デジタルには3つの製品カテゴリーがある
世界を変えたガジェットをブロックでつくるシリーズに関する2021年最後のポストは、1994年にソニーから発売された「Magic Link」(PIC-1000)だ。この端末の大きな特徴は、アップルからはみ出したように設立された米GENERAL MAGICという会社のモバイルOS「Magic Cap」で動いていたことである。
GENERAL MAGICについては、そのドキュメンタリー映画を角川アスキー総合研究所が配給してネット配信を開始したので、今年を締めくくる素材としてもピッタリだと思う。私は、その特別ネット上映会や企業やコミュニティ向けの上映会で、これに関する座談会のモデレーターなどをやらせてもらった。
「Magic Link」については、その開発に直接かかわられた鈴木直也さんのブロッグ「Good Old Bits」に詳しい。ほぼ、すべての語られるべきことが書かれているようにも思うが、同じ時期にメディアとして市場全体を見ていた立場から少しだけ書かせてもらう。
私が、編集長をつとめた『月刊アスキー』では、1994年10月号は《携帯情報端末特集》を組み、世の中がZAURUSだNewtonだというときに、このGENERAL MAGICに最も多くのページを割いた(そんな雑誌はほかにはなかった)。
その理由は、ソニーやモトローラ、NTTやAT&Tなどの大企業を巻き込んだうえに、業界初といわれるコンセプトIPOをはたしたこともあった。しかし、GENERAL MAGICの見るべきところは、当時のハードウェアでは、無謀というしかない未来を描きだす内容だったからだ。
Magic Capは、デスク(机の上)、ホール(廊下)、ダウンタウン(街)の3つの画面からなる。机の上にはPDA的なツールがあり、廊下にはアプリケーションのドアが並ぶ、そして、街にはサービスを提供する会社のビルがWebをほうふつとさせる感じで立っている。
これは、いまのモバイルOSよりもわかりやすいかもしれない。Magic Capの先進性の1つは、「Telescript」と呼ばれる現在でいうクラウドコンピューティングのためのエージェント指向言語にもあった。映画ではあまり語られていないが、いまでも業界関係者に語られることがあるほどのものである。
1996年から1997年にかけて、アスキーが日本テレビで『週刊パソコン丼』というネットデジタルの情報番組(深夜25時台)をやっていた。その1996年7月10日の放送で、Magic Linkの使い勝手のようすを番組に提供した。NTTが、Paseoというサービスを立ち上げており、翌1997年には、Magic Linkの日本語化も予定されていると紹介している。
ところが、実際に手にしたMagic Linkは、シルクハットがグルグル回るだけで返ってこない(シルクハットが待ち時間に表示されるのだ)。Magic Linkは、その価格と処理パフォーマンスの低さからまったく売れない。GENERL MAGICは、シリコンバレーでも有名な《大失敗》企業となってしまったのだった。
やがてこの会社のことはほとんど忘れさられることになるが、スマートフォンが我々の生活や社会を大きく変えるようになると1つのことが噂されるようになる。
アップルでiPodやiPhoneを作ったトニー・ファデル、グーグルのAndroidを作ったアンディ・ルービンの2人ともが、若い頃にGENERAL MAGICに在籍。この2人以外にもいまのデジタル業界で活躍している人物の何人もが、そのスマートフォンの原型というべき端末の開発にかかわっていたのだった。
デジタルには、《道具》として使い潰す製品、新しい市場を作り出す《イノベーション》、あたまでっかちな《実験》としか思えない製品、という3つのカテゴリーがあるのだ。実のところ、3つ目にあたる製品やサービスはシリコンバレーとハイテクの世界ではありふれている。
その3つ目の1つが、GENERAL MAGICのプロジェクトというわけだが、それは、ただの実験には終わらなかった。スマートフォンをはじめとして、我々にあまりにも多くのものをもたらしてくれていたからだ。このことは、我々に何を教えてくれているのか?
映画の中で、GENERAL MAGICのあとグーグル副社長をつとめ、さらにオバマ政権のCTOを勤めたミーガン・スミスさんの言葉が印象的だ。彼女は、アップルジャパンに在籍したことがあるそうで、いわば我々の地続きのところにいたわけなのだが(私の雑誌も知っていた!)。そんな彼女が、次のようなことを語っていたと思う。
「私は、魔法はどこにでもあると考えたい。魔法は誰の中にもある。それをどうやって引っぱり出して、やりたいことのできる才能とするかが問題なのです」
日本のデジタルは、米国や中国にくらべて遅れたという見方も外れていないのだろう。しかし、歴史は、どんなふうに動いていくか分からない。そのきっかけは、みんなの中にあるというわけだ。20年前にいまのスマホが世界中に溢れていてドローンやRapsberry Piや機械学習が活躍する姿を予測した人は、ほぼいないのだ。
ブロックdeガジェットの29回は、GENERAL MAGICのOSを搭載したソニーの「Magic Link」(PIC-1000)を作る。動画では、もう少しストレートにGENERAL MAGICとMagic Linkを語っています。色の再現がもうひとつに見えるが、記憶ではこの色なのだ。NTTとソニーが新聞広告などで募集した一般モニターに応募したが、落選したのを思い出した。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/z9LstaCluDo
■再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
■ Good Old Bits:https://goodoldbits.wordpress.com/
■ 映画『GENERAL MAGIC』公式サイト:https://general-magic.jp/
■ 「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
Twitter:@hortense667この連載の記事
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