SAPジャパンがSignavioソリューションをSAP製品として販売開始、その狙いを読み解く
SAP、拡大するビジネスプロセスマイニング市場に本格参入へ
2021年11月04日 07時00分更新
SAPジャパンは2021年10月27日、3月に買収を完了した独Signavio(シグナビオ)の技術をコアにした製品群「SAP Business Process Intelligence」のコンセプトおよびロードマップを説明するプレスセミナーを開催した。
日本ではまだ耳にする機会が少ない“プロセスマイニング”(SAPは“BPI=ビジネスプロセスインテリジェンス”と呼ぶ)というキーワードだが、グローバルではデジタルトランスフォーメーション(DX)の成功に大きく貢献するソリューションとして、ここ1、2で年急激に導入が進んでいる。本稿ではプレスセミナーの内容をもとに、SAPのプロセスマイニング/BPI戦略を紹介する。
「SAP Intelligent Enterprise」実現のうえでの「最重要オファリング」
SAPのBPI戦略を説明する前に、簡単にプロセスマイニングというトレンドについて触れておく。端的に言ってしまえば、プロセスマイニングとは業務プロセスにある“ボトルネック”、つまりビジネスがうまくいかない原因と理由をすばやく特定し、改善を図るための一連の手法を指す。“マイニング”という単語が含まれていることからわかる通り、プロセスマイニングでは業務システムのログデータに対して高度なアルゴリズムを適用し、ビジネスプロセスのパターンやプロセスの相関関係を可視化してボトルネックを特定、品質改善やコスト削減、業務時間の短縮などにつなげていく。
これまでのビジネスプロセスマネジメント(BPM)と大きく異なるのは、プロセスマイニングではビジネスプロセスを“動的”な存在として捉えている点だ。刻々と変化するビジネスプロセスをリアルタイムに可視化し、過去のモデルと比較することで、現状に則していない逸脱したプロセスの発見や、その発見に基づいた改善が容易になる。実際、プロセスマイニング製品の多くはリアルタイムなイベントデータを扱える点を強みにしている。プロセス管理は静的から動的へ――このトレンドの変化がプロセスマイニング市場の拡大に大きな影響を与えている。
プロセスマイニング市場でもっとも注目されているベンダとしては、ドイツ・ミュンヘンを本拠とするCelonis(セロニス)が挙げられる。2011年設立のスタートアップである同社の主な顧客はSiemensやVodafone、BP、KPMGなど欧州や米国のエンタープライズが中心で、日本でもブラザー工業や横河電機がCelonisの導入企業として知られている。2021年6月には新たに10億ドル(約1136億円)の資金を調達、現在の市場評価額は100億ドルを超えるとも言われており、IT業界の中でも急速な成長を遂げているソフトウェアベンダとして知名度が高まっている。なお、SAPも創業時のCelonisを支援してきた経緯があり、SAPユーザの中にもCelonis導入企業は少なくない(現在はSAPとCelonisのパートナー契約は終了している)。
Celonisと同様にドイツのスタートアップであるSignavioは、SAPの共同創業者であるハッソ・プラットナー氏がポツダムに設立した研究施設「ハッソ・プラットナー・インスティチュート(HPI: Hasso Plattner Institute)」の出身者によって2009年に設立された。プロセスマイニングツールとしてのSignavioは使いやすいインタフェースやカスタマイズ性、コラボレーション機能といった点で評価が高く、すでに2000を超える企業/組織が導入している。導入企業にはCoca-Cola、BBC、ドイツ銀行など、やはり欧米のエンタープライズ企業が目立つ。なお、SAP自身もSingavioを導入し、オペレーションエクセレンスの継続的な改善に努めているという。
SAPがSignavioを買収した理由について、SAPジャパン 代表取締役社長 鈴木洋史氏は「BPIの活用が顧客のDXの成功にとってきわめて重要」である点を強調する。SAPは現在、顧客の「S/4HANA」への移行をグローバルで推進するプログラム「RISE with SAP」を展開中だが、Signavio買収にともなうBPIプロダクトの統合はRISE with SAPによる顧客のビジネス変革、さらにSAPが掲げるコンセプト「SAP Intelligent Enterprise」を実現するうえでも「最重要オファリング」(鈴木社長)になるという。
SAPは5月に行われたグローバルカンファレンス「SAPPHIRE NOW」でSinnavioと既存のSAPのプロセスマネジメント製品との統合を発表、日本でも10月18日から正式にSignavioソリューションをSAP製品として販売を開始している。SingavioがSAP製品として組み込まれることで、SAPが提供するアプリケーション/サービスとSiginavioの接続性が大幅に強化されるほか、SAPパートナー企業によるSignavio製品の取り扱いも可能になる。なお、日本での販売体制もSAPジャパンのもとに集約されつつあり、8月17日付けで鈴木社長がシグナビオ・ジャパンの代表取締役社長を兼任する人事が発表されている。
“SAP製品として”BPIソリューションを提供することの意義
SAP製品として新たにリブランドされたSignavioソリューションは、大きく3つのスイートから構成されている。
・プロセスの定義/管理 … BPMN 2.0のフォーマットでプロセスの定義を行い、As-IsとTo-Beを比較しながらeモデル構築を支援する「SAP Singavio Process Manager」、組織を外の視点からモデル化し、カスタマージャーニーのように満足度の継続的な改善を図る「SAP Singavio Journey Modeler」
・プロセスの分析 … システムログから抽出した実行データにもとづいてマイニングを行い、プロセス実行状況の分析や改善への意思決定を支援する「SAP Singavio Process Intelligence」
・協業の促進 … IT部門と業務部門でプロセス改善案を共有し、円滑な共同作業を促進する「SAP Singavio Process Collaboration Hub」、プロセスのモデル化から承認までのワークフローをスピーディに提供し、作成したモデルの全社展開を可能にする「SAP Singavio Process Governance / Process Governance Collaborator」
さらに、S/4HANAへの移行プロセスと継続的改善に特化した「SAP Process Insights」(2021年9月リリース)、RPAやワークフロー自動化の実装をローコード/ノーコードで支援する「BPI Improvement」(既存のSAP WorkflowおよびSAP Intelligent RPAをカバー)を加えた製品群がSAPのBPIポートフォリオとなる。
前述したように、現在のSAPにとっての最大のミッションは、顧客のシステムをS/4HANAへと移行し、クラウド化を進めるとともにDXの成功を支援することだ。Singavioソリューションと既存のSAPのBPIツールを統合した新ポートフォリオは、その移行におけるボトルネック特定を容易にし、日々更新されるライブデータにもとづいた継続的なプロセス監視を可能にすることが期待される。「単なるプロセスマイニングツールではなく“SAP製品として”BPIソリューションを提供することの意義を、新しいポートフォリオを通してお客様に伝えていきたい」(SAPジャパン ソリューション統括本部 ビジネス開発部 ビジネスデベロップメント シニアスペシャリスト 森中美弥氏)。
DX成功には「ビジネスプロセスにしっかりと向き合う必要がある」
冒頭でも触れたとおり、SAPおよびSingavioはプロセスマイニングではなくBPIという表現を使っている。鈴木社長はSAPにとってのSignavioは「顧客のビジネスプロセスを再設計するためのキーファクター」であると強調するが、単にプロセスのボトルネックを発見するだけでなく、エンドツーエンドでのビジネスプロセスの継続的な変化と自動化を支援するというSAPのパーパスが込められている。
もともと、プロセスマイニングはERPやCRMといった業務アプリケーションのトランザクションデータを対象に分析を行う。したがって世界最大のERPベンダであるSAPがプロセスマイニング/BPIをポートフォリオに統合するのはごく自然な流れに思えるが、鈴木社長は「ERPに載っていないプロセスをBPIで発見し、新たにERPに載せていくようなサイクルを作りたい」と話す。ERPとBPIが融合されることで、互いの機能を高めあう相乗効果も期待できる。
「デジタルを活用してビジネスを変えていきたいという企業は日本でも増えている。だが、そのためにはビジネスプロセスにしっかりと向き合う必要がある。標準化という作業を苦手としてきた日本企業は多いが、(DXの成功には)業務の標準化は避けて通れない。BPIは標準化を進めていくという面でも活きてくるはず」――鈴木社長は日本でのBPI普及に向けてこう話す。RISE with SAPによるクラウド移行とともに、BPIによる動的なビジネスプロセスマネジメントの普及もまた、SAPジャパンの新しいミッションといえるだろう。