味しさには2つの理由があります。それはでんぷんと水分が最高の状態であること。お米とパン、どちらもでんぷん質の主食ですよね。米はやっぱり炊きたてが美味しい。どんなお米でも炊きたてを味わう瞬間は全然違いますよね」
もちろん、パンも焼きたてが本当に美味しい。その感覚は、特に日本やアジアで強く感じられていると思います。パンの美味しさが落ちるのは、焼きたての瞬間から水分がどんどん蒸発していき、でんぷんが劣化してしまうからです。
炊きたてのご飯が美味しいのは、でんぷん質が一番良い状態なので甘みがあること。ボソボソしない、塊にならないのも水分がベストの状態だからで、それはパンも同じです。フワッと広がる香り、表面はパリッと香ばしくて、中はもっちりふんわり。もちろん味は素材にも影響されますが、焼きたての瞬間は最高です」
――いつでもそんな焼きたてのパンが食べられるなら…
田中「パン店で焼きたての瞬間を待って、すぐ食べられれば最高ですけれど、普通はそうもいかない。パンの美味しさの要である、でんぷんと水分の劣化を合理的に止めるには冷凍技術。これしかないんですよ」
――その美味しさを閉じ込めるには、どれぐらいの温度で冷凍する?
田中「マイナス30度以下、できればマイナス40度。30歳でアメリカに渡った際にその冷凍技術に出会って、この会社を始めたのが36歳。その後、約5年間は試行錯誤していました。
今でも研究室を設けて、日々研究しています。どうしたら一番美味しい状態が長続きするのか。パンにはいろいろな製法がありますし、製法に合った冷凍技術を模索して」
――そこまで冷凍技術にこだわるのはなぜ?
田中「冷凍技術にこだわるというよりも、食事用のパンを作りたい。20代前半に行ったフランス料理店で出されたパンが、余りにも美味しくて。そんなパンを、食事に合うパンを作りたい、という思いからです。
パンが一番、その本領を発揮するのは食事のシーン。それを知って美味しく味わってもらうという夢を実現できるのが冷凍技術でした」
――スタイルブレッドが一般家庭向けに販売する本格食事パン「Pan &」の特徴は?
田中「『Pan &』でも、パン作りのコストや手間、酵母など材料の質、製造工程は業務用とほぼ一緒です」
――それは、家庭用は、かなりお得ということ?
田中「非常にお得ですね。ただ全く同じではなく、一般家庭向けに熟成の時間や捏ねを工夫して、飲食業者向けのパンよりも食べやすく、サクッと歯切れよく仕上げています」
4代続く老舗の息子が衝撃を受けたパン
――もともとはご実家のパン店が原点ですよね。4代続いた店からアメリカ、パリに旅立ち修行した田中さんですが、その土地の特色あるパンを探しに?
田中「私は父親が作っていたコッペパンや食パン、あんぱんなどを見て育ってきました。アメリカに行ったのは、パン店を継ぐ意識は何となくあったけれども、ただアメリカで働いてみたい、住んでみたいなど当時は誰もが夢見た、単純な動機でしたから」
――そんな動機で行ったアメリカはどうでしたか?
田中「ベーカリーに勤めたものの、そこまで発展的なパンではなくて、いわゆるアメリカのクロワッサン、バゲット、そんなものを作っていました。当時のアメリカのパンは感慨深いものではなかったし、フランスパンをすごく好きになったのはその後です。
アメリカで2年、フランスで半年ほど働きまして、父親が兄弟でやっていたパン店から、叔父が独立するため、自分が代わりに入ることになって帰国。でもそんなに修行を積んで、パンを本気でやる気はなかったんです」
――本気でなかった田中さんをそうさせたのは?
田中「父のパン店を手伝い始めてから、近隣のフランス料理店の方に、食事に合わせる本格パンが欲しいと言われまして。そのマスターは、フランス料理にものすごくこだわる鉄人みたいな人で、フランス料理の完成形を目指すには、質の高いパンが必要だと。
マスターには当時、若造だった私を教育、洗脳すれば…という目論見があったかもですが(笑)、見込んで下さり、一緒にフランスの三ツ星レストランを回ったんです。当時は現地で三ツ星が16店舗しかない時代に7、8軒は回りました」
――すごい経験ですね
田中「23歳ぐらいで、自分が目指している料理はこれ、その料理に合わせるパンはこれだって言って何店舗ものパンを食べて、その時の衝撃ですかね。自分が知っているパンとアメリカで作ったパン、自分の親父が作る、いわゆる日本のパンと、三ツ星レストランで出されるパンには、物凄いギャップがあった。全然違うぞ、何だこれは!?と」
――それまでの経験があってこそ受けた衝撃
田中「すごく違うことを知って、その理由を紐解くと、やっぱり粉や酵母、熟成の違いがあった。日本ではまだフランスパン=バゲットみたいな感覚でしたけど、そのレストランで出てきたパンは、小さくてちょっと硬く、酸味も少しあったんです。
それを食べた時、マスターに『よく分かりました、このパンを作るために自分は本当に、もう仕事人生捧げます!』と(笑)。そこから酵母を試行錯誤して。天然酵母の小麦の選定や製法を研究して、どんどん近付けていくんですけど、現在のスタイルブレッドになるまでに15年ぐらいかかりました。フランスに行ったのは20代前半で、そこで『日本一のパン職人になりたい』と思ってから、ずっとパンに傾倒していくわけです。
そうは言っても、当時は桐生市の町場のベーカリーですので、自分がすごくこだわって人生を捧げます!と決意したそのパンは、店の売り上げの10%にも満たなくて」
――ミスマッチ、でしたね
田中「自分はもう朝からずっと、そのパンのために頑張っているのに、売れても1日数個。すると、だんだん心のバランスがおかしくなってきました。自分の時間の90%ぐらい懸けてやっているのに」
――すごい世界・・・
アメリカで冷凍パンと運命的な出会いが
――冷凍パンと出会ったのはいつ頃ですか?
田中「心身共に不調をきたしたのが30歳ぐらい。認められないとか、自分は何のためにやっているんだ、とか思い詰めて本当に辛かったですね。
でもその頃、たまたまアメリカのパン事情が非常に変わってきたという話を耳にしました。レーガノミクスなどを経て、とても先進的になったアメリカで本格的なパンが作られるようになり、それがすごくビジネスになっていると。断片的ながら最新の情報がいろいろ入ってきたのです。
そこですぐに冷凍パンを知ったわけでもないですが、ピンときて、これは実際に見て、知っておかなきゃいけないと。それで日本の大手製粉会社の方たちに混じって、業界関係者のベーカリーツアーに参加したんです」
――まさに運命です
田中「ツアー初日のディナーで行った高級レストランのパンがとても美味しくて。明日はこのパンを作っている工場に行くというので、どんな工場かとワクワクしていたら、行った先が冷凍パンの工場! えっ? 昨日食べたパンは冷凍なのか? 自分は日本一の職人を目指す身で、冷凍モノなんて風上にも置けないと思っていたのに」
――具合が悪くなるほど苦労してきたんですもんね
田中「でも、その工場のパンがすごく美味しいんですよ。冷凍なのに何でここまでと。当時の取締役・工場長に聞いたら『冷凍は風味を落とすプロセスじゃないんだ』ということをまず言われて。
冷凍とは風味、品質の劣化を止めるプロセスで、品質を落とすプロセスではないから、『なぜ冷凍なのに美味しいんだ』という思いは間違っている。いいパンを作れば美味しい、不味いパンを作るから不味い。もしお前が食べた冷凍パンが不味いなら、それはそういうパンだからだと」
――なるほど。冷凍は日持ちさせるためだけの技術じゃない
田中「冷凍は品質の良いパンを全国に物流するシステムとしても、最高に優れているものだと言われて、さらに衝撃を受けました。アメリカでパンの品質がすごく上がっている、というのは全部冷凍パンの話だったんですね」
――腕のいいパン職人がそれぞれの店にいればいいけど、それは無理な話。でも良い職人が作ったパンをどんどん流通させられるなら…
田中「そうなんです。だからパリの有名ベーカリーの職人のような革新的な人ほど、どんどんアメリカに流れ込んでいった。パリの伝統的な高品質のパンを作る技術が、アメリカの最新冷凍システムとマッチした。それで全米の高級ホテルやレストランなどいろんなところに、高品質なパンが流通し始めたと知って、これはすごいことになっていると」
――それはアメリカのどこの工場で?
田中「私が行ったのはニューヨークです。当時は、新参者が新しいベーカリーや工場を盛んに作り始めて、老舗ベーカリーがどんどん駄目になっていった。業界が再編成されていた時期だったのですが、最先端の冷凍技術を取り入れて、最高品質のパンを作っていたのは、あるレストランのパン店だったんですよ。
サンフランシスコに1店舗しかないレストランでしたが、パンが評判で、それを分けてくれ!と言われているうちに、冷凍技術と出会ったそうなんです」
――面白いですね
日本でも冷凍パンにビジネスチャンスが⁉
――アメリカで衝撃的な出会いを果たした冷凍パンを、取り入れたきっかけは?
田中「先ほどお話ししたフランス料理店のマスターがワイン会をよく開いていたんです。東京や新潟、長野など各地からシェフが集まって料理談義をするんですが、私もパンを持って毎回参加していました。自分が作った料理に合わせるパンを食べてもらいたくて。それがお披露目の舞台になっていたんですね。
そこで、皆さんから『パンに困っている』ことを聞かされました。各地のシェフたちがマスターに『いいね、こんなパンを作ってくれる子がいて。ウチにも分けてくれないか』と。そう言われても届ける方法がありませんでした」
――アメリカと同じ需要が眠っていた
田中「アメリカで冷凍パンと出会った時に、自分の身の回りでも困っているシェフが少なからずいるのだったら、全国にビジネスチャンスがあるかも、と考えました。私も食べ歩きが好きで、フランス料理店も行きますが、なかなか自分が目指すようなパンには出会えていない。これは料理とパンのミスマッチが起きているのかな、と。
この課題は、もしかしたら自分たちが解決できるんじゃないか、そして心のバランスの問題も…。好きな仕事を選ぶのか、生活のために仕方なくやるのか、ということでもありますが、冷凍技術を使えば、好きなパンを作りながら生計も立てられる、と思ったんです」
――コッペパンや総菜パンは数が売れるけど、それはBtoC。本格的なのに1割しか売れなかった食事パンは、BtoB。実はホテルやレストランではものすごく必要とされていたけれど、高品質のパンを安定して供給することは考慮されていなかったんですね
田中「まさにそうです。だったら、全国各地の必要とされるところに紹介すれば、必ず使ってくれるのではないか。自分たちはベーカリーの立地に縛られているから、周りに必要としている相手先が少なすぎるだけ。メーカーとして必要とされるところに卸せるならば、上手くいくはずだと」
――発想の転換ですね。ホテルやレストランも、近くに良いベーカリーがあって独占契約できればいいけど、お客さんが想定通り来るかどうかは未知数
田中「ホテルやレストランも箱が大きいと、パンは近くのベーカリーに頼むのがひとつの選択肢ですが、週末のお客さんが多く入る時はベーカリーも忙しいですし」
――やはり需給のミスマッチが起きている
田中「自分たちで職人を抱えたところで、平日はほとんど必要がない、土日だけパンを作りたいのですから。例えばホテルの結婚式だと4つの宴会場で、昼と夜の2回。1人のお客さんに2~3個ずつパンを出せば、それだけで何千個にはなる。それをお抱えのベーカリーでその時だけ賄うのか。ベーカリーも忙しい土日だけ大量に発注できるのかというと、大きなミスマッチですね」
――焼いちゃった以上、時間が経ったら廃棄するしかない。食品ロスになるけど、冷凍だったら必要な分だけ解凍するだけ
田中「お客さんの顔を見てから温めるだけで、一番いい状態で出せるので」
――これは本当に画期的ですよ
田中「それがアメリカでも伸びた理由です。日本も同じような課題を抱えているだろうと思い、高級レストランから紹介していきました。食べてもらうと、逆に冷凍だってことに皆さんビックリされますよね。それから、いろいろ展開の幅を広げていったという感じです」
コロナ禍で売上9割減!家庭向け新ブランドが最大の危機を救う
――コロナ前まではインバウンド需要がすごかったけれど、2020年からはコロナで売上が9割減った。そこでいよいよ「Pan &」の出番ですね
田中「以前から、ウチではパン作りの際のミッションとして『パンを通じて上質な時間を作り、パンを通じてこの贅沢を作る』と掲げています。ホテルやレストランに限らず、どんな食事風景にも、パンがお役に立てるようなシーンが実はいっぱいあるんですよね。
これは4代続くパン店だから思うことでしょうけど、例えば、なんでロールキャベツと一緒にパンを食べないんだろう、と。クリームシチューもご飯に掛けちゃうし。でもレストランに行ってライスかパンを選ぶなら、特に女性はパンを選びますよね。焼きたてのパンは美味しいから。
片や自宅では、夕食にご飯はもちろん、パスタやうどん、ラーメン、蕎麦は食べます。でもパンは食べない。なぜか?と言えば、レストランでは当たり前のように焼きたてのパンが出てきますよね。温かいものを食べると、ちょっと心が豊かな感じになる。ご飯でも冷や飯と温かいご飯では全然違うのと同じで、パンも温かいならすごくいいけど、一般家庭の夕食では、温かいパンを食べる機会がほとんどない」
――でも冷凍パンだったら、いつでも焼きたてパンを食べられる
田中「忙しい朝のトーストよりも、みんなが落ち着いて食べる夕食に出されるパンこそ、すごく作りがいがあると思います。もちろんパンに序列なんてありませんが、朝よりも夜の方が楽しみに、ゆっくり食事を摂れます。そんな時のためのパンを作りたい、それにはフランスパンなんです」
――僕ら一般の家庭だと、まず常備しているのは食パン
田中「もちろんビジネスチャンスだとか消費の量としては、朝もあるんですが、もともとレストランで皆さんがキラキラした中で、料理を食べてパンも食べて、という場面に感動したのが動機ですし。やっぱり、そんな食事の時間に関われるようなパンを作りたい、提供したいです」
――イタリアンでも、パスタがあってもパンが出てくる。確かにレストランでは夕食にも食べますね
田中「だから家庭で食べないのはなぜなのか? その供給ができていないだけなのか。やはり温かいパンが出てくれば美味しいし、食べるはずです。だけど消費者のイメージの中に、レストランのディナーのような温かいパンがないんじゃないかなと。ウチで出しているようなプティパンは、ベーカリーで探してもなかなか売っていませんし」
――あってもチーズやチョコチップが入っていたりとか
田中「唯一、食事パンとして売っているバゲットは、切ったら全部食べなくちゃなんないの?みたいな形ですし。食事用の小さなプティパンが、ちょっと温めるだけで本当に良い品質で出てきたら、もしかしたら世の中の常識を変えられるかも。そういう発想です」
――冷凍パンの「スタイルブレッド」も、ひとつの革命だったと思いますが、そこで「Pan &(パンド)」という新ブランドを立ち上げるわけですね
田中「実は『スタイルブレッド』のブランドで一般向けに出したことがあるのですが、都内の高級外資系ホテルさんが、みんな取引を止める!と言い始めまして。『スタイルブレッドをスーパーとかに置くようなブランドだと思っていない』からだと。スーパーのパンをどうこういう訳ではないですが、自分たちが使っているのは一級品だ、と思ってくれていたんですよね」
――住み分けが必要だと
田中「日本でも最大手のスーパーで取り扱って頂いたんですけど、『大変申し訳ございません』と全部回収して半年で止めました。そしてもう1回、計画を練り直して『Pan &』を立ち上げました。材料や品質も極力落とさないで、ちゃんとブランドとして売ろうと」
――『Pan &』はロゴもかわいいですが、どんな意味ですか?
田中「食事と合わせて食べて欲しいんですよね。パンと合わせて何を食べてもらおうかな?ということで、パン&スープやパン&シチュー、パン&チキンソテーとか」
――ライフスタイルのいろんなシーンでパンと関わってほしい、その思いがストレートにブランド名になっている。会員制やサブスクがあるのもいいですね
田中「半年ぐらい前から定期購入を充実させることに取り組んでいます。パンを生活の中に組み込んでもらいたい、パンがある生活を習慣化してもらいたいのが最大の理由です。毎日食べなくてもいいけど、休日の前の夜とか休日の朝、ゆっくり食事を摂れる時に味わって欲しい。もうひとつの理由は、パン作りには非常にコストが掛かるので、SDGsではないですけど、食品ロスを減らすため計画的に作ることに企業努力を払わなければいけない。
レストランなら1回使って頂くとある程度、先の需要が読めるんですが、一般市場は本当に読めない。例え長期保存できる冷凍食品でも、その辺はシビアに見ています。そうしないとどんどん廃棄ロスが出てしまうので」
日本のパン食のこれからと将来の夢
――日本のパン食は、これからどうなっていけばいいと思いますか?
田中「最近の生食パンブームで、ベーカリーの価格が総じて高くなってきています。その影響もあってか、安かろう悪かろうではなく、いいモノに対してはちゃんとお支払いして楽しもうよというところでは、パン食が定着してきていると思います。まだまだ我々が望むようなライフスタイルの一部という感じではありませんが。ご飯やうどんと同じような食事の選択肢になってほしいですね」
――トーストは朝食べるもの、という文化が浸透しすぎている
田中「手前味噌ですが、冷凍パンがある種、そのライフスタイルを変えていくカギを握っていると思っています。あれ? いつからこんなに、夜にパンを食べるようになったのは? 子どもの頃はパンなんて夜に食べなかったよね、という会話が聞こえてくるような未来を作るのが、我々の将来像です」
――そんな未来を見るために『Pan &』も重要ですね。今後の抱負は?
田中「当面は、この2つのブランドをしっかりやっていくことなんですけど、将来的には海外=アジアに進出したいですね。ヨーロッパでは何千年ものパンの文化があるのに、同じ小麦粉の文化でも中国は饅頭文化ですし、パンに至ってはまだまだです。
我々は、特に日本人の口に合う、つまりアジア人に合うパン作りをしていると思うんです。食べやすくて美味しいパンなので、これは中国やアジア圏の人々にもすごくマッチするんじゃないかなと。ヨーロッパの伝統から、我々のフィルターを通して生まれた新しいクオリティのパンを一度アジアに広めたい。ひとつの大きな夢ですね。
諸説ありますが、そもそも日本にバゲットというフランスパンが定着したのも、神戸のパン店『DONQ(ドンク)』が始まりと言われています。フランス国立製粉学校のレイモン・カルヴェル教授と友好関係にあり、その弟子のフィリップ・ビゴさんが日本に来て、フランスのパンが広まっていった。その後に大手が“食パン”という文化を取り入れたんです。日本の食パンは、たぶん世界の最高品質だと思っていて、キーファクターになるような文化というか。
だから自分も世の中をチェンジできるはず、変えてやるという使命感を持っています。まだスタートラインに立っている感覚で、何も始まっていないですけれど、これからも、いつも食卓にパンのあるライフスタイルを広めるために頑張っていきます」
4代続くパン店に生まれた田中の人生は、まさにパン一色だった。地元桐生のフランス料理店のマスターがもたらしたきっかけから、本物のフランスパンの美味しさに目覚め、食事に合うパンの開発にすべてを捧げるものの、作りたいものと売れるもののバランスが取れない。しかし諦めずに理想を追求した彼に、冷凍パンとの出会いが大きな転機を与えてくれた。
日本の家庭では、パンは朝食に食べるものというライフスタイルを変えて、将来は最高の食事パンとその文化をアジアにも広めたい。トースターで温めるだけでいつでも焼きたての風味が楽しめる「Pan &(パンド)」のパンは、最近ではスーパーやコンビニでもよく見かける。彼が理想に描く、いつも温かくて美味しいパンのある暮らし。パンの食事革命は静かに始まっている。
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