エリアLOVEウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」 第28回

日常のモヤモヤをみんなのワクワクに! 新たな起業家を続々生み出す注目の佐賀流DX・スタートアップ支援とは?

文●土信田玲子/ASCII

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 DX(デジタルトランスフォーメーション)推進やスタートアップ(起業)の支援で注目を浴びている自治体がある。それは今年の「九州ニュービジネス大賞」を席巻し、スタートアップの聖地と化した佐賀県だ。では、なぜ佐賀なのか? 都会でもなく人口密度も高くない、田舎だからこそ可能な大胆な施策。さらに異業種コミュニケーションや独自の支援システムと成功事例、今後の目標について、佐賀県庁の産業DX・スタートアップ総括監の北村和人氏に、エリアLOVEウォーカー総編集長の玉置泰紀が聞いた。

今回のチャレンジャー/佐賀県産業労働部 産業DX・スタートアップ総括監 北村和人

DXとスタートアップを一緒に支援するメリット

 ――この産業DX・スタートアップ推進グループが生まれた経緯を

北村「もともと新産業・基礎科学課という部署があり、スタートアップ・経営革新支援担当という係で創業支援やIT産業の振興をやっていました。その後、時代の流れとともに仕事の内容も高度化、政策課題としての重要度も増し、2020年にDX・スタートアップ推進室に。独立した室を設けることで、課と同等の権限を持って機動的に動けるようにしたわけです。

 そして今年4月から、産業DX・スタートアップ推進グループとなりました。グループは部長の直下で、部内横断的な仕事をしています」

産業DX・スタートアップ推進グループのミッション、ビジョン、バリューなど

 ――DXは既存事業の変革で、スタートアップは新しい企業を生み出すこと。一緒になっているのは珍しい

北村「デジタルとスタートアップは、省庁や他の自治体では普通、分けているんです。ターゲットも違いますからね。でも、役所には『両方とも新しく出てきた、何だかよく分からないモノだから、それが分かりそうな者にやらせとけ』といった風土でもあるのか、ウチの県では一貫して同じ部署でやっています。

 たまたま私が、この両方をずっとやってきたから一緒になっているだけで、他の自治体ならそれぞれに詳しい人がいて、別々にやっているところが多いです。けれど佐賀県は規模が小さいし、そんなに人もいないから、ということじゃないでしょうか」

――結果的には、DXとスタートアップを一緒にしたメリットがあったんじゃないですか

北村「最近、そういうケースも出てきています。例えば、昨年のスタートアップで、スーパーマーケットのモバイルオーダーのプラットフォームを、ビジネスにしたいという方がいたんです。
 スタートアップの側では、個別指導プログラムでビジネスプランを磨き、DXの側ではDX人材の育成講座で4か月間、ノーコードスキルをバッチリ学んで、ご本人自身がプロトタイプを作られました。結果、1年前はアイディア段階だったのが、半年ぐらいで実証事業を始められたんです。やっぱり両方一緒に進めるメリットはありますね」

――推進グループには、ある程度の裁量権が認められている?

北村「フィールド自体が新しいものなので、役所組織として馴染みがなく『任せられている』面はありますね。ただ、だからといって『何でも好き放題』ではなくて、『任せられるに足る説明と信頼』が前提です。成果を上げ、一定のプレゼンスを確立していく。だから任せてもらえる、そういう関係というか」

 ――ビジネス振興である以上、民間のお金が回った方が経済としては健全ですが、佐賀県の場合は?

北村「都会に比べると地銀を始め、民間の動きが弱いというのは厳然とした事実です。

 それでは、ただ補助金を出せばいいかというと、そうでもないと思っています。『強いビジネス』を育てるに当たって、補助金は『補助があるからやる、なくなったらやらない』という依存に陥る懸念も大きいし、税金である以上『補助を受けた以上はやめられない、変えられない』といった硬直化を招くこともありますから。

 なのでスタートアップにしろ、DXにしろ、ストレートな補助金はあんまりやっていません。例えば、ビジネスプランコンテストで優秀賞を獲った人に、ふるさと納税でお金を集める機会を提供して『自分で集める努力をしてくださいね』というようなものとか。

 あるいは‟佐賀県版マネーの虎‟と呼んでいますが、『Startup Launch』という補助事業があって毎年、個別指導プログラムに採択された15~20人ほどに挑戦権を与え、上位3人だけに最大500万円の補助金を交付しています。つまり、競ってチャンスをつかむ経験をしてもらう。

 どちらかというと、ビジネスの中身をきちんと磨くことの方が大事で、スタートアップの方では、フェーズに応じた5本の個別指導プログラムを設けて、DXの方でも伴走支援の仕組みを取り入れています。ここまでやっている自治体は、他にないかもしれないですね」

個別指導プログラムのひとつ「Startup Boost」での起業家の指導風景

――まさしくマネーの虎! やりがいがありますね

北村「ウチは、お金はあまり出さないけど、口と手は結構出すんですよ。ビジョンやビジネスの中身をしっかり作っていき、最終的にお金は民間から調達できるようになってくださいね、という流れを大事にしています。

 その一方で、イベントや講演などでは『役所が旗振り役をしているのに、民間企業や銀行さんには企業や起業家支援への動きがないですよね?』と、ずっと言ってきました。そのせいか、この1年ぐらいでしょうか、民間の経営者の方が起業支援団体を作ったり、地元の銀行でも、組織や体制を見直したりといった動きが出てきました」

 ――素晴らしい成果ですよ

北村「エコシステム(連携協業による共存共栄)は、役所だけじゃなくて民間が動いてこそ、です。ビジネス振興なんて最終的には民が当事者ですし、役所だけでやっていても、役人の胸先三寸で急に終わってしまうなど持続可能性に乏しい。そういうことを訴えてきて旗を振り続け、ようやく最近、動き出しつつあるかなと」

最新技術を学べるプログラムやその道のプロによる個別指導

――DX支援の取り組みについて教えてください

北村「DXの方では企業のDX支援のため、2018年に開設した『産業スマート化センター』を核に、個別相談やマッチング、セミナーなどを行っています。また昨年からは、年間1,000社を訪問する『DXコミュニケータ』や、このうち20社をハンズオンで長期支援する『DXアクセラレータ』という仕組みも取り入れました。

 その一方、DXの担い手育成にはふたつの講座を設けています。このうち『Smart Samurai』は、プログラミング人材の育成を行っていて、特に佐賀のような地方では昨今、AIや機械学習で注目されている『Python』を学べる専門学校などがあまりないので、学べる機会を提供しています。

 また『Smart Ninja』は、社内DXリーダーを育成する講座で、ノーコードなどプログラミングをせずにアプリ開発ができるツールや、経理や会計、タスク管理などに使えるクラウドサービスを学ぶ機会を同様に提供しています。

 Samuraiはプログラミングという刀一本で、またNinjaは七つ道具として、いろいろなサービスやツールを駆使しながら、このデジタルの乱世を乗り切ってほしい、という思いを込めています。

 さらに日進月歩の世界ですから、これらの講座の受講後も知識やスキルをアップデートしないといけないし、皆で励まして高め合っていくのも必要だよね、ということで民間ベースのコミュニティ活動を支援するのが『Smart Community』です」

「SAGA Smart Samurai」の受講希望者向け説明会には、さまざまな層の応募者が訪れる

――産業DX・スタートアップ推進グループと産業スマート化センターとの関係は?

北村「委託運営です。佐賀銀行と佐賀電算センターとEWM、つまり銀行、システム系の会社とウェブ系の会社がJV(ジョイントベンチャー)を組んでいて、理想的な枠組みです」

「デジタルを佐賀のビジネスの常識に」(産業DXへの取組)

――スタートアップでは「個別指導プログラム」を中心に取り組んでいるということでしたが、その内容は?

北村「佐賀の場合、人口も経済も小さいので、企業や起業家の数では都会にかないません。でも、それを逆手に取ると『有望な起業家を早めに掘り起こし、時間をかけてじっくり育てる』ことが可能なんです。そこで個別指導プログラムというわけですが、起業家の課題やフェーズに応じて数か月間、専門家が伴走支援を行い、ビジネスのブラッシュアップや事業拡大への機会を提供します。

 具体的には『Startup Gateway』がビジネス創出、『Stratup Boost』が資金調達、『Startup Connect』がビジネスマッチングをテーマとしています。さらに、今年からふたつ増えて『Startup Promote』がプロモーション、『Startup Assign』はチーム形成と人材確保を支援します。それぞれごとに『その道のプロ』といえる投資家や起業家、コンサルタントなどに事業を受託いただいているんです。

 こういう自治体はあまりないのか、最近は他の自治体からの問い合わせも増えてきました。国でもスタートアップへの注目が高まる中、何かやろうかやるまいか? 迷っているところが多いみたいですね。

 もちろん『だったら補助金出しちゃえ』というのもあるとは思うし、補助金行政は役所にとって『やっています』と見せられる、簡単で分かりやすい‟アリバイ‟としてはいいのかもしれませんけど…。でも、お金を流せばビジネスが育つか? といえば育たないですよね。お金を流すにしても、その前にビジネスをきちんと育てることが大事です。

 もっとも佐賀の場合は、案件数が多くないから個にフォーカスしやすい、という要因もあります。これを都会でやっちゃうと、ウチよりは数倍多くの手が挙がってきて、すると役所ですから、どうしても公平性かれこれの理由で『ひとつを拾うこと』に対して、いろいろ支障が出てきやすい。けれども、佐賀の規模でこのぐらいのプログラムがあれば、やりたい人はほぼ、どこかに手を挙げられるんじゃないかな」

「佐賀から世界を目指せる起業環境を」(スタートアップへの取組)

 ――資金調達で言えば、クラウドファンディングやベンチャーキャピタル投資についての取り組みもあるようですね

北村「県内の企業や起業家の資金調達を支援する企業などと『ファンドレーザー協定』というのを結んでいて、今、30社ぐらいです。

 さっきのふるさと納税や、マネーの虎の次のステップとしてなんですが、ビジネスになっていったら民間から資金を調達すべきですよね。でも、地方だと都会と違って、ビジネスをサポートするコンサルタントとか、士業、金融機関が少ない。どうしてもマーケットが大きな都会の方が、こうした事業も商売になりやすいので。そうすると調達しようにも、どうしたらいいのか分からない、誰にも助けてもらえないという状況が出てきます。

 なので、そのサポート役になってくれる県内、県外の企業や団体に対して『佐賀県内の起業家の資金調達を支援したい人は協定を結んでくださいね、調達に成功したら成功報酬を出しますので』という形でやっています」

 ――すごいインセンティブ!他の自治体ではやっていないのですか?

北村「成功報酬だから、その年にいくら掛かるかは予め分からない、というのがひとつの壁のようです。『予算が余ったりすると、翌年は減らされるから踏み込みにくい』と、他の自治体の方からはよくお聞きします。ただウチは、そこは割り切っていて『昨年はそれだけお金が必要だったけど、今年はまた別ですよね』という言い方をしまして…」

――余ったお金を無理に使い切るより絶対いい

北村「民間で考えたら普通のことですよね。そこが、なぜかウチはともかくも、普通の役所は感覚が違うらしいんですよ」

「Startup Gateway」コミュニティイベントでの起業家によるピッチ風景

徹底したブラッシュアップと指導で成功をつかんだ事例

――先ほどのファンドレーザー協定の取り組みは、令和2年度に「全国知事会先進政策バンク商工労働部門」で第1位に輝きました

北村「エントリーはしていたんですけど、まさか賞を頂戴できるとは思っていませんでした。でもこれをきっかけに、弘前大学の研究者の方が興味を持って、この何年か調査研究をしていただき、いくつか論文も書かれています。昨秋、私も弘前大学内の学会でお話をさせていただきました」

――よい先進事例になればいいですね

北村「デジタルやスタートアップについて都市部と同じ方法では勝てませんから、手探りで『他所がしてないこと』ばっかりやっています。一定の手応えはありますが、でも同時に、やっぱり私たちも不安があるわけです。そういう中で客観的、学術的なリサーチを通じて形にしていただくことで、私たちにも気付きがあるし、貴重なご縁と思っています」

――スマート化センターの利用者数と具体的な企業の事例を教えてください

北村「利用者数は現在4000人弱です。初年度が1500人、昨年度は3800人ぐらい。つい先日、産業スマート化センターで支援をしてきた『鈴花』という明治創業の老舗呉服店が、日本DX大賞のUX部門大賞を獲ったんです。平均年齢61歳の会社ですよ」

――それはすごい

北村「そこにすごく熱心な情報システムの担当者がいらっしゃって、とにかく熱量が高い方なんです。我々の隣の産業政策課がやっている補助事業を活用して、社内のDXの体制を整えるとともに、産業スマート化センターへの相談を契機に、Microsoftの一線級のエンジニアをご紹介、サポートを受けられています。

 やはり、そのご本人も、あるいは『鈴花』という会社としても、何かモヤモヤがあったんだと思うんです。そういったものを持ち込めばモノになる、そのひとつがスマート化センターという場だったのかなと。『旗を立てること』って大事なんですよね。

 そもそも人口など絶対数が少ないので、数としては目立たないけど、田舎にもイノベーティブな人がいないわけじゃない。だから、旗を立てて事例を集めて機会を提供して、それがまた新たな人たちを呼び込む、そんな場や仕掛けが大切です。

 鈴花の他にも、例えば『もともと紙だらけだった事務作業を全部クラウドに置き換えて、毎日9時~5時の事務作業が、1日30分の在宅ワークで済むようになった建設業』とか、『工場を取り巻くさまざまなデータをIoTで取得・可視化して、従業員みんなで議論するような風土を作った製造業』など、いろんな事例が生まれています。そのそれぞれに『キーパーソン』や『思い』があって、スマート化センターのサイトの『事例コラム』というページにまとめています」

産業スマート化センター事例発表会にて。「鈴花」は、従業員も顧客も平均年齢が60代にも関わらず、DXに内製化で取り組み、アプリやLINEで新たな顧客体験を提供。きもの保管サービスの新規事業まで行ったことが高く評価された

――もう一方のスタートアップの事例は?

北村「例えば、今年の九州ニュービジネス大賞で奨励賞を獲った『Dessun(デッサン)』という会社があります。ご本人は、実は佐賀にゆかりはないけど子育てがしやすそうな県だから、と移住された方。事業内容としては、一方では企業の顧問や伴走支援をされていて、もともと人材系の会社にお勤めでしたので、そういった分野が非常に得意なようで、県外からも引き合いがあると聞いています。

 そうした基盤の上で、ご自身もスタートアップにチャレンジしたいということで、もともと子育てに関心がある方でしたから、最初は企業から寄付を募って、子育て世帯にオムツを配布するというサービスで『Startup Gateway』などにエントリーされました。でも個別指導を通じて、それよりもっと大きな、中小企業がSDGsを始めとした経営課題の解決のために、NPOとタイアップする『TIE UP PROMOTION』というプラットフォームビジネスに行き着き、ビジネスモデル特許も取得しています」

――アイディアがずいぶん大きく膨らんだ

北村「存在自体がSDGs的なものとして、世の中にはNPOがありますけど、どこも活動資金に困っています。そのNPOの活動を資金的にサポートすることが、中小企業にとってのSDGs活動になる新しいスタイルが生み出せるんじゃないか、というプラットフォームです。

 このビジネスでいくつかのアワードを受賞し、資金調達もして、今もサイトを改修したり、サービスデザインをブラッシュアップしています。今後も伸びると思います」

――投資家53名で940万円調達したとか

北村「地方の起業家が、普通は都会に集まっているベンチャーキャピタルに出会うのはなかなか難しいんですが、最近は投資型クラウドファンディングという手法があります。インターネットを通じて、多数の投資家から少額ずつ資金を調達する方法ですね。先ほどご紹介したファンドレーザー協定の協定締結先にもなっていて、Dessunの調達はその成果のひとつです」

 ――新しい産業や可能性に佐賀県が実際に関与して実現するのがいいですね

北村「あと、最近面白いなと思っているのが『土壌診断用バイオセンサー研究会』という会社です。起業したのは、もともと『サカタのタネ』に勤めていた研究者なんですよ。

 作物を育てるのにその土壌が適しているかを診断するんですが、これ、普通に研究機関に頼むと1か所で3万円ぐらい掛かるので、一般の農家には手が出せません。なので『農家にとって、栽培に必要な最低限の土の診断をもっと簡素にやれば、10分の1ぐらいの費用で提供できるはず』として、その研究者の方が在職中に特許を取った。でも『サカタのタネ』では残念ながら事業化を断念されたそうで、退職後に会社を立ち上げたんです。

 もっとも、元が研究者の方ですからビジネスについてはゼロからで、最初はいろいろとダメ出ししながらでしたけど、どんどん新しいことを吸収されて、サイトを作り、サービスデザインも整えていった。売上も伸びていると聞いています。

 これ、いわゆる破壊的イノベーションですよね。私は、しばしば講演などで『回転寿司は寿司の民主化である』といったこと、つまり、もともと高級品だけだった市場に、安価だがユーザーが求める必要最低限のクオリティを備えたものを持ち込むことで、多くのお客がそちらに雪崩を打って流れ込む、といった話をすることがあります。それと同じことを土壌診断でやろうとしているわけです」

旗振り効果と異業種交流でイノベーションを活性化

――佐賀では北村さんたちが現場の風通しをよくして、いろんなチャレンジをどんどん進めているから、“モヤモヤをワクワクに”するイノベーションの動きも加速している

北村「やはり、まずは『旗を立てること』なんです。田舎は人口が少ないので起業家の数も多くない。世の中に問題意識を持って、何か新しいことをやりたいと思う人が都会と同じ割合でいたとしても、数が少ないので孤立しちゃうんですよ。

 だから旗を立てて『ここに来たらいいよ』と教えてあげることで、周囲にも同じような人がいるんだと知ってもらえるし、お互いが支え合う、励まし合う関係もできてくる。

 今年の九州ニュービジネス協議会で、大賞受賞者6名のうち3名が佐賀の方だったんですが、受賞者の方たちが同じ佐賀の起業家と賞が獲れてよかった、刺激を受けているという話をしていました。旗を立てて場を作り、そこに集まった人々が、お互いいろいろと刺激し合うことで変わっていく。それが一度回り出すと、後は結構いい感じになっていくんです」

第20回九州ニュービジネス大賞で賞を受賞した佐賀県の起業家たち(写真左からDessun・高橋氏、すみなす・西村氏、Retocos・三田氏)

――人口が少ないから、同じフィールドで異業種の人もみんな顔が見えるし、つながれる

北村「都会の役人さんが誰と飲みに行くかというと、だいたい役人ですよね。同業同士で飲んだところで、イノベーションは起こらない。

 ウチでは、5月末の懇親会に80人ほど来たんですけど、ほぼバラバラな属性でした。人が多すぎない分、自然と異なった属性の人たちが集まる。だから、そこにはいろんな刺激や気付きがあるし、一番役得なのは実は私たち自身かもしれない。最近は本当に、イベントも飲み会も大勢来てくれてありがたい話です」

 ――バックグラウンドが違う人たちが集まる

北村「東京から移住してきた人もいれば、学生ベンチャーもいるし、オーガニックコスメで離島の経済再生にチャレンジしている人。そして障害者アートに取り組んでいる人、知育ボードゲームの世界展開をもくろんでいる人など、いろんな人が集まります。そうすると、お互いにないものを持っていて刺激を受ける。これまで、都会は人が多いから多様性があって、イノベーションが生まれると言われてきましたけど、逆に都会だと人が多すぎて、かえって同質的なセグメントで分断されがちです。

 その点、田舎は何をやろうにも、異質な人たちと一緒じゃないと何ひとつできないので、必然的に多様な人たちが集う場ができやすい。地方の可能性は、まさにここにあるんじゃないかと」

――セミナーやイベント、交流会はどのくらいの頻度で?

北村「デジタルの方は、産業スマート化センターが交流会を年2回、セミナーを月1ぐらいで行っていますね。スタートアップの方では、年度の半ばにキックオフイベント、年度末にDEMODAY、月1ぐらいでコミュニティイベントや、ワークショップを行ったりします。最近はイベントがすごく多くて、飲み会貧乏になりそうですよ。イベントの後は飲み会ですからね。

 デジタルとスタートアップのセグメントはちょっと違うので、先ほどの5月末の飲み会で試しに混ぜてみたんですが、興味深かったですよ。起業家は基本的に、みんな立って歩いて話している一方、デジタルの方は会社勤めの人がほとんどなので、みんな座っていて。いずれも賑やかだったけど、組織に属して仕事している人たちと、組織をはみ出した人たちは何か違います。

 これってどっちがいい悪いじゃなくて、組織の中にいる人たちには組織を飛び出してイノベーティブになってほしい。他方、組織をはみ出している人たちも、いずれ事業を大きくしていくには人や組織の動かし方を学ぶ必要がある。なのでお互いがお互いを学ぶと、また面白いことになるはず。

 だから今年から、ちょっとそこを意識して、この後も何回かイベントを仕掛けていこうかと思っています」

2023年5月31日に行われたDXおよびスタートアップの合同懇親会(写真手前側がDX関係者、奥側がスタートアップ関係者)

 ――エリアが一体になっている強さもある。都会だとジャンルごとに小さい塊になると

北村「多すぎない、少なすぎないぐらいの規模だからこそ、今のようになっているのかもしれませんね」

 ――福岡在住時に佐賀にはよく行っていて、その頃から感じていたんですが、佐賀は可処分所得が高いですよね。皆さん、結構豊かな暮らしをしている

北村「もうずいぶん昔、東京のシンクタンクにいた頃に、そこの理事を『呼子のイカ』にお連れした際、同じことを言われましたね。つまり、『確かに額面の収入は低いかもしれないが生活コストも安いので、食や住の部分では都会より、ずいぶん豊かに見える』と。だから、どこかでは満ち足りてしまっていて、そこから先の欲がないところがあるんですよ。

 最近では東京や福岡など、都会からもスタートアップの提案をしに来るんですが、中には『もうこれで3回目ですよ?』のような人もいる。行き過ぎるとよくないけど佐賀の人にも、もう少しそういう欲があってもいいかもしれない。

 そういう中で県外で賞を獲ったり、大手と取引を始めたりする人がもっと出てくると、『自分も何かできるんじゃね?』と思う人たちも増えてくるかな、と期待しています」

 ――北村さんが旗を立てたおかげで、だんだん火が着きつつある

北村「本当に今そうなってきたな、という手応えはあります」 

――もともと佐賀はポテンシャルがすごく高い。幕末の鍋島藩が維新を引っ張っていたように先端的な産業、DXやスタートアップも熱く盛り上がりそう

北村「県民性でいうと反骨精神ですかね。表向きは極めて従順にしていながらも、その裏側では、案外『何くそ!』という気持ちを秘めているような。私がこんな片田舎で、こんなことをやっているのも、まさにそういうことも根っこにあります」

2023年7月18日に行われた起業家らの交流会「SAGA MIX NUTS BAR」にも、多彩な人が集まった

既存の枠に囚われない考えは海苔漁家経営への疑問から

――地元の佐賀出身で、新卒で入庁した北村さんは、これまで水産業の振興や医療政策、教育関連など、いろんなことを手掛けていますね

北村「最初に入庁した時は、海苔養殖の協業化をやりました。当時の海苔屋さんって家1軒分ぐらいする機械を、各々の家で買っていたんですよね。経営的に、どう考えても大変なはずなんですけど。

 でも、デフレの世の中でそうもいかなくなったので、一国一城の主たちでもまとまって経営しませんか、と提案しまして。なかなか大変でしたけど、かなりの割合でそういう協業体制に移行していると思います」

 ――結構しんどい交渉もあったんじゃないですか

北村「そうですね、あの時は本当に。実は、私の家の近所も海苔漁家が数戸あったので、小学生の頃からどうして皆が、それぞれそんなバカ高い機械を買うのか? が不思議でしょうがなかったんです。

 面接の時に、その話をしたら水産局に採用されました。自分が言ったことに、せっかく機会をいただいた以上は何か形にしないと。そうして補助金も含めてやるわけですけど、お金だけ流しても、いいものにはならない。

 例えば、海苔漁家何戸ぐらいが集まって、どのぐらいの規模の機械を買えば効率的だといったシミュレーションを行い、その体制構築のマニュアルを準備し、これに基づいた話し合いを1年間してから始めてくださいね、みたいな枠組みを作りました」

 ――そういう合理化や前例に囚われない姿勢が、今につながる

北村「最初にあのような仕事ができたのは、すごくよかったなと思っています。役人は基本的には執行機関なので、決められたことを決められた通りにやるのが、マジョリティなんですよ。

 でも今は、そういうことだけしていても価値を生み出せる時代ではないので、自分で考えて切り拓いていかなきゃいけない。でも同世代の人たちは、いわゆる役人的な仕事をきっちりやってきた人の方が多いんですよね。最初にその枠に囚われなかったのはいい経験です」

 ――でも、そんな北村さんの取り組みに、推進グループを設けて応えている県も面白い

北村「そういう意味では、器が大きい組織なのかもしれませんね」

高速高頻度コミュニケーションの時間は無駄を省いて作り出す

 ――県外のスタートアップの人たちから「佐賀って面白いじゃん」なんて反響もあるんじゃないですか

北村「個別指導のプログラムは他所にないので、ここ1、2年はエントリーの時期になると、県外からも結構応募があります。でも、ウチは基本的に本社が佐賀にある企業で、という条件でお断りするんですけど昨年度、そうしてお伝えした先のうち、福岡から2社が佐賀に拠点を移されました。誘致しようとまでは思ってなかったんですが、思わぬ成果です」

 ――DXの方は全国初の「DX推進ハブ」として、体験・相談からマッチングまで面倒を見るスマート化センターを始め、割と現実的な取り組みですね

北村「役所仕事って『打ち上げ花火をボーン!』が結構多いんですけど、私はあまりそういうのが好きじゃなくて。デジタルもスタートアップも継続的に追い掛けて、きちんと成果につながったのかどうかも見届けます。数が多くないので、逆にコミュニケーションが取りやすいんですよね。

 支援対象の起業家や企業、あるいはその事業をアウトソースしている先とは、基本的にSlackやメッセンジャーでやり取りしているので、ウチが何かしたことへの反応がリアルタイムで返ってくるんです。

 普通の役所だったら毎年、予算要求の時期にするようなことをほぼ毎日している感じ。こんなイベントを企画していますが、どう思いますか?と聞いたら、少し内容をこういうふうにしてはどうでしょう、と提案いただいたり。それが頻繁にあるので確度が上がるんですよね」

産業スマート化センターへの県外自治体からの視察風景。開設5年を経てもなお、月1~2回のペースで視察が行われる

 ――コミュニケーションの時間はどう捻出するんですか

北村「チームマネジメントの部分では、ウチのグループはほぼ治外法権(笑)ですね。ほとんど役所の慣習には沿ってない仕事の進め方をしていますので。ステークホルダーとのコミュニケーションの話も然りで、他の役所はおろか、佐賀県庁の他の部署もそんなことはやってないけど、ウチはやる。

 その時間を生み出すために仕事の進め方を変えている、という面が大きいです。例えば、普通は何かの案件があったら、担当者がまず受けて、係長さん、副課長さん、課長さん、副部長さん、部長さんへとエスカレーションをやるんですが、ウチはそれ、やりません。ステップごとに、同じことに同じだけ時間を掛ける分、非効率ですから。

 私も含めて案件があったら、みんなで平場に晒し、その上で最初からこの案件は彼でいいよねとか、この案件は私が取らなきゃいけない、というやり方です。そうすることで時間が節約できて、その分を本当に価値を生み出す時間、例えばステークホルダーとのコミュニケーションに使うことができるんですよ。

 ただ、普通はみんな『そういうことはしちゃいけないんじゃないか』と思って自縄自縛に陥ったりするものなんですけど…。自分や自分の部署の働き方ぐらい、自分で決めてやってみたらいいじゃない、と思いますし、実際そのぐらいのことはできるわけで」

諦めない、物分かりは悪い方がいい! イノベーションの種はそこにもある

――北村さんは、諦めないのが大事とよくおっしゃっています。確かにイノベーションは、スラムダンクじゃないけど諦めた瞬間に終わりというのはありますよね

北村「役所の仕事もそうだけど『こんなもんだ』と思ってしまうと、もうそれで終わりなんです。『何でこんなくだらないルーティンワークが、今時残っているんだ』『でも役所の仕事だから、そんなもんだ』と思った時点で、イノベーションは起こらない。

 そこはそうじゃなくて『いや、これはどうにかすべきだし、できるはずだ』と思えるかどうか。それは日々の仕事の場面でもそうだし、日常生活の中での困りごとやら、いろんなものがあって。だから諦めないということを、ちょっと心に置いておくだけで、日常生活はイノベーションの種にあふれているんです」

――イノベーションとは、そもそもルーティンとか、諦めていたものを変えること。でも普通は、あまり角が立たないようにしてしまう

北村「物分かり良くなっちゃうんですよね。特に役所は、基本的に試験で受かった優等生が多いですし。ただウチは逆に、物分かりが悪いことが大事なことだと言っているので。

 例えば、九州ニュービジネス大賞で優秀賞を受賞した『すみなす』(前出)という会社は、障害者がきちんと暮らしていけるだけの収入を得るために、アーティストとして育てていくことを目指しているんですが、福祉の分野では最初、壁を立てられていたらしいです。

 でも、ウチには分野の境目もあまりなくて、福祉系、教育系などいろんな分野でビジネスにしようとしている人たちが来ています。

 なので『すみなす』のプランも個別指導で採択し、いろんなチャンスを提供しました。結果、今回の受賞もそうだし、県外でも拠点開設などの動きが出てきています。彼らもまた『諦めの悪い』人間ですが、ホントにそういうのは大事です」

 ――楽しそうですね

北村「いろいろな世界を見せてもらっていて、すごく恵まれています。押しが強すぎて大変だなと思った人は何人かいますけど、心底から悪い人はいない。基本的には、みんな問題意識を持って、世の中をいい方向に変えたいと思っていますから」

 ――問題意識の共有や高速高頻度のフィードバック。たくさんの人と付き合いながら継続的にやることによって得られるものはありますか

北村「あります。皆さんにいろんなものをフィードバックしていく中で、考えがまとまってくる。私自身が、自分に対しても他人に対してもそうだし、モヤモヤをワクワクにというコンセプトもそうだし。フィードバックを通じて、した方もされた方も育っていくんですね。

 私はよく『起業家やイノベーターの仕事とは、自分の問題をみんなの問題にしていくこと』だと伝えています。自分だけが問題と思っている限りは小さく終わっちゃうけど、皆に共感してもらって、ビジネスとして花開かせることができれば、世界を変えることができるかもしれない。

 そうするには、周りのいろんなバックグラウンドの人たちから、フィードバックをもらえる環境が必要です。これまで作ってきた場とかコミュニティって、そのためでもあるんです。

 私も自分の人生を振り返ってみると、いろんな選択肢がありました。学者になるとか、東京の大きい会社でいい給料もらうとか。でもそういう人生を選んでいたら、経済的には恵まれていたかもしれませんが、今の充足感は得られていなかったでしょうね」

2023年7月11日に行われた『Startup Gateway』学生向けイベントの様子

――今後の目標は?

北村「スタートアップでは形になった成果を、ひとつはしっかり作らなきゃいけない。ビジネスだから、ある程度時間は掛かるんだけど、そろそろきちんとスケールした事例を作りたいですね。IPO(新規公開株)までは難しくても数字が伴った形での事例を、です。

 デジタルの方は、今シャカリキになってやっているのが、裾野の拡大なんですよ。スマート化センターに来る人たちは面白いことをやり始めて、ただそれはもう、意欲と関心があるからですね。でも、その周囲に様子見している人たちがいて、そっちがまだまだマジョリティですから。

 ちょっとやってみたら、すごく楽になることを実感するんだろうけど、学ばなきゃいけないから、その最初の一歩を躊躇っている人が多い。だから『隣の会社はもうやってるよ』状態を作るのが一番いいんです。スマート化センターのサイトにも事例をいくつか載せて、お宅もやりませんかと。

 今は様子見している人たちが、こぞってセンターに来て、パンクしちゃって『新しい建物をはよ造らなあかんわ!』という状態にするのが次のステップ、ひとつの目標ですね」


 スタートアップやイノベーションは都会でこそ生まれるなんて、もう古い。人口が多くない、生活コストが安い、時間も安く買える田舎だからこそ、人をじっくり育てることも、密なコミュニケーションを図ることもできる。起業家も都会だと同じセグメントで分断されがちだが、田舎では異業種とも関わらないと何もできないからこそ、いい刺激を与え合える。

 DXもスタートアップも、最初の一歩を踏み出すのには勇気がいる。そこで旗を立てて「みんな集まれ!」と大きく振り回しているのが北村さんだ。「モヤモヤをワクワクに」というコンセプトのもと、お役所仕事とは思えない自由な発想と合理化、面倒見のよさで皆を引っ張りながら“世界の佐賀”を目指して一番ワクワクしているのも、北村さんだろう。

北村和人(きたむら・かずひと)●新卒で佐賀県入庁。採用部局である水産局で海苔養殖業の協業化を立ち上げ。以来、救急医療・災害医療の体制整備や学力調査を活用した学力向上・学校組織マネジメント、ふるさと納税によるNPO支援制度など各分野で新たな取り組みを手掛ける。産業労働部には10年前から在籍、IT産業の振興やデジタル技術の利活用推進、スタートアップの発掘・育成、産業人材の育成・確保などに取り組む。現在は、佐賀県産業労働部産業DX・スタートアップ総括監。また、かつての証券系シンクタンクへの派遣研修を契機に、マクロ経済学や計量経済、データサイエンスなどもたしなむ程度に。

聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)●1961年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・戦略推進室、エリアLOVEウォーカー総編集長。ほか、国際大学GLOCOM客員研究員、一般社団法人メタ観光推進機構理事など。座右の銘は「さよならだけが人生だ」。近況は「幕末維新で、佐賀、すなわち肥前藩は薩長土肥の一角として、産業革命の最前線を突っ走ったわけだが、北村さんのお話には、まさにそういった気風を感じさせてもらった。例年になく暑い夏だが、気持ちも熱く燃えようと感じた今日この頃である」。

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