エリアLOVEウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」 第31回

年間250日も全国を東奔西走。官民の垣根を払う仕事人「文化観光推進コーディネーター」、ここにあり!

文●土信田玲子/ASCII、撮影(インタビュー)●曽根田元

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 文化と観光。一見、結び付きが深い関係のようだが、実は保全する側と活用する側の間には、お互いに意識のギャップや壁がある。でも、それらを乗り越えられれば観光地の魅力を倍増させ、その文化の担い手に収益を還元することもできる。文化庁が2020年に制定した「文化観光推進法」は″文化観光″と銘打ち、文化の振興を観光の振興と地域の活性化につなげ、そのもたらす経済効果が、文化の振興に再投資されるという好循環を生み出すもの。今回は、この法律のポリシーに基づき官民の連携を強めるために、全国を奔走して活動する「文化観光推進コーディネーター」の丸岡直樹氏に、その仕事ぶりと目指す世界について、エリアLOVEウォーカー総編集長の玉置泰紀が迫った。

今回のチャレンジャー/文化庁 参事官(文化拠点担当)付文化観光推進コーディネーター 丸岡直樹

新しい役職・文化観光推進コーディネーター

――文化庁の文化観光推進コーディネーターの仕事とは?

丸岡「今の時代、文化観光はひとつのスポットだけで推し進めることが難しくなりました。それにはいろいろなハードルがありまして、それを越えていくのが私の役割です。文化庁が″文化観光″という目的を打ち出して、初めてできた役職でもあります。

 例えば行政と民間、中央とローカル、文化と経済という大きく3つのハードルがありますが、そんなものがあることを知らずに、皆さん入ってきてしまうので、お互い上手くコミュニケーションが取れないことが多いんです。だから今も、年間250日以上は現地に足を運んで、その間を取り持つお手伝いをしております」

――年間250日も現地入りして諸所調整をするわけですね

丸岡「いろいろな地域の方々とお話しする中で『行政の気持ちも分かります』『でも民間の気持ちも分かります』という感じで、立場の違いから生まれがちな誤解を解消し、良き関係でつないでいくような仕事ですね。私自身、民間企業で文化財の活用ビジネスなどにも関わってきて、観光庁に2年出向したこともあるので、行政と民間どちらの気持ちも理解できますし」

――まさに適材適所。丸岡さんは観光庁から移られて3年目。最初はコロナ禍の時でしたが、これまでどんな変化がありましたか?

丸岡「コロナ禍で大きく変わったのは、ハードルを越えるということを多くの人が知って下さっていることですね。危機とは、変化を促すチャンスでもあるじゃないですか。官民の垣根なく皆で危機を乗り越える、同じゴールができたことで機運がかなり高まった印象です」

――コロナ禍があったから進んだこともある

丸岡「通常なら5年はかかるはずの変化が、一気に前倒しできたところはありますね。それ以前は、オンラインでの打ち合わせなどあり得なかったですし。今、行政にいながらこれだけ飛び回れるのも、オンラインが許可されるようになったからです」

事件は現場で起きている! オンオフを駆使して実情を伝えたい

――オンラインといえば、丸岡さんはYouTubeやZoomもフル活用を

丸岡「これまでの国、中央とローカルとの差というところでは『事件は現場で起きている』とよく言われますが、その現場の情報は、中央ではなかなか手に入らないんです。逆に中央で一生懸命考えている政策も、意外と伝わっていないことが多くて。

 せっかくの政策も、行政のホームページにそっとアップされるくらいで、皆さんに気付いていただけない。特に地方で頑張っている方々は、地域に集中されていますから。だから、こんなことをやっていますよと直接伝えて回ったり、オンオフ両方でちゃんと広報していくしかないと」

――民間企業での経験が生きている

丸岡「そうですね。例えば文化財の所有者のお話を、そのルーツから1時間もひたすら聞いたり、毎日掃除をして、地域の方に顔を覚えていただくようなことも大事ですね。現地の宿の支配人として再生事業に携わったこともあるので、まさに『事件は現場で起きている』を、体感していた側だったんです。なので、そんな言い方されたら嫌だろうなといった、感情の機微がよく分かりますね」

「文化観光推進法」の狙いとは?

――文化観光コーディネーターの活動は、2020年に文化庁が制定した「文化観光推進法」が基盤になっていますよね

丸岡「その通りです。そもそも国が法律を作るのは、すごく大変なんですね。文化庁も所掌している法律で、わざわざ″文化観光″という言葉を明記して打ち出しているのは、本当にかなり前のめりな取組ですよ」

――「文化観光推進法」を分かりやすく言うと?

丸岡「文化観光を応援する法律で、大事なポイントがふたつあります。ひとつが『文化の理解を目的とした観光』、もうひとつが『文化の担い手に還元する』。まずひとつ目は、地域に根差した奥深い文化や地域の方々の思いをしっかり伝えて、その本当の価値を観光客に理解してもらうことです。

 いろんな専門家がやってらっしゃることは、どうしても薄く切り取られがちだと思うんです。キレイな写真を撮って“映える”ことに重きを置きすぎると、単なる消費になってしまうので、ちゃんと価値が伝わるようにする。それは観光側の問題でもありますが、保存側も意識を変えていかなければならないんです。

 例えば、お寺や神社でも、それが地元の人のどういう思いで造られたか、何を祈っているか、といった大事なことが記されておらず、『この建物はいつできて、いついつに焼けて再建された文化財です。以上』のようなところもあります。でも、それでは感動はしないですよね。

 大火で住処も財産も焼けてしまった苦しい状況の中でも、地域の方々が懸命に再興した。それほどの思いが詰まった大切な場所なんですよ、と言われたら『それはすごいな』と。自分の家を失くした直後に、隣のお寺まで建て直せるか?といえば、普通はできないじゃないですか。だから、そういう思いまで伝えないと感動しないし、愛着も持ってもらえないです。

 次は文化の担い手への還元です。持続させていくためには、文化と経済のよき関係を作っていきたいと強く思っています。

 農家の方が、どれだけ美しい棚田を整備して観光客がたくさん来ても、農家の方には1円も入らないんですね。それはとても悲しい関係性だし、むしろゴミを捨てられたり、交通渋滞が起きたりという負荷がかかってしまう。この問題は、農家の方がいくら頑張っても解決しないんです。

 だから俯瞰的な立場で、文化の担い手と観光客のよき関係性を構築して、観光客は担い手を単に消費、消耗させてしまう存在ではなく、支え手になれるような関係にしよう、デザインし直そうと。還元のやり方としては、そこで採れたお米を販売したりしていますが、入域税の徴収なども考えられています」

――関係良化を応援するのが文化観光推進法

丸岡「文化観光の振興・推進を法律という形で応援しよう、というものが文化観光推進法です。具体的には、文化の価値を各地域で伝えていけるような拠点を応援していく、しかも1年限りではなく複数年にわたって、といったことを実施しております。文化と地域の関係を再デザインするには時間がかかるので、じっくり向き合っていきましょう、と。

 かつ、これまで文化庁も保全側の事情は意識していましたけど、活用側にはしていなかった。それを両方とも同じように計画内に位置付けて、保存する人たちと活用する人たちがちゃんと座組を組んで下さいね、と明記されているんです。

 最初に申し上げた3つのハードルのうち、経済と文化の間を越えてほしい、初めからコラボレーションを、とあることがかなり新しくてユニークなところですね」

――映えスポットとして人気の棚田にも、本来はそれが造られる文化や生活があって、結果的に美しく見える。そういうことを知れば、もっとその価値が輝きますよね

丸岡「ひとつの文化や観光地に複数流れている、その情報の流れを上手く観光客に知らせていただければ、来る前より来た後に大きな感動がある。知らなかったことも山ほどあって理解を深めることができたんだ、という気持ちでお帰りいただけると思います」

文化の担い手が経済でジリ貧になってはいけない

――文化への再投資と好循環、還元について経済面での話を

丸岡「文化財を守るというと、歴史的には江戸時代の名士からの寄付や、国や行政が支えてきました。でも今では、人口減少と少子高齢化で税収は減っているのに、守りたい文化財は増える一方で、どう考えても帳尻が合わなくなっています。

 最近はSDGs(持続性)とともに、リジェネラティブ(regenerative=再生)という言葉がよく叫ばれるようになりました。要は、現状維持だけでは文化の担い手がジリ貧になってしまうので、その場所を全盛期のレベル、またはそれ以上に盛り上げていくような再生が必要だということなんです」

――消費されるだけでは疲弊してしまう

丸岡「ただ、現状維持するためのお金を循環させればいい、ということではなく、さらに多くの人が文化を楽しめるようになる、文化の担い手自体がより大きな創造ができるようになるところまでデザインしたい、という思いがあります。

 そのためには、ない袖は振れないので、最初のブースターは文化庁として応援させていただいて、足りないノウハウは、民間の方たちからサポートしてもらって動かしていくと。そこから、ある程度仕組みができてお金が巡るようになったら、そのお金を使ってさらに面白いことをやっていく。それでお客様が喜び、喜んで下さるからさらに面白くできる、という好循環が生まれます」

――1200年続く東大寺の「修二会(しゅにえ)」というお水取りの行事を、昨年ニコ生で24時間生配信したんです。長時間観ることで初めて、その文化伝統の本質が垣間見えてくることもありますよね。だから文化の担い手が、その中身を知ってもらう努力をすることも必要だし、丸岡さんはそのお手伝いをされている

丸岡「もし、千利休が今の時代に生きていたら、さらにクリエイティブなことをされていると思うんですよね。そこに利休の魂をどういう形で引き継ぐか、文化を引き継ぐとは何か、という問いの答えがあるのかも、と。当時生み出された、すばらしい様式を守って続けていくことも大事。でも利休なら、きっと“守破離”をやっているかもしれない。つまり良い意味で変化していくことも含めて文化だと思っています。

 私は、よく生物多様性と比較してお伝えするのですが、例えば、ある動物が絶滅しそうだから保護した結果、動物園だけにしかいないようにするのではなく、エコシステム自体を上手く再生することで、その動物が輝いて生きていける環境にすることが必要ですよね。

 文化にも同じことが言えませんか? 伝統的なものでは北前船があったことと、当時は山の木々が資源だったことから生まれた炭産業など、時代の変化で衰退していった文化も数多くあります。

 それを衰退したままにせずに、どうすればその本質の魅力を残したまま、アレンジしていけるか。このまま炭を作り続けることが大事だと言うのが難しいのであれば、炭職人たちや、街の人をどう生かしていけるのか。そんなふうに考えていくこと、そこへ必要に応じて新しい技術、新しい視点を加えることが有効ではないでしょうか」

――時代に合った新しい何かも考え付かないといけない。でも不易流行も大事で、変わらないことと変わることは矛盾するのではなく一緒にできるんだ、ということですね

官民それぞれの強みを生かす“チームアップ”の力

――文化庁の役割と専門化された支援について教えて下さい

丸岡「官民連携で言うと、それぞれの役割を果たすことが大切です。それぞれ得意分野も苦手分野もあるし、持っている強みを生かすのが″チームアップ″なんですよね。

 行政が得意なのはルールや仕組みを作り、世の中にいいものだと発信すること。その一方でビジネスのディテールを作れるかといえば、当然できないですし」

――ビジネスがメインじゃないから

丸岡「理論はできても、そのための現場作業のディテールのクオリティを上げるのは苦手なんですよ。その結果、″美″を扱っているはずのお寺や神社、美術館などで無雑作にブルーシートやガムテープが張られちゃうようなことになります。このコスト内で補修して下さいとなったら、いくら『美意識を保つこと』と言われても、実際に保つのは難しいですよね。

 逆に民が得意なのは、文化観光で必要な情報の編集とディレクション。その地に流れる膨大な情報を良い形に整えていくことです。土地自体は縄文の頃から、すさまじい時を経ているし、それをどう編集して伝えるかはすごく難しい。人の一生なんて、ちょっとした時間で語ったり、体験し切れるはずがないので。

 では、それをどうやって上手く伝えるか。顧客の価値観や重要性に合わせて編集するのは民の得意分野ですし、プラス、ディレクターの演出も必要です。現地で1000年続くお祭りに参加しているんだと言われても、その説明がないままでは本当の価値が伝わらないと思うんですね。だからディレクションや演出を加えて、ちゃんとビジネスとして、お客を喜ばせていくことも大切です」

各分野の専門家がノウハウを伝授するコーチング事業でビジネス支援

――官民をつなぐコーチング事業について

丸岡「官と民はこれまで遠い存在だったのですが、そのコミュニケーションを密にすることで行っていく事業です。今までは文化庁が予算を付けても、ビジネスの支援はできないし分からない。だから、その部分を応援してくれる民間の人を送り込む。支援する思いのある人たちに動いていただくことですね」

 ――つまり文化庁がいろんな分野の専門家、エキスパートをアサインする。その成功の秘訣は?

丸岡「官民のコミュニケーションは軋轢が起きやすいもので、コーチは民間としての正解を出したいと思っていても、ローカルにはローカルの事情がある。そこで無理させるのではなく、どうやったらできるか?を前向きに考えてくれる方々は、いろんな課題を解決できていますね。

 さまざまなパターンがありますけれど、ひとつのローカルで文化財を活用してきた経験を持つ方に、他の地域での文化財を生かす相談に乗ってもらう、ローカルとローカルをつなぐようなこともしています。ローカルだけで仕事をしていると、そのノウハウが地域内だけで留まりがちですが、互いの痛みが分かる人たちなら『それは大変ですよね。私もよく困っています』と、話した瞬間に信頼関係を築けたりするんですね」

――あと一歩でブレイクスルーできない地域に、すでに達成したところの知恵を貸す。それを利益に感じる人がいるということ

丸岡「九州で多様な関係性を培われたメディアの方に、そのノウハウを北海道にも貸してもらおうと来ていただくとか。そのつながりをきっかけに、さらに魅力をアピールできたら、というところはあります。

 コロナ禍を経て、より価値あることをしたいと思って下さる方は増えていて、ESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=ガバナンス/企業統治)を考慮した投資活動はかなり進んできています。けれど、文化というものがメセナ(文化擁護)で光を当てたところから、よりビジネス的な意味でも、コラボレーションできる対象として見てもらえるようになってきたのかなと」

――コーチとローカルとのコミュニケーションの軋轢は?

丸岡「コーチに対しては、この世界への入り方、入門的なところを伝えさせていただいています。『こういうことを言われると、現地の人は本当に悲しく思う方が多いですよ。それはどうしてかと言えば…』と、相手方の視点、受け入れ側の姿勢をお話しすると、『それはそうだよね』『確かにこんな言い方されたら、上からのヤツが来たと思われそう。無意識かもしれないけれど気を付けます』と理解して下さいますね。

 私たちも、ときどき同行させていただいて、それぞれに対しての誤解を解いていく。例えば、ローカルの行政と民間でコミュニケーションが上手く取れていないところでは、私たちが行政側に、コーチが民間側に立って四者で話す。すると、私たちとコーチが融和剤になって、皆さんが『そういうことだったのね。文化観光というコンセプトには共感できる』と乗ってくれることも多いですね」

――文化庁のプロジェクトに自分たちが手を挙げていいのか?と思われる地域の方も多いのでは

丸岡「コーチングという仕組み自体、文化観光以外にも、官と民の連携に多くの募集が出てきています。私の仕事もどちらかというと営業活動、まさにその案件を作っていくことがとても大切ですし、文化庁がこんなことをしている、と初めて知る方も多いかもしれません。

 文化庁が後ろ盾となってビジネス、儲けではなく皆さんが喜んでくれたら、という立場なのが行政の良いところ。だからひとつひとつ、僕らだけでは力になり切れないところを、コラボで協力してくれるのでしたらすごくうれしいので、どんどん手を挙げていただきたいと思います」

新たな感動と共感を呼ぶ成功事例とリ・コンストラクションツーリズム

――文化観光推進の成功事例にはどんなものが?

丸岡「名古屋の徳川美術館さんは、コロナ禍で大変な状況に陥っていたんですが、それを乗り越えるために、ご自身でもすごく努力されていた。入館料を多くもらうだけでは続けていけないので、場所としての利用機会を増やしたんです。

 閉館後のナイトタイム利用を検討した際に、外部に丸投げすることも簡単だけど、自前ならどうなのか。それを本気で行ってみて初めて、運営や集客の大変さ、難しさを理解された。さらに1回、2回と回を重ねるうちに、京都などでユニークベニュー(その会場本来の用途とは異なる利用)開発をされている方が伴走支援で入れられました。

 そうする中で、比較的リーズナブルにできるノウハウを知ったり、こう光を当てたら美しく見えるから、それでお客様の気持ちを高めていこうといったディレクション、演出のアドバイスを得られたりですね。

 美術館には美意識はあっても、動的な美意識まではなかなか持ち切れないので、文化庁として応援者をつけて伴走支援させていただいた。そのノウハウがどんどん取り入れられて魅力を増していったんです」

――徳川美術館は玉置も大好きです。尾張徳川家代々のすばらしい所蔵品があるのに、その魅力があまり外に伝わっていないですよね

丸岡「徳川美術館は、新たなファンを獲得して持続させていくために、クラウドファンディングで資金を集め、さらに『文化観光推進法』に基づく拠点計画に認定されたことも弾みとして、新たな楽しみ方を模索しました。そして普段は閉まっている夜間帯の活用策で、ナイトミュージアムを実施して成功したんです。事務方のスタッフが美術館の活用を本気で考えた結果で、学芸員の方もすごく生き生きとされていました」

――とてもいいことですね

丸岡「あとは情報発信の仕方ですね。具体的なディレクションの例で言いますと、美術品の写真は、ただ全体が見えるように撮ってしまうことが多いですよね。本当はこの部分の滑らかさ、ディテールが美しいのに、そこには光が当たっていない。だから民間的なディレクションと、いいカメラマンを入れさせていただき、その魅力的な部分をクローズアップした写真を撮る。そういったことは内側からは気付きにくいですから。その最初のアクセルを官民連携によって実現させていくのが面白かったですね。

 徳川美術館の所蔵品は、もともと購入したものではなく、代々大切にしてきたこの家の持ち物です。着物や足袋、鎧などが保存状態の良いままで残っています。100年前のものをここまで大事に残すには、どれだけの努力があったかということが、より伝わるような写真を撮ることも大切です」

徳川家康が着用した「花色日の丸威胴丸具足」。右が対象の魅力をより引き出すように撮影されたもの(写真右=渞忠之

徳川家康、徳川吉通(尾張家4代)が着用した重要文化財
「紫地葵紋付葵の葉文辻ケ花染羽織」(写真=渞忠之

――他にも「シン・熊本城」のプロジェクトも興味深いですね

丸岡「実は熊本城の復旧には、あと約30年かかる見込みです。2016年の震災直後には多くの寄付が集まりましたが、今後、震災復興として30年間も支援し続けられるかどうかが課題となっています。

 もちろん多くの観光客にお越しいただいていますが、コロナ禍で収益性が下がってしまったり、守るだけでなく生かしていく必要もある。ではどうすればいいか?と、まず事業として行っているひとつが、文化財の修復・復興過程を観光コンテンツ化する『リ・コンストラクションツーリズム』です。

 熊本城で現役の石工さんが目の前で作業している。これは修復中でなければ見られない風景でもあります。石工の技術は数百年前から続いているけれど、それを間近で見学するという特別な体験を演出できます。石工さんにとっても、仕事がある30年の間に弟子を取って、しっかり育成していくこともできると。

 新しい文化体験で言うと、熊本城だけを見て帰るのではなく、周辺の細川家の文化財見学との回遊性を生むこともできる。ただ『楽しかった』で終わるレジャーではなくて、この文化財の支え手にもなれる、という感覚を持ってもらって新たな共感者を増やしていければ。

 さらに今、文化庁と熊本市で話を進めている次のプロジェクトもありますが、実証実験を行ってみたところ、上手くいっています。でも文化財は活用する際に、条例というハードルもあるんですよね」

石垣の修復風景も観光資源のひとつと見なす。ナイスな着眼点だ

――文化財については、なかなか皆さん意識が変わらないですよね

丸岡「活用といっても何が良くて何がダメなのかを知らずに、土足で踏み込んでしまうところもあります。まるで畳部屋に靴のまま上がってきた外国人みたいに。なので、もう一度皆できちんと話そうよと。何でもかんでも禁止ではなくて、条例を理解してくれる人にはOKにする部分もありますし。

 二条城などがかなり上手にされているんですけど、そういうモデルケースを熊本城でもやりたい。どうすれば上手くルールメイキングや変わったデザインができるのかと今、議論しているところです」

――熊本城は、通路から修復中の部分がすごく見やすいですね

丸岡「そうなんです。また、そこは文化財でもないので飲食提供してもいいですか? と持ちかけたら『そんな発想はなかった』みたいになるんですよ。熊本城広場でも民間行事が解禁されたのですけれど、何かやりたいと言われても『やれない』ではなくて、どうしたらできるのかと考える。

 これは官民両方の知見がないと難しい。だから何をどこまで許可できるかを、関係者が膝を突き合わせて話すことが必要ですけど、そもそも、お互いに信頼関係がないと無理なことですよね」

――お城といえば、愛媛県の大洲城天守閣の宿泊も話題になりました

丸岡「1人1泊100万円で泊まれるというプランで、もう30件以上の実績があります。収益が平均160万円ほどで、その売上の10%を大洲市に還元させていくモデルです。こういう事業を行って全部地域に還元される、そのプロセスを可視化していくことが大事なんです。

 文化資源の活用・還元の点では、カナダの宿などが提唱している『エコノミック・ニュートリション』という“経済の成分分析表”があります。要は、どこにどのくらいのお金が行ったのか、それを全部公表しますよ、というものです。すごく良い仕組みだと思うので、今後ぜひやっていきたいですね」

 年間250日も全国を飛び回って、文化庁、地元の行政と文化保全の担い手という現場のコミュニケーションを調整していく文化観光推進コーディネーターの丸岡さん。どんなプロジェクトでも、結局は“人と人”の関係と相互理解が成功の秘訣だ。ちょっとした誤解や先入観のために、大切な日本の伝統文化のプロモーションができないのはもったいない。官民双方の心情を理解する丸岡さんが、語り部として日本中を駆け回り“人と人”をつなぐことによって、新たな文化観光の可能性がさらに広がっていくだろう。

丸岡直樹(まるおか・なおき)●1992年生まれ、アメリカ・ニューヨーク市出身。東京大学在学中に、教育系NPO「カタリバ」で学生職員(インターン)を経験し、高校生のキャリア開発支援に従事。大学卒業後は、歴史的建造物の利活用に取り組む「バリューマネジメント株式会社」で、石川県の宿泊施設の現場責任者、宿泊事業のマーケティング責任者を経験後、観光庁に出向。現在は文化庁に出向し、文化観光推進コーディネーターとして文化観光振興推進のため、全国を飛び回りながら官民連携の強化に尽力している。座右の銘は「日日是好日」

聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)●1961年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・戦略推進室、エリアLOVEウォーカー総編集長。その他、国際大学GLOCOM客員研究員、一般社団法人メタ観光推進機構理事など。座右の銘は「さよならだけが人生だ」。近況は 「メタ観光推進機構の理事としては、文化観光は重要なファクターで、観光地のバックグラウンドでもあり、目に見えている観光と文化が組み合わされることでワクワクがグッと増すこともある。そういうわけで、香川県の本島から岐阜県の中津川、下呂温泉から名古屋城や徳川美術館まで飛び回る毎日で、文化というフィルターの重要性を日々感じている」

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