「Bluetooth東京セミナー 2020」が、10月28日にオンライン開催された。そのアーカイブからLE Audioに関するソニービデオ&サウンドプロダクツの講演を紹介する。
なぜLE Audioでは遅延が少ないのか、ソニーとBluetoothの関わり合い、そしてソニーのワイヤレス戦略がかいま見える点が興味深い。
プレゼンターはソニーホームエンターテイメント&プロダクツのワイヤレステクニカルマネージャーである関正彦氏。2005年よりBluetooth SIG(Bluetoothの規格策定組織)に参画している。最近ではLE Audioの規格制定にお携わっていたということだ。
はじめに市場概況。Bluetooth市場は伸びていて今年で12億台、2024年では15億台を超える予想ということ。原動力はスマートフォンで、完全ワイヤレス型イヤホンが成長をさらに加速させているようだ。
続いて、Bluetoothオーディオ規格の解説。Bluetoothの基本規格であるコアスペックでは、Bluetooth 4.0で、Low Energy(LE)規格ができ、続くBluetooth 5.0では、BLE(Bletooth Low Energy)でも、2Mbpsのデータ転送が可能となった。BLEはBluetoothの低電力規格だ。なお、通常のクラシック規格ではBluetooth 2.0+EDR(Enhanced Data Rate)の時点で、大容量通信が可能となっていた。
そして、昨年末にはBluetooth 5.2規格で、アイソクロナス(Isochronous)チャネルがサポートされている。このIsochronousチャネルは、LE Audioの基礎となっており、従来のオーディオ伝送用規格とは根本的に異なるものとなった。言い方を換えると、BLE規格では、いままででも2Mbpsのデータ転送レートを達成可能だったが、アイソクロナスチャネルのような等時性をもった伝送規格がなかったため、BLE規格でのオーディオ伝送ができなかったということだろう。
等時性の伝送と書いたが、アイソクロナス伝送とは多少のデータ落ち(コマ落ちなど)を許容する代わりに、再生時間と実時間のタイミングがズレないようにデータを送る方法だ。映像や音声など、遅延が出ると困るデータの伝送に用いられる。
対になるのはエイシンクロナス伝送で、すべてのデータが届くよう、時間を掛けても確実にデータを伝送する。ファイルなどを伝送する際には必須となる方式だ。
この後はやや難しいが、LE Audioの詳細説明が続く。
プロトコルは階層構造になっている。最下層(コアスペック)のBluetooth 5.2で追加された規格の内でLE Audioに関係するのは先に書いたLE IsochronousチャネルとEnhanced Attributeプロトコルだ。
LE Isochronousチャンネルは、Connectedとも呼ばれるUni-cast(一対一通信)とBroadcast(複数通信)に分かれる。一対一通信とは、Master(スマホなど)とSlave(イヤホンなど)のペアリング関係を指している。オーディオデータは、10msまたは7.5msの最小単位で、時間同期を取りながら送られる。
BluetoothのA2DP(オーディオ再生用プロファイル)の場合は時間非同期で送っていたので、バッファサイズが大きくなり、そのぶん遅延量も大きかったということ。LE Audioでは時間同期で送るのでそれがなく、遅延を少なくできる。
また、Connectedでは一対一通信なのでSlaveからMasterへとさかのぼる通信も可能だが、複数通信のBroadcastではMasterからSlaveへの一方通行の伝送となる。Connectedでは、SlaveからMasterへデータが届かなかった際に、再送要求ができるが、Broadcastではそれができない。しかし、その代わりに多くのデータユニットを送り、データが欠落した場合に使うので、安定性は担保されると考えられている。
ちなみに、Master/Slave(主人と奴隷という意味にもなる)という言葉は、Central(中央)/Peripheral(周辺機器)に変わる予定だ。ここはBLM運動やポリティカルコレクトネスなど、政治・文化的背景の影響もあるだろう。
Enhanced Attribute(拡張アトリビート)プロトコルは、複数のATT PDUを効率良く送信できるように改良された。ATTは例えば送信データがどのような機能や属性を持つものかを決めるもので、左右ボタンが何回押されたというような属性の定義のようなものだ。
従来は大きなアトリビートと小さなアトリビュートがあった場合に順次に送るしかなかったので、遅延が大きくなった。Enhanced方式では大きなアトリビュートを分割して並列に近い形で送るので通信遅延が改善された。
次に、中間のGeneric Audioスペック(基本的な制御や伝送に関わる)の改良である。これは主にコントロール関係である。例えば完全ワイヤレスイヤホンへの接続を想定した、Coordination(グループ化)などが追加された。これらは機能別になっているが、Common Audio Profileで束ねられる。このCAPがA2DPに代わるLE Audioのオーディオプロファイル名なのかもしれない。
上位層は、イヤホンやスピーカーのためのプロファイルと補聴器のためのプロファイルに分かれる。補聴器がフィーチャーされているのは、BLE 規格によって、消費電力が抑えられるという背景があるようだが、後述するように、実はLE Audio自体が、Bluetooth SIGの補聴器の取り組みからはじまったものらしい。
SBCに変わって追加されたLC3(Low Complexity Communication Code)コーデックについては、フラウンフォーファー(MP3の規格化をした企業)が中心となり開発された。LC3はSBCに比べて低いビットレートで同等音質が送信可能である。いま標準的に使われているSBCのビットレートは345kbpsくらいだそうだが、LC3では同等音質を160kbpsでも実現できるとする。ビットレートが低ければ電波を出す時間が減り、消費電力も低減できて安定性もあがるわけだ。
Bluetoothに向けた、ソニーの期待について語られた。ちなみにLE Audioの特徴をまとめると、(1)低遅延、(2)LC3コーデックの採用、(3)マルチストリームのサポート(完全ワイヤレスなど)、(4)プロードキャストで同じコンテンツを複数人で楽しめるといったものがある。
Bluetooth SIGではもともとLE Audioを補聴器に必要な技術と考えていたが、後からソニーが2016年にイヤホンやヘッドホンにも使えるようにしようと提案したそうだ。これも興味深い事実だ。
ソニーがなぜLE Audioを欲しているかについては、まず低遅延であることだ。LC3には低消費電力という利点もあるが、伝送の安定性を重視しているという。マルチストリームに関しては標準化されることで、プラットフォームに依存しない製品が作れる点にメリットがあると述べている。
ソニーの完全ワイヤレスイヤホンは、アイロハのMCSync方式をカスタマイズした「左右同時伝送方式」を採用しているが、やはり業界標準が望ましいということかもしれない。
またブロードキャストは、いままでになかった使い方が考えられ、新しいユーザー体験が提供できる点に着目している。
将来的な展望では、ゲームのオーディオ伝送にも使えるような、さらなる低遅延を目指したいそうだ。ここはもちろんプレイステーションなどとの関係もあるだろう。LE Audioでも優れたレベルを実現できたが、ゲームではさらに低い遅延量が求められる。また、人混みでも切れにくいさらなる安定性を目指したいということだ。
プレゼンテーションは「ソニーはLE Audioの普及によって、よりよいユーザー体験が可能になると考えており、協力をお願いしたい」という言葉で締めくくられた。
メインのLE Audioの解説以外にも、LE Audioはもともとは補聴器への取り組みからはじまっていたことや、SBCにおいてはすでに345kbpsというかなり高いビットレートが標準的に使われているなど、細かいところでも、興味深い点が多い発表内容であった。
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