【前編】声優・緒方恵美さんロングインタビュー
緒方恵美さん「逃げちゃダメだ」――コロナ禍によるライブエンタメ業界の危機を語る
2021年04月24日 17時00分更新
「ライブ配信にお金を払う」を新しい習慣に
―― その後、6月6日にはクラウドファンディングという形で無観客の無料配信ライブを成立させています(緒方恵美LIVE「Hang In There, Dears!」無観客ライブ)。なぜチケット課金ではなく、クラウドファンディングにされたのでしょうか。
緒方 3月から5月までの間を見ていても、お客さんが「ライブの配信動画にお金を払う」という空気が醸成されていないと感じたからです。
まだ配信でお金をいただくという時期ではないだろうと。それでも毎年6月6日に開催していた私のバースデーライブは、お客さんも楽しみにしてくれていました。
だからスタジオから無観客で無料配信するというフォーマットは前回のままにして、代わりに“ライブのためにお金を出せる人は出していただけたらありがたい”ということで、グッズなどのリターン付きでクラウドファンディングに踏み込みました。
―― クラウドファンディングはわずか46分で目標金額の700万円を達成とニュース等で報じられました。最終的には支援総額1200万円以上になりました(【緒方恵美】「出演作アニソンカバー&エールロック」無観客ライブを、全世界無料配信)
緒方 大変ありがたかったです。
ところが、実際にライブをやってみたら、問題は金銭面に留まりませんでした。
初の無観客ライブに戸惑う「どこに目線を……」
「静まり返る現場でアップテンポの曲を演るのがキツい」
緒方 無観客配信ライブをやってみて「無観客」であることの難しさを痛感しました。
金銭面は後で詳しくお伝えするとして、まずはメンタル的に『ダメだ』と思ってしまいました。
最初の気付きは「感覚のズレ」です。私と活動しているメンバーは、ミュージシャンもPA(音響)チームもほぼ同じ。いつもはリハーサルに入れば毎日のように現場で会っていた人たちです。
ところが3月に現場がなくなり、緊急事態宣言が出てからは3月、4月と丸々2ヵ月間メンバーと会えない時期を経て、6月ライブのリハーサルに入ったんですけど、入った途端に『あれ、おかしいな?』と違和感を覚えました。
ベーシストが、「生ドラムに合わせてみたら、何か指が柔らかい気がする」みたいなことを言い出したり、PAチームが音を何度も確認しに来ては首を傾げたり。いつもと同じスタジオで演奏しているのに、ほんの0.1秒ほどですが、プロの職人が気づく感触の違いが出てしまう。ずっと続けていれば問題なかった。でも急に止まった「2ヵ月間」――ブランクの影響は確実にあると知った瞬間でした。
感覚はリハーサルを進めるうちにもちろん戻ったのですが、当日、「無観客」には根本的な問題があることがわかったんです。
―― 無観客はどんなところが難しいのでしょうか?
緒方 ステージに上った途端に、『お客さんがいないのに、私はどこを見て歌えばよいのだろう……』と。目線がわからなくなってしまったんです。
―― 目線がわからない?
緒方 私はいつも、ライブコンセプトとして、「お客さんのために」歌ってきました。そうすることで私も逆に受け取れる。いわばお互いに相手を応援して自分も元気をもらうという“エール交換”になるのですが、会場にお客さんがいない。いつもはお客さんをガン見しながら歌っていたのに、客席のどこを見れば目線が合うのかわからなくなってしまったんです。
無観客配信は、テレビ等の動画収録のようなものだというイメージがありました。でも全然違った。というのも、いわゆるテレビ番組の場合はカメラが複数あってスイッチングしています。そのなかで、今お客さんに見えている映像を撮っているカメラには赤いランプが点きます。だから“ランプが点いたカメラの向こうにお客さんがいる”とイメージできるので、そのカメラに向かって歌えばいい。
でもライブ配信は、配信動画の演出の邪魔になるのでランプが点灯しません。なので、何台もあるカメラのどれを見ればお客さんと目が合うのかわからなくなってしまった、というわけです。
―― “配信はテレビ中継のネット版”という位置づけで考えていたのですが、実際は、まったく異なるものだったのですね。
緒方 はい。初めて無観客配信したアーティストがまずつまずくのが、そこだと思います。
そして歌い始めてみたら、スタッフや関係者の方が50人ぐらい、客席とは違うエリアにいることがわかってほっとしたのですが、みんな、リアクションを抑えて静まりかえっているんです。
なぜなら生配信中なので、自分たちの音が入っちゃいけないと思ってるから。
そうすると、普段のライブなら、始まりとともにワーっと歓声が上がる歌が、バーンと音を鳴らした途端に、会場の声がシュッとなくなり、シーンと静まりかえってしまう。アップテンポの曲であればあるほどキツい。次はどう行こうかと、お客さんの反応を見ながらテンションを上げていくことができないんです。
私は、ライブが進むほどテンションが高まって声が大きく出るタイプなのに、そのときはだんだん緊張で体が固くなり、声が出なくなってしまった。“観客が見えない”というのはこんなに怖いものなのかと思い知りました。
だからアンコール1曲めのバラードを、目をつぶって歌ってみました。そうしたらようやく感覚が戻ってきて少し安心しました。
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